7・板屋城 壱

 そして、漸く守谷砦へと足を向けた。忠泰叔父と狭邑の二人、そして誠右衛門と康兵衛といった各集落の顔役も一緒だ。

 まず、砦に残っていた大叔父と叔父に決まった領民を家に帰す事、明日は各村で埋葬を行う事、その後普請を行う事を伝えた。

「良く戦ってくれた。」

「世話になった、これからも頼む。」

「息子の事はすまなかった。」

そして、砦から家路に就く領民一人一人に声を掛ける。

 ある者には礼を、またある者には戦で家族を死なせてしまった詫びを。それぞれ想いも表情も違ったが、それでも家に帰れる安堵感は同様に思えた。


 村毎に纏まって帰って行く彼等を見送ったら稲荷に残った面々と再度合流して、まずは篠山城に向う。ここにも落合と上之郷の民が詰めているからだ。

 足を引き摺る爺に足並みを揃えるので歩みは至極緩やかだ。

「若鷹丸様…」

その道中で光潤が遠慮がちに声を掛けてくる。

「如何なされた?」

俺がそう聞き返すと、

「板屋城の者達なのですが…」

板屋城には兵は残って居なかったはずだ。とすれば、

「下働きの者ですかな?」

「はい、彼等は寄る辺の無い者ばかりなのです。叶いますれば入谷の館に同行させたく…」

当たりか、今後の事を考えれば寄る辺が無いと言われれば放り出す訳にもいかないが…

「永由叔父上、入谷館の下働きの者はどうしておりますか?」

一旦、入谷館の状況を聞く事にする。まさか下働きも撫で斬りにしてないよな?

「全員、一度家に帰しております。」

良かった、大丈夫だった。

「そちらは帰る先の無い者は居なかったのか?」

「申し訳無い、そんな事まで頭が回らず…」

それはそうだ。俺だって奪った館の安全を確保する為に、取り敢えず全員追い出すだろう。

「すまん叔父上。当然の事だった。忘れて欲しい。光潤殿、板屋城の者で入谷館の台所を差配してくれ。すまんが兵達の飯も頼む。」

「は、有難う御座いまする。」

「宜しいので?」

俺の決定に正反対の反応を見せる二人。

「板屋城の者は光潤殿への忠義は厚かろうが当主への忠義は厚くあるまい。我等が光潤殿を粗略に扱わぬ限り大丈夫だと思うが爺はどう思う?」

「…宜しいかと思います。」

爺は苦い顔でそう答える。

 これは、この件がどうのではなく板屋の人間を使う事自体に思う所が有るのだろう。一緒に法要等は夢のまた夢なのかもしれない。


 そうこうしている内に篠山城に着く。永由叔父はそのまま入谷館へ、光潤は板屋城へ向かった。

 坂を上ると予め報せが行っていたのだろう。門で御婆様が待っていてくれた。

「若鷹丸殿、体は大丈夫なのですか?」

「御婆様、ちと頑張り過ぎただけです。もう何ともありませぬ。」

心配そうにそう聞いて来る御婆様に対しそう答えるが、

「そう言って今もまた頑張っているではありませんか。」

そんな言い訳は一言で切って捨てられてしまった。

「お前、今はそんな事を言っている時では…」

それを見かねた爺が口を挟むが、

「大体、お前様達がだらしないから、」

あ、飛び火した…駄目だ、もうこうなっては誰にもどうしようも出来ない。

「御婆様、夕方になったらさっさと帰って、日が暮れたらすぐに寝ますから!じ、爺、早く皆を家に帰すんだ!」

大慌てで爺にそう指示をして、その場を逃げ出す。


「ふむ、これで全員ですな。」

篠山城に詰めていた民に感謝を述べ家へと帰るのを爺と共に見送る。

「うん、では入谷の館の者達も家に帰して来る。明日の埋葬の時に和尚と一緒にまた来る。」

それが済んで、俺がそう言うと、

「幸も言う通り無理をし過ぎてはなりませんぞ…」

爺が心配そうにそう言ってくれる。

「分かってはいるのだが、我等はここが正念場なのもまた確か、今隙を見せる訳にはいかんだろう。休む前に打てる手は全て打っておきたいのだ。」

「それはまぁ、そうですが…」

それに対する俺の返答に顔を曇らせる爺。そこに、

「ほらほら、これを食べたら早く仕事を終わらせましょう。」

そう言って御婆様が握り飯を持ってやって来る。

「む、御婆様、良いのですか?」

時間は昼を回って少し位だろう。飯の出て来る時間ではないのだが、

「貴方は昨日も一昨日も寝ていて何も食べていないのでしょう?これでも足りませぬ。」

と、全く反論の余地が無いお言葉を頂く。そうであればと有難く握り飯を詰め込んでいると、

「今はこれ以上はお止めしませんが、いよいよこれ以上は無理と思えば私達は必ずお止めします。その時はちゃんと言う事を聞いて下さいませ。」

心底心配した様子でそう言われてしまう。

「俺もこれ以上家族が悲しむのは御免故、肝に銘じましょう。」

これには俺も、確とそう答えるしかなかった。


「ところで、あのお二人はどの様になさる御心算ですか?」

握り飯を食い終わると、御婆様がそう切り出した。

「二人?」

俺は何の事だか分からずに首を傾げて聞き返す。

「横手の子女で御座います。まさか、お忘れだったんですか?」

「あっ!」

そうだった。完全に失念していた…と言うか目が覚めてからやる事だらけで、それどころでは無かったのだ。

「すまぬ御婆様、今すぐどうこう仕様も無いのでもう暫く預かって頂きたい。何か有れば伝えて頂ければ。」

慌ててそう頼めば、

「そうは言ってもあの齢で突然連れて来られたのです。顔位見せてあげても…」

なぜだか、たったの二日で御婆様は早くも駒達に同情的な立場になっている様だ。

「近い内に、近い内に必ず。では、俺は次が有りますので!」

俺は御婆様の言葉をそう遮ると、永由叔父の待つ入谷館へと逃げ出…駆け出した。

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