6・稲荷評定 参

「よし、俺としては取り敢えず急場は凌いだと思えるがどうか?」

そう言って皆を見回す。特に反対の意見は無い様だ。

「では、兵に出ている領民は一度家に帰そうと思うがどうだろう?皆、田畑や家族が心配だろう。それに兵糧も無限に有る訳ではないしな。」

「しかし、まだ油断する訳にはいきませんぞ。」

そう提案する俺に爺がそう苦言を呈する。

「それは当然だ。皆には直ぐに戦に出られる様にしておけと言っておかねばならんし、家に戻った後も砦の強化に普請を頼まねばならん。各村一日五人の人足を交代で出して貰うのでどうだろうか?」

それに対して俺はそう答えるが、今度は忠泰叔父が、

「だが、材が足りぬのはお主も知っておるだろう。」

そう指摘した。

「うん、光潤殿には申し訳無いが板屋城を解体する。それに山之井城の二の郭もだ。」

俺はそれに対してはっきりそう答える。

「山之井の城もか!?」

あちらこちらでそんな驚きの声が上がるが、

「どこを守るべきか明確になったのだ。そこに集中するべきだと思う。取り敢えず、光潤殿には入谷の館に移って頂く事になるだろう。」

俺はそう付け加える。

「か、畏まりました。」

そう答えたのは光潤で、緊張が見て取れる。兄の代わりをせねばならんと思ったのかもしれない。


「他に急ぎの話は有るか?」

俺は皆にそう尋ねる。

「葬儀の話はせねばなりますまい。何せこの時期ですから…」

行賢の大叔父がそう提案する。

 確かにこの季節だ。急がねばなるまい。だが、悠長に葬式を上げている場合で無いのも確かだ。

「心苦しいが埋葬だけ先に済ませるしかないだろう。秋に落ち着いたら寺で皆合わせて、父上や行和叔父上の分も一緒に法要を行う。和尚それで亡くなった者に失礼にならないだろうか?」

和尚にそう尋ねる。

 俺自身の宗教観は前世の感覚がまだどこかに残っているのだろう。その辺、割と適当な自覚が有るのだが、この時代の者の感覚とズレが有るのも自覚している。儀式や形式の持つ意味の重さの差は計り知れないのだ。

「それが宜しいかと思います。気も漫ろで心構えの出来ていない内に忙しなく行うよりも少し後でも落ち着いて御供養された方が見送る側も見送られる側も心が穏やかになれましょう。」

和尚はそう穏やかに答えると、

「ですが、埋葬の前には読経を上げる方が宜しいかと思います。」

そう続けて言った。

「そうか、そうだな、では急だが明日の朝から始めたい。我等には刻が無い。上之郷から順に回って最後が狭邑としよう。行和叔父上の埋葬の用意もお願い致す。」

俺は皆を見回してそう頼む。


「光潤殿、板屋領の寺や僧はどの様に?」

俺は光潤にも尋ねる。

 隣村だと言うのに、俺達は板屋の日常を余りにも知らないのだ。

「寺は潤慶寺と言いまして、板屋城の直ぐ隣に御座いますが、住職は某が城主と兼務と言う形になっております。以前は本職の住職が居ったのですが…高齢で亡くなられまして。以降は…」

光潤が小さくなりながらそう答えた。

 宗潤親子は館に金を掛けるのに寺の方は吝嗇ったのか。それでも光潤がそれなりの修行を積んでいたからこそ出来た事なのであろう。

「では、板屋と入谷は光潤殿にお願い致す。すまんが二人も手を尽くして欲しい。」

俺は三人にそう頼む。すると、

「法要は我等も行っても宜しいのでしょうか?」

光潤が遠慮がちにそう聞いた。

「うん?そうか、板屋領が我等に安堵されたならば皆一緒にと思っておりましたが、色々と柵も蟠りも有りましょうか…皆の意見を聞いてからですな。法要自体は勿論認めます。叶うなら皆で一緒に弔いたいものですが…」

最後は俺の独白の様になってしまったがこれで当座に決めるべき事は決まっただろう。


「では、守谷砦へ参ろう。皆に礼も言わねばならんしな。光潤殿、この後、板屋城を見に参りたい。暫し、ここでお待ち頂けるか?」

俺は会合をそう纏めると、光潤にそう声を掛ける。

「畏まりました。」

伝える事は伝えた、

「霧丸、松吉、ちょっと来い。」

二人を呼び寄せると小声で指示を与える。

「……」

「…えぇ?大丈夫なのか?」

「……」

「でも、そんなに沢山…まずいんじゃないですか?」

「いいからさっさと行け!」

最終的に俺の指示につべこべ言う二人を怒鳴りつけると二人は慌てて走って境内から出て行った。

「よし、紅葉丸は…」

付いて来いと言おうとして気が付く。俺の後ろに霧丸と松吉が居る様に、紅葉丸の後ろに居るはずの、

「おい、紅葉丸。太助はどうした?」

そう、太助の姿を城に戻ってから一度も見ていない事に気が付いたのだ。

「あ、太助なら…」

「申し訳無い…太助は我等の所で借りております。方々繋を付けるのに重宝しておりまして…」

口を開きかけた紅葉丸の言葉を遮り、永由叔父がそう謝罪した。

「そ、そうか、無事なら良いのだ。役に立っているなら尚の事。だが、問題無ければそろそろ返してやってくれ。」

一安心である。何か有ったら光に申し訳が立たないからな。

「畏まりました。では、直ちに。」

そう踵を返そうとするする叔父に、

「いや、砦の後、篠山城と入谷の館にも寄りたい。光潤殿とここで待っていて欲しい。爺もだ。」

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