2・北の谷の戦い・戦後弐
昼近くになり、後詰の部隊が引き上げたとの報せを持って壱太が谷を駆けて来た。
これを以って横手の者達も解放する。彼等はここから仲間の遺体を担いで峠を越えなければならない。涼しく日が差す時間も短い谷底とは言え、今は真夏だ。傷みも早い事を考えれば一刻も早く運びたいだろう。
手を貸してやりたい所だが、それは流石に兵達の不満が大きくなり過ぎるだろうなと思う。申し訳無いがなんとか頑張って貰うしかない。
肩を落として帰路に着く横手の者達を見送って我等も引き上げる。柵を外し、捕縛に転用した縄は元の通りに道標代わりに左右の繁みの中に張り直したら隊列を組んで谷を下る。
正直もう限界だ。城に帰って何もかも放り出して寝てしまいたい。が、やらなければならない事はこれからの方が多いだろう。後始末と言うのはなんとも面倒な物だ。
蓄積した疲労に一番暑い時間と言う条件も重なり、普段なら一刻程で歩ける距離を倍近い時間を掛けて歩いた。
日の高い夏とは言え太陽が大分西に傾いて来たと感じられる頃、漸く稲荷社に辿り着く。
「若、良くぞ御無事で!」
着くや否や爺が足を引き摺りながら駆け寄って来る。
「爺、無理をするな。」
漸く外せる兜の紐を解きながら、思わずそんな言葉が口を吐くが、心の中ではホッと緊張から解き放たれる感じがした。
「若こそ無茶のし通しだったそうではありませぬか。」
そう言われると返す言葉が無いな。
「だが、父上の首は取り返せなかった…」
思わず口を吐いたのはそんな言葉だった。それと共にポロポロと涙が零れた。
意図せぬ事に慌てるが一度溢れ出した感情を止める術は無く、爺に頭を撫でられながら立ち尽くす。
「見事な働きだった。良くやったぞ若鷹丸。」
爺はそう言いながら俺の頭を撫で続けた。
どれ程そうして居ただろう。涙が止まった時には周りには見知った顔がこちらを心配そうに目を手向けていた。
「若鷹丸、こんな時だが幾つか話をせねばならぬ。」
そう申し訳無さそうに切り出したのは典道叔父だった。
「はい、分かっております。」
涙を拭ってそう答える。
「我等はここで守りを固めますので、叔父上は早急に本陣に向かわれるのが宜しいかと思います。」
「良いのか?」
俺がそう提案すると叔父はそう聞き返して来る。
現状貸し借りの天秤は三田寺から見たら大きく借りに傾いているのだ。気持ちは理解出来るし、そこが典道叔父の良い所であり欠点とも言える。
「横手が混乱している中でもう一度こちらから大規模な攻勢があるとは思えません。それよりも叔父上が健在な事を御爺達に見せればなりますまい。報せは走らせたでしょうが顔を見せるのとは雲泥の差かと。」
そう俺が答えると、
「分かった、そうさせて貰おう。」
「若様、板屋や横手の首も持って行かねばなりますまい。」
話が纏まったかに思えた所で典道叔父の補佐を務める男が言い添える。
「そ、そうか…」
「何だと!?手柄を自分達の物にしようと言うのか!」
男の言葉に叔父は気不味そうにそう答え、爺はそう怒りを露にする。周りに集まった他の者も声を上げる。
「な、何だと!?寄り子が逆らうのか!?」
それに対してカッとなったのか、補佐の男も強い口調で言い返す。
「その寄り子に助けて貰ったのはどこの誰なのだ!」
それに対して売り言葉に買い言葉で爺も完全に喧嘩腰、それ所か周りの者には刀に手を掛ける者も少なくない。
「よさんか!」
このままでは拙いので一喝して黙らせる。
「若、しかし!」
黙らせられなかった…
「叔父上は手柄を横取りする様な器の小さい男では無い。それに本陣の士気を回復させる為にも首は必要だ。」
俺がそう言うと、
「大迫殿、失礼をした。某からしっかりと有りの侭を報せる事を誓う。気を静めて頂けぬか。」
典道叔父もそう頼んだ。
寄り親の嫡男にそう頼まれては爺も引き下がるしか無く。それでも不満の気配は消えそうに無かった。
「叔父上、山之井からも一人出しましょう。それなら皆も納得するでしょう。」
「そうだな。それが良かろう。」
俺がそう提案すると叔父もそう受け入れた。
「爺、誰が良いだろうか。爺はその傷で狭邑の大叔父二人も疲れ果てておろう。上之郷の大叔父か?それとも大叔父には残って貰って、叔父達の誰かに言って貰うべきか?」
俺がそう尋ねると、
「頼泰殿に行って頂く以外にありますまい。息子達では荷が重いでしょう。」
そう答えた。俺としても叔父達は戦力として残したい所なのでその方が有難い。
「良し、母上に父上の事を話しに行かねばならん。その時に頼もう。」
「俺も行こう。姉上に詫びねばならん。」
俺がそう言うと典道叔父がそう申し出た。
「では、その前に出来る事をしてしまいましょう。」
俺はそう言ってから現状の確認を始めた。
「行賢の大叔父上、遅くなってしまったが皆を休ませてくれ。大叔父達も休んで欲しい。」
一緒に引き上げて来た兵達も泣いている俺を慮ってか周りに集まった侭だ。
「そうですな、そう致しましょう。」
大叔父がそう答えると、皆も一息吐いた表情だ。
「爺。現状、誰がどこで何をしているか教えてくれ。」
兵達は大叔父に任せ爺にそう聞く。
「入谷の館は倅達に篠山の兵と民を十人だけ付けて守らせております。今の所、領民にも大きな騒ぎは無く問題は起こっておりません。守谷の砦には忠泰達兄弟が残りの戦える者を率いて詰めております。他の場所は空です。」
「うん、そのままで十分そうだ。両方に半分ずつしっかり交代で休ませる様に伝えてくれるか?特に守谷に居る連中は休むときはここまで下げよう。隘路まで物見を出して置けばここで休んで居ても十分に対応出来ると思うがどうか?」
「そうですな。守谷砦は兵舎も出来ておりませんし井戸も有りませんからからそれが良いでしょう。そう伝えます。」
守りはこれで良いだろう。他に決める事は…
「それと横手の子女には会ったか?」
「ここへ連れられて来た時に一度。」
「あの二人、暫く爺の所で預かってくれぬか…」
確認した後、そう頼む。
「それは構いませぬが…」
どう言う事かと視線で聞いて来る。
「母上と同じ場所に居させるのはどうもな…」
どちらにとっても精神的に厳しかろうと思うのだ…
「あぁ…それは確かに…では、暫く当家で預かりましょう。」
それを聞くと、そう承諾してくれた。
さて、城に戻る前にもう一つやらねばならぬ事が出来た…
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