8・板屋城 弐
その後、入谷館でもこれまで同様に皆に声を掛けて解散すると、そのまま永由叔父と数人の兵を伴って板屋城へ足を運ぶ。さっさと叔父を連れて館から出ようとしたところ、叔父から流石に板屋の領内を護衛無しに歩くのは不用心と窘められたので兵を伴う事になった。
「山之井の城よりは小さいですが我が家の城よりはやや立派と言った感じですかな。只、ちと古いですかな。」
坂の下から板屋城を見上げながら永由叔父がそう評価する。
確かに少々古めかしい感じは否めないし、土塁も塀もそう高い物ではない、門も小振りだ。数年前に一人で尾根を越えてこっそりと見に行った時は裏から遠目に様子を窺うだけだったのでここまで細かな所は分からなかったのだ。
そのまま坂を登ると、城の門には先に戻った光潤が下働きの者を従えて迎えに出て来ていた。
「お待ちしておりました。」
光潤がそう言って頭を下げると後ろに並ぶ者も続いて頭を下げる。
「わざわざ忝い。これで全員ですか?」
礼を言った後でそう尋ねる。彼の後ろには三人しか居なかったからだ。
「はい、これで全てです。そもそも普段から私以外に詰めている兵が数人しか居りませんでしたからこの人数で十分賄えておりました。」
成程、本当に非常時の為だけに維持されていた城と言う感じなんだな。
「では、三人には光潤殿と共に入谷の館に移って貰う。各自の身の回りの物や向こうで必要になると思う物は持ち出してくれて構わない。まぁ、こちらに有って入谷の館に無い物はそう無いとは思うが。では、直ぐに準備に掛かって欲しい。」
「聞いた通りにしておくれ。私は城の中を御案内した後に行くから。」
俺が下働きの三人にそう告げると、光潤もそう促す。それを聞いて三人は室内に戻り、住処を移る準備を始めた。
「確かに古いが、良く手入れされておりますな。あの人数でここまで見事に保つのは並大抵の事では有りますまい。」
正面から館を見渡してそう言う。
「有難うございます。郷の者達が何それと手伝ってくれますので。」
それを受けて、そう礼を言う光潤。やはり、人望の厚い人間の様だ。
「先程も申した通り、申し訳御座いませんがこの城は解体して新たな城の材料とさせて頂く事になります。」
俺は改めてそう告げる。
「はい、仕方の無い事で御座いましょう。」
少し寂し気にそう答える光潤に、
「しかし、民の中にはそれを不満に思う者も居りましょう。その者達には、この城は新たな場所で板屋の地を守る城に生まれ変わるのだと伝えて頂きたいのです。そして、山之井の城も同様に解体して移築するのだと。」
そう頼み込む。
「確と承りました。」
光潤はそう言って頭を下げた。
一頻り城内を見て廻る。全体としてやはり山之井城よりも手狭で、郭も一つである。基本、人が寝起きする建物は館のみであって、城の兵達も下働きの部屋と似た部屋で暮らしていた様子だった。兵舎と厩は長年使われた様子が無く、蔵も中身は大概持ち出されていたが手入れ自体はキチンと為されている。全ての建物が再利用出来そうだと永由叔父と話し合っていると、最後に辿り着いたのは周りの建物よりも一層古さを感じさせるお堂だった。
館の北側に隣接して立つその建物。それが光潤が住職を務める潤慶寺であった。城の敷地内に併設されている事もあって山之井の常聖寺に比べれば小ぢんまりとしているものの、隅々まで手入れされたそこは郷の者から大切にされているであろう事が一目で見て取れる佇まいであった。
「光潤殿、入谷の館に移られてもこちらのお寺については確りと維持して頂きたい。ここを粗略に扱う訳にはいきませんから。」
そう告げると御婆様との約束も有り、今日は切り上げる事にする。
光潤を伴い郷へ下ると多くの領民が不安そうに様子を伺っている。
「一言声を掛けて参られると宜しいかと。」
俺がそう促すと、
「宜しいのですか?」
そう聞くので、
「えぇ、何か有れば直ぐに入谷まで伝えに来る様に言い添えて頂けると助かります。」
そう要望しておく。
一人歩み寄って来る光潤に領民達が駆け寄って行く。
「皆、私は暫く入谷の館で山之井様のお手伝いをする事になった。山之井様も無体な事はなさらないと仰っている。何、今までとそう変わる事もないだろうさ。何か有ったらすぐに報せておくれ。」
そう穏やかに話し掛ける。
その人垣の中に昭三が居る。向こうもこちらが見ている事に気が付いた様子で、一人の男を伴って、こちらへ歩いて来た。
「若様、こいつが兄貴で本来の板屋郷の纏め役の昭太です。」
そう言って昭三が紹介したのは昭三と似た面影を持ちながら、どこか頼りなさを感じさせる男だ。
「昭太と申します。弟や郷の皆が大変お世話になったそうで…」
昭太は不安そうな顔でそう言って頭を下げる。
「いや、昭三が良くやってくれたお陰で無事に板屋に戻れた者も多く居ただろうし、我等も大分助かったし。俺も為すべき事をしただけだ気にしないで欲しい。」
俺がそう返すと、チラりと昭三を見やってから、
「有難うございます。これからは何か御座いましたら私の方に直接お伝え下さい。」
そう上目遣いでそう言った。直前の昭三を見遣った表情からも何やら確執の様な物を感じなくもない。変な火種にならねば良いが。
そんな遣り取りが終わる頃には光潤の話しも終わり、それでもまだ不安そうな表情の者達の視線に見送られながら入谷の館へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます