9・再起 壱~決意~

 翌朝、納戸から引っ張り出されたばかりの白い直垂を来て、東の山の端から太陽が顔を出す前には城を出る。和尚と待ち合わせている常聖寺の階段下に向かう俺の目に入るのは払暁をやや過ぎ、それでも夏の力強い青空に至るまでにはまだ間の有る、そんな優しげな中にもそして悲しげな、朱から蒼へと変わり行く朝の東の空だ。

 盛りは過ぎたとは言えまだまだ夏の最中と言えど、この時間帯はまだまだ風も涼しく感じられ、これから埋葬を行脚すると言う事さえ無ければ爽やかで心地良い一時であった事だろう。だが、これから目の当たりにせねばならない光景に想いを馳せれば、知らぬ間に足取りは重くなるばかりだった。


「和尚、お早う御座います。本日は大変でしょうが宜しく御願い致します。」

和尚と落ち合うと俺はそう挨拶をして頭を下げる。

 それもその筈、いくら略式の埋葬とは言え和尚は普段着の薄手の僧衣ではなく、しっかりと衣を重ね、袈裟を着けている。今は良いが炎天下の中これで領内の村々を順繰りに回るのだと考えれば並大抵の苦労ではない事は想像に難くない。

「お早う御座います。若様こそ本当に御一人で参られるのですか?」

対する和尚は少し心配そうにそう尋ねて来る。

 そう、今日の埋葬について各村を回るのに際して俺に誰か大人を付けた方が良いのではないかとの意見もあったのだ。

「城に残っている立場の有る者はもう孝政しかいない。だが、孝政を連れて行くのは何とも拙い。穴をもう一つ掘る事になりかねん…」

俺がそう答えると和尚も渋い顔をする。

 今回の戦は三田寺の家のせい、そして負け(かけ)たのも三田寺のせい。そう思われても仕方の無いものであるし、民達からすればそうとしか思えないのも致し方無いものだものだった。そんな所に孝政を連れて行って何が起こるかは火を見るより明らかなのだ。

「まぁ、向こうでは叔父上達が其々待っているし問題無いだろう。紅葉丸も来ると言ってくれたのだがな…」

上之郷へ向かって歩き出しながらそう続ける。紅葉丸も自分なりにこの局面に対処しようと考えてくれているのだろう。

「お連れにならないのですか?」

「全ては厳しかろうと思って、中之郷と下之郷だけ連れて行く事にした。」

「左様ですか。」

「若。」

そこへ霧丸がやって来る。今日は二人共其々の村で埋葬に立ち会うべく待機と伝えてあるがわざわざ出て来てくれた様だ。

「霧丸、後で紅葉丸が来るから一緒に待たせておいてくれるか?」

「分かりました。」

「じゃあ、また後で。」

そうして和尚と二人、上之郷へ向かう。


 上之郷の館前、そこに並べられている物は三つの棺桶…俺が辿り着いた時には既にそれ等は整然と並べられ、その周りには家族を喪った者を始め郷の者が皆揃って居た。皆見知った顔だ。当然、棺桶の中で眠る者も同様である。その様は丸でこれはお前のせいだと言うが如く。いや、丸ででは無い。これは世に戦乱を撒き散らす武士の業に拠る因果だ。そしてその応報は武士以外にこそ向かうという不条理。これを世の武士の内、どの位の人間が理解しているのだろうか。

 重い足取りが更に一歩進む毎に重くなる。足を引き摺る様に棺桶の前へ進むと叔父達が声を掛けて来る。心此処に在らずで返事をすると暫くして和尚の読経が始まる。それが済んだら棺桶を担いで埋葬地へと行く。上之郷の埋葬地は夜野川を遡った北の山麓に在る。

 男衆が穴を掘って行く。皆で掛かれば墓穴はあっと言う間に口を開き、そして棺桶が直ぐに穴に降ろされて行く。遺された家族はそれを涙ながらに見つめている。与助、船の扱いが上手く何度か彼の漕ぐ炭を運搬する船に同乗した。喜平、明るく気さくな性格で山狩や祭りの集まりでは彼の回りには常に人が絶えなかった。三郎、上之郷の館の兵として大叔父や叔父達の信頼の厚い男で上之郷の館を訪れる度に顔を合わせた。皆、気の良い者だった。皆、善良な者だった。だが、死んだ。俺達が殺した。泣くな、俺達にはその資格は無い。泣くな…


 領内の五つの村を回り終わったのはいくら日の長い夏と言えどもかなり日が傾いた頃だった。

 早々に涙を堪えられなくなった俺の様子を見かねたのだろうか。埋葬が終わればその場で別れるはずだった叔父達は埋葬を済ます度に数を増やし、最後の落合での埋葬を済ませた時には、川出からまだ戻らない大叔父を除いた者達が俺の回りに皆揃っている有様だった。

「我等は強くならねばならん…」

晩夏のまだ厳しい西日を受け、皆に向けて俺はそう一言搾り出す。


===大迫永治===

 夕日を背に受け、悄然と肩を落として帰途に着く孫の姿を見送る。

「永治殿…」

若鷹丸と同道して帰途に着かなかった行賢殿に声を掛けられる。

「気負っておりますな。まるで全ての責任が自分に在る様に感じておるのやもしれませぬ。」

痛々しい孫の背から目を離せぬままそう答える。

「家を背負うと言う事は正にそう言う事ではありますが…」

「左様ですな。尤もその考えに至れる者がなんと少ない事か。」

行賢殿の言にそう苦々しく答える。

 此度の戦にしてもその辺りを理解しておらぬ愚か者共が思い付いたとしか思えぬ。いや、寄り子の民の事等一考の価値すら無いと思っておるのか…

「全くですな。若はそれをもう既に理解しておられる。しかし、あれでは何とも危うい…」

苦々しく答える儂に行賢殿はそう言い募る。

 その表情からは心底心配しているのだと容易に理解出来る。様々突拍子も無い事をしでかす孫だが、下に付く者の心も既に掴んでいる。当主の資質は既に示しているのだ。だからこそそれを支えるのは我等下に付く者の務めであろう。

「そこは我等年寄りの仕事でありましょう。上之郷の頼泰殿が戻られたら一度爺共で話を致しましょう。」

「そうですな…だが、我等は強くならねばならぬ。それだけは間違いが無い。」

夕闇に微かに見える遠く小さくなった背中に向けて行賢がポツリと吐き出す。そうだ、我等は強くならねばならぬ…

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