10・再起 弐

「あー、畳っていいなぁ…」

そんな事を呟きながら、一人畳の上でゴロゴロする。

 埋葬から一晩経って、砦の強化にやる気満々で起きて来た俺に申し渡されたのは数日間の休養だった。昨日は約束通り帰って飯を食ってさっさと寝たのだが、その後大人達の間でそう決められたらしい。俺の立場ってと思ったが、有無を言わさぬ母の顔を見れば何も言えず、散歩に行くと伝えて入谷の館を見に来たのだ。またしても一人で現れた俺に永由叔父は眉根を寄せたが何も言わなかった。


 館の内、当主の私室と恐らく先代の私室は贅沢にも畳敷きであり、先日の戦いで血に汚れる事も無く綺麗に残っていた。

 俺は今、その畳の上でゴロゴロしている訳だ。良く考えたら、ここはつい数日前に俺が突き殺した板谷宗貞の暮らしていた部屋だ。我ながらどうかしていると今更ながらに思う。これが戦国の世か。人の命がいとも簡単に奪い奪われる。

 そして自分も遂にその中に身を置く事になった。天井に向けて右手を伸ばす。あの短い時間でこの手は何人の命を奪ったか。この手だけではない。俺が命じた事で何人の命が奪われたのか。だが、やらねば奪われるのは自分と自分の大切な者の命だ。やらねばならぬ、そうは思うが簡単に割り切れるものでもない。気が付けば目の前に翳した右手は微かに震えていた。いつの日か慣れるのだろうか。いや、慣れて良いのだろうか…


 ふと、気が付くと眠っていた様だ。足音が近付いて来る。そのせいで目が覚めた様だ。

「若、起きていらっしゃいましたか。」

そう言って顔を見せたのは永由叔父だ。

「今起きた…」

まだボンヤリする頭でそう答えると、

「母が城に寄って頂けぬかと申しておりまして…」

叔父は少し言い辛そうにそう言った。

「あぁ…そうか。」

そうだった、いつまでもそのままにはしておけない。

「分かった、今から行こう。」

俺は叔父にそう答えると立ち上がった。


「あっちぃ…」

午は過ぎたとは言え、まだ高くで輝く夏の陽射しを浴びて汗が吹き出す。

 館を出て落合に向う道すがら考える。山之井の城は解体が始まっている。まだ屋敷部分は我等が住んでいるからどうするか決まっていないが、今後を考えると入谷の館に居を移すのも一つの手ではある。あるが、占拠したとはいえ安堵のお墨付きを貰った訳では無い現状で勝手に居を移すのは拙いだろうか?拙いだろうな。後で爺に確認しよう。

 川に突き当り、来る時に漕いで来た船で再び川を渡る。右手には毎年子供達が水練と言う名の水遊びをする浅瀬が見える。今年は戦でそれ所では無かったが家で塞ぎ込んでいる梅の様子を見ると残り短い夏の期間だけでも何とか水練場を開けないかと思う。これも相談だな。


「若鷹丸殿、もうお見えになったのですか!?」

坂を登り篠山城の門を潜ると御婆様が飛んで来る。

「何故だか今朝から無聊を託つておりまして。」

そう言うと御婆様はやや気不味そうにしながらも、

「それよりも…」

「分かっております。横手の二人ですな。これから様子を見て参ります。」

言葉を遮る様にそう言うと、

「それは余り宜しくありませんな。」

横からそう言われる。

「む、爺どういう事だ?」

そこには杖を突いて立つ爺の姿が。

「お互いの立場を明確にせねばなりませんぞ。広間できちんと上座下座を分けて顔を合わせるべきです。貴方は山之井の当主となるのです。相手は子供とは言え人質なのです。」

爺は厳しい顔をしてそう言った。

「うん、そう…そうか…だが、それだとこの服は拙くはないか?改まった挨拶ではないのだから…」

俺は思わずそう抵抗を試みる。正直、あの二人にそこまでする理由が理解出来ない。

「確かに、その服装は宜しくありませんな。」

表情を変えずそう言う爺。

「そ、そうだろう?」

「着替えて来られませ。」

俺はここぞと声を上げるが最後まで言わせて貰えず、一刀の下斬り捨てられた。

「御婆様、申し訳無いが又の機会にする…」

俺はそう言うと、来た道をトボトボと引き返す事にした。

 坂を下っていると、遠く南の海の上には空高く伸びて行く入道雲の姿が。

「はぁ…立場か…」


===大迫永治===

「お前様、少し厳し過ぎやしませんか?」

妻が少し心配そうにそう言う。

「あの子は当主になるのだ。今迄の様にはいかん。」

「でも、あれはあの二人の事を思って…」

儂はそう返すが納得がいかないらしい。

「それは分かっている。あの二人にこれ以上負担が掛からない様に子供同士気の置けない態度を取ろうとしたのだろう。」

「それが分かっているなら…あの子は優しい子だから…」

「これからは優しいだけではならぬ立場になるのだ…」

そう、優しいからこそ傷付く。

「でも、あの子は優しいだけでなく賢い子でもありますよ。話をして少しずつでも…」

「それでは情が湧くであろう。あの二人に厳しい処断をせねばならなくなった時に苦しい思いをする事になるのはあの子なのだ…」

「それは…」

妻もそれを聞いて口を噤む。

 あの子は優しいが故に、賢いが故に敵も増えよう。傷付きもしよう。我等が生きている内にそれを避ける術、乗り越える術を身に着けてやらねば。

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※※※※※※

申し訳ないです、一回飛んでしまいました。最後のエピソードが上手く纏まらず四苦八苦しております。一応形にはなったので投稿再開です。残り3話程度の予定です。

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