第9話

「むふぅ。ざまぁみろだな、クソ奴隷商」


 ここはフォールバール家のお屋敷。

 その地下牢。


「安心しなよ。君の可愛い奴隷ちゃんたちは、僕とお父様でたっぷり可愛がってあげるからさ」


 鉄格子越しに、フォールバール家の豚子息が下卑た笑みを浮かべながら、手枷をつけられて座り込む俺を見下してくる。


「てめぇ……ウチの大事な商品に手出しやがったら……」

「おぉ~コワっ。その状態でよくそんな事が言えるね」


 牢の中から見上げる形で、豚を睨みつけている俺。

 ただコイツの言う通り、今の俺の状況は非常に芳しくない。



 ――あのあと



 俺は強制退去に抗うため、店に入ってきた大男と一戦交えた。


 ただ、奴隷商のステータスではとても戦えないと思った俺は、この間手に入れたスライムの力を使って対抗することを決意。


 最序盤のレベリングモンスターなのにレベルが16もあったので、モブ当主が連れてきたモブ大男くらい、一捻りで楽に勝てると思い込んでいた。

 


 全然、甘かった。


 

 普通に考えればわかることだが、この凶悪難易度のゲーム世界において鬼畜級なのは当然、スライムだけではない。


 ドクと呼ばれた大男も、例外ではなかった。

 

 スライムが元々持っていた【突撃】や【ぶきみな笑み】といったスキルを駆使し応戦するもまったく歯が立たず、すぐに捕らえられてしまった俺。


 エルフちゃん達も集結し一緒に戦ってくれようとしていたが、そこはその後すぐに駆けつけてきた10人を超える屈強な男たちに取り押さえられ、あえなく御用となった。


 気が付けば、俺はフォールバール家の地下牢に放り込まれ、エルフちゃん達は屋敷のどこか違う場所へと連れていかれた。


「ああそうだ。ひとつ忠告」


 地下牢を去ろうとしていた豚の足が止まる。


「この地下牢は手入れが行き届いていなくてさ、いろんな虫とかネズミとかすごい湧いてるんだよね」

「……えっ?」

「中には毒を持ってるヤツとか、人を襲う凶暴なヤツとかもいるみたいだから、気をつけてねぇ」


 俺は虫が大の苦手だ。

 Gとか特に、悲鳴を上げてしまうほど嫌いだ。


「ちょ、それマジ?」

「あはははは!震えて眠れよ、クソ奴隷商!」


 地下の密閉空間に高笑いを響かせながら、豚は出口へと消えていった。


「虫はほんと勘弁してほしい……」


 今まで気にしていなかったが、ヤツがあんなこと言うもんだから床の手触りが気になり始め、思わず手許を見てしまった。


「ひぃ!」


 冷たい石畳のはずなのに、妙にこそばゆい感覚を認識したと思ったら……


「は、羽ぇ!!」


 甲殻系と思わしき虫の、真っ黒と茶色のはねがたくさん落ちていた。

 この痕跡は確実にヤツの……


「つ、辛すぎる……」


 牢に閉じ込められてるだけなのに、俺はすでに裁きを受けているような感覚に苛まれ、心が折れそうになっていた。



◇ ◇ ◇ ◇



 たぶん、夜



 時間感覚はまったくなかったが、牢屋番の男が引継して代わっていった様子をなんとなく眺めていた俺は、昼夜の2交代制でバトンタッチしたのかなと思い、現時刻が夜になっているのだと勝手に推察していた。


「腹、減ったな……」


 虫(G)の恐怖に怯えながら、それでも空腹感というのは避けられない。


 さっき食事は与えられたが、カビの生えかけたパッサパサのパン1つと生ぬるい水のみで、一応、成人一般男性並みの体格を持つ俺にとって、この食事量では明らかに摂取カロリーが足りていなかった。


「でも虫怖いし、寝るのも恐ろしいし……」


 暇だし、空腹感も消えないし、いっそ寝てしまおうかと思ったが、それはそれで恐怖でしかない。寝てる間に危険な虫や生物に襲われたらと考えるだけで、身の毛もよだつ。


「はぁ。どうしようかな……」


 やることもないのでなんとなくステータス画面を開いて凝視する俺。


 この状況を打破する秘策など思い付きはしないだろうが、それでもただ虚空をボケっと眺めているよりははるかに有効的な時間の使い方だろう。


「……えい」


 職業欄横の▼をタップし、モードをスライムに切り替えたりしてみる。


「はぁ。サラダちゃん、ペンネちゃん、パスタちゃん……」


 もう、慰みモノにされちゃったのかな。

 俺ですら手を出したことない激カワエルフちゃんたちを、あんな下衆どものおもちゃにされていると考えるだけで……クソっ!


 もういっそここで自爆して全部なかったことに……


 いやいや、落ち着け俺。


 それこそ爆発に巻き込まれてエルフちゃん達まであの世送りになっちまうよ!


 ダメだダメだ!


 生きてさえいれば、必ずチャンスは巡ってくるはず!


 今は時が過ぎるのを待って、機会を伺って……



 ブゥーン……



「き、来たぽよぉ……」


 絶望の羽音。ブーン。

 俺の背後。音がだんだん強く聞こえてくるということは……


 振り返りたくない!でも、振り返ってヤツの位置を確認しなければ!

 敵の進路を予測し、身体を捻って避けろ!避けるんだ、俺ぇぇ!!


「ええい、もうなるようになれぽよ!!……ん?」


 襲来する黒い飛翔体。

 ヤツは絶対に、ヤツだ。間違いない。


 間違いないのだけれど、なぜだろう。


 何故か今の俺には、アイツが……


「う、うまそうだぽよ~!!」


 ごちそうに、見えていた。



 バクゥ!!

 もごもご……

 ごっくん



「み、満たされるぽよぉぉぉ」


 自分自身信じられない行動に出たとは思っている。だが、身体が勝手に動いていた俺は、何故か顔に向かって飛んできていた天敵を直で捕食した。


 そして……



 テレテテッテテッテ~



 『名無しの鬼頭タカヒロ[スライム]は、レベルが上がった』


 と、目の前に突然、空中テロップが流れたのである。

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