11・再起 参
新たに建てられた守谷城の西櫓の上から、紅葉丸と二人、遠く真っ直ぐ続いて行く北の谷の先を眺める。
眼下では解体された山之井城と板屋城の部材を転用した守谷城の補強作業が領民総出で行われている。今登っているこの櫓も山之井城の門に使われていた物をこの場所に移築した物だ。
「紅葉丸。すまんが、約束は守れそうにない。」
俺がポツリとそう言うと、
「致し方無いでしょう。この状況では母上も孝政も納得しましょう。それに…」
紅葉丸は最後は歯切れ悪くそう答える。
「ん?」
俺はそれを聞いて紅葉丸の顔を見る。
「正直、今家督を譲られても上手くやる自信がないです…」
その視線を受けた紅葉丸は下を向くと小さくそう答えた。
「そんなもん、俺にだってないわ…」
溜息一つ、そう言うと俺は櫓の柵に上半身を預けて寄り掛かる。
二人並んであれ以来まるで動きの無い北の谷を眺める。こうして見るとあの日の出来事が夢だったのではないかと錯覚したくなって来る。しかし、今いる櫓からして、そんな逃避を真っ向から否定して来る。確かについ数日前に、この視線の先の谷間で戦があった。そして、そこで俺は多くの命を奪う事を命じ、この手でも幾つもの命を奪ったのだ。いつまた、この谷を敵兵が大挙して下って来るか分からない。
ここに砦を築く事は間違いではなかったか。もっと良い別の場所があったのではないか、この場所でも谷向こうの斜面にも防御施設を造るべきではなかったか。考えれば考える程不安が募る。
そこに、
「若鷹丸!」
そう大声で俺を呼びながら忠泰叔父が走って来るのが見える。
北向きの柵から叔父が走って来る方向の東向きの柵に移ると、
「父が戻って来たぞ!」
櫓の下まで走って来た叔父は大声でそう言った。
紅葉丸と顔を合わせると急いで梯子を降りる。
「皆を急ぎ城に…いや、爺が厳しいか?篠山城の方が良いだろうか?」
皆に集合を掛けようとしてそう思い留まる。爺は足にも大きな怪我を負っている。山之井の城まで来るのは困難だろう。
「それはいかんぞ若鷹丸。家の一大事を決めるのだ。ここは山之井の城でなければならぬし、それに来られないと言う事は参加する権利が無いと言う事だ。相手を慮るのは大切な事だしお主の良い所だが、時と場合も考えねばならん。」
忠泰叔父は厳しい表情でそう言う。
「そうか、そうだな…叔父上が正しい。」
俺はそう答えるのが精一杯だった。すると叔父は表情を緩めて、
「父は帰りに入谷の館に声を掛けて来たそうだから落合の爺様にももう話は伝わっていよう。今頃は自分を何とかして連れて行けと永由殿の尻を叩いているだろうさ。」
そう言った。
「そうか、そうだな。爺の事だから案外永由叔父の背中に乗って俺達より先んじているかもしれん。」
俺も力を抜いてそう言うと三人で笑う。
「上之郷と狭邑へは?」
「上之郷は誰も居らんだろう。狭邑には今行昌殿が走った。俺達が下に降りる頃にはやって来るだろう。」
そうだった、大叔父が居ないから忠泰叔父は山之井城に詰めて居るし弟達はここに詰めて居るのだった。
「良し、ではここは孝泰叔父と昌泰叔父に任せて俺達も急ごう。」
そう言うと下の叔父二人に砦を任せ、急ぎ城へと駆け戻った。
城に戻ると大叔父が待っていた。長らく留守にしていたが元気な様子だ。少し窶れた様にも見えるが旅をすればそんなものだろう。
「大叔父上、遠路ご苦労に御座いました。話は皆が揃ってから伺いましょう。」
俺がそう労うと、
「そう致そう。それより二人共着替えた方が良かろう。その格好ではあんまりだ。」
そうお小言を頂いてしまった。
俺と紅葉丸は一度奥に引っ込み着替えをする。確かに外遊び用の襤褸ではまずかろう。特に紅葉丸が今着ているやつは俺が幼い頃から外で散々使い倒してきた一着だ。
慌てて着替えて戻ると程なくして皆が集まる。思ったより時間が掛かったのは皆も着替えて来たからだろう。小奇麗な服を着ている。心配した爺も永由叔父に馬を曳かせてやって来たらしい。
正面の席は空席だ。俺はそれを見てつい足が止まってしまう。父がもう居ないと言う事実が改めて重く圧し掛かって来る様に感じる。そんな感情を頭を振って追い遣ると、既に正面左斜め前に座っている母の横に並んで座る。紅葉丸はその隣だ。母の後ろには孝政が控えている。
翻って正面に向かい合う場所には最前列に上之郷の頼泰大叔父、狭邑の行賢大叔父、そして落合の大迫永治、つまり爺が並ぶ。三人が山之井に従う三家の当主だからだ。その後ろには忠泰叔父、行昌叔父、そして永由叔父、各家の嫡子が座る。次男以下の弟達は入谷館と守谷砦で指揮を執っている為不在、狭邑の次男の行和叔父はもう亡い。
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