弐:家中掌握

1・北の谷の戦い・戦後壱

※話は横手からの撤退時に巻き戻る。


 隘路の防柵まで交代した俺は横手まで付き従った兵に休憩を取らせると、俺も稲荷から運ばれた握り飯を頬張りながら隘路に残って居た行賢の大叔父から状況の報告を受ける。

「入谷の館はやはり守兵の数も少なく永由と忠泰が上手くやったようですな。味方の損害もほとんど無いそうです。」

ほとんどか…つまりは損害無しでは無いと言う事だ。戦なのだ、当たり前の事だが腹が立って仕方が無い。

「宗潤や宗貞の子供は?」

「は、討ち取った様ですが…兵達も怒りの感情が強かったのか奥方含めて女子供も残らず手に掛けた様です。」

永由叔父では抑えられなかったか?いや、父の討ち死にも伝わっていたはずだ。忠泰叔父の感情が兵達に伝播したのかもしれない。


「奥方の実家はどこだか知っているか?」

「…確か、小高の寄り子の沼塚氏の娘だったと記憶しておりますが。」

知らぬ国人だが小高の寄り子となれば実野川右岸のどこかだろう。板屋の南西に隣接する山岸氏でないだけ良かったと考えよう。

「誰か人を遣らんといかんな…山岸にもだ。」

「左様ですな…」

俺の言に大叔父が苦虫を噛み潰した様な顔でそう答える。


「板屋の城の方はどうなった?」

奥方の方は今はどうしようもない。切り替えて続きを聞く。

「は、そちらは抵抗も無く下ったそうで。」

「そうか。それ程兵が少なかったのか。」

「いえ、それが兵がそもそも居なかった様です。城主の宗潤の弟も此度の事は知らされていなかったらしく…」

「蚊帳の外だったと?」

「詳しくは分かりませんが…それこそ戻ってからでも良いでしょう。」

「まぁ、そうか。今はそれ所では無いな。」

取り敢えず板屋領の制圧は問題が無い様なので良しとしよう。


「そうだ、孝政!」

大切な事を忘れていた。

「は?はっ!」

後ろで話を聞いていた孝政に声を掛けると弾かれた様にそう返事をする。

「川出の本隊に誰か事の次第を報せに走らねばなるまい。至急、典道叔父と諮って急ぎ決めてくれ。馬でも何でも使って良い。」

「は、直ちに!」

俺の話に確かにと思ったのか途中で表情が厳しくなった孝政は話を聞くや駆け出していた。

「いつもあの位素直に動いてくれれば良いのだがな。」

「ふ…ふはは、確かにそうですな。」

思わず零れた愚痴に大叔父も思わずと言った様子で笑い声を漏らす。


「捕らえた兵や他の様子はどうだ?」

最後にこの場所の話も聞く。

「は、板屋の者達は例の二人が我等と共に走り回っているのを見て落ち着いている様子ですな。何人か山中から出て来た様です。横手の者達は先程、横手の娘が連れて来られた時はかなり混乱していましたが娘が状況を説明してからは落ち着いたと言うか落ち込んだと言うか…中々しっかりとした娘ですな。」

そうか、駒にはきつい役回りをさせてしまったな。

「今あの二人は?」

「幼子をここに留めるのは忍びないと思い、兵を付けて取り敢えず稲荷まで送らせました。宜しかったですかな?」

「うん、俺もそれで良いと思う。」

「それと娘が父の首を確認したいと言いまして…」

ほっとしたのも束の間、ぎょっとする事を言われる。

「見せたのか?」

「いえ、先に横手の者に見せて確認させておりましたし、今見せるのはどうかと思いまして…」

大叔父も駒の申し出に相当に困ったのだろう。苦い表情でそう答えた。

「それが良い。彼女はついさっき目の前で祖父が腹を切ったばかりなのだ…」

俺の言葉を聞いて大叔父は更に痛ましそうな顔をする。


「それで、横手の先代と約束したのだが、横手の者達はこの場で開放しても良いと思うか?」

「後詰の連中がどう動くかでしょう。ここまで進んでくる様であれば今開放するのとそれに吸収される可能性が有ります。武器は無くても石が有れば戦力になるのは若がご自分で証明されたばかりでしょう。」

「そうか、そうだな…」

先代が命と引き換えに助命を願った民達だなるべく早くに帰してやりたかったがそうも行かないか…


「では、先に板屋の者達を帰そうと思うがどうだ?それなら見張りの負担も減るし、横手の連中も少しは安心するだろう。裏切った板屋の者でさえ解放されるなら自分達もと。」

「真に板屋の者達をお許しになるので?」

少し厳しい表情で大叔父が尋ねてくる。息子を喪ったのだ、思う所が有るのだろう。

「逆の立場であれば勝手に上が裏切って、それに巻き込まれただけなのに罰せられる等理不尽極まりないと思うだろう。それに守護代様に安堵を頂かねばならぬが今後は我等の領民となる者達だ。最初に慈悲を見せておく事は今後の統治を考えても悪い事ではないはずだ。板屋家の者は許さん、板屋の民は許す。」

そう言えば、自身も領民を従える者としては反論のしようがないのであろう。大叔父も引き下がった。


「嘉平、昭三。」

「「は、はいっ!」」

横手の者達の前を通り過ぎ、板屋の者達の所へ。嘉平と昭三は縄を解かれているが、残りの者は縄に繋がれたままだ。

「板屋の者は皆縄を解く。亡くなった者も必ず皆連れ帰ってくれ。お前達だけで運べるか?」

そう聞くには訳が有る。当初は五十人近くで出陣した板屋勢だが、今捉えられているのは三十人に満たないのだ。つまり、相当数の遺体を運ばねばならない。

「一度では無理でしょうがなんとか我等の手で運びたいと思います。」

二人は顔を見合わせた後、少し年嵩に見える昭三がそう答えた。

「そうか、では皆の縄を解いてやれ。」

「わ、分かりました。」

その様子を眺め、おかしな動きをする奴が居ないか確認する。まぁ、俺の後ろには増蔵がピタリと付いて目を光らせて居るから滅多な事は起こるまい。


「若様。」

兵の一人が頼んでいた握り飯の入った桶を持って来た。その顔には隠し切れない不満が覗いている。見れば増蔵も似た様な顔をしている。まぁ、無理も無い。

「縄を解かれた者から一列でこちらに参れ。悪いが一人一つだ。」

そう声を掛けると、最初は遠巻きに、しかし空腹には勝てなかったか一人が恐る恐る近寄って握り飯を手に取る。

「悪いがそれを食ったらもう一踏ん張りしてくれよ。」

そう声を掛けるとその男は貪る様に握り飯を食べ、それを見ていた他の者も次々に手を伸ばして握り飯に齧り付いた。中には涙を零す者も有る。


「増蔵、そんな顔をするな。近い内に奴等がお主の下に付いて戦に出る事だってあろう。そんな時に今日の事を思い出せば幾分やり易くもなろう。」

仲間の遺体を担いで谷を下って行く板屋の民を見送りながら、まだ不満そうな顔の増蔵にそう言う。人の上に立つならば善意だけでは動けない。

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