第12話

「はぁ……」


 フォールバール家を駆逐し、ため息をつきながら一人家路へと着いていた俺。


 すでに日は落ちていたため、月明かりを頼りに帰り道である[リンネの森]をトボトボと自分の店に向かって歩みを進めていた。


「いくらパスタちゃんの転移スキルが3人までしか同時に飛ばせないからって、せめて一声かけてほしかったよなぁ……」


 まぁ、歩いても帰れる距離だから別にいいんだけど。


 この[リンネの森]も[ドナルの穴]と同様、ゲームの序盤でそれなりに来てた森だったし、マップ自体は大体覚えているから帰り道で迷うことはない。


 フォールバールの屋敷から店までそんなに遠くもないはずだし、正しいルートを辿って30分も歩けば家にはたどり着けるだろう。


 ああ、そうそう。


 口悪ギャル系エルフのパスタちゃんは、あんな感じのキャラだけど、実は転移スキルという結構レアな技を扱うことができる有能エルフちゃんなのだ。


 3人までしか同時に飛ばせないってのは難儀だが、それでもこの「フロム・ザ・チョッパー」の世界においては非常に重宝されるスキルの持ち主なので、ウチの店でも彼女の取引価格は一番高い。


 野暮なのでここでオープンプライスするのは控えさせてもらうが、まぁ、並の貴族では手が出ないだろうな。


「でもあの言葉遣いはいただけないよなぁ。もうちょっと可愛らしくしゃべってくれるようになると、もっと評価額も上がると思うんだけど……ん?」


 この[リンネの森]は人の往来が多いためか、道は割と整備されている。それでも少し脇に目をやれば木々や草々が生い茂り、死角は多く存在する。


 暗くてほぼ見えていないが、前方の木陰。

 かすかにザワザワとなにかが擦れる音がしたような気がした。


 ……いる。


 おそらく、ゴブリンだ。


「どうせ帰るだけだし、サクッと倒してケーキ代でも稼ぐとしますか!」


 戦闘態勢に入るため、俺はスライムへとすぐにクラスチェンジして備えた。


 ちなみにこの「ブロス・ザ・チョッパー」のゲーム世界では、敵を倒せば経験値とお金(G)が得られる。


 ケーキ代程度ならゴブリン1匹倒せば稼げる。お金持ってなかったし、ちょうどよかった。


 また、一定の確率でアイテムの出現も期待できるし、運が良ければレアなアイテムをドロップすることだってある。


 ゴブリンが落とすレアアイテムは結構高く売れるので、もし拾えれば上出来。


 めんどくさいが戦って損はしないだろう。


 この森で出現するゴブリンくらいなら、いくら超絶鬼畜モードのゲーム設定とはいえ、レベル53もあるスライムモードなら楽勝のはずだ。


「おい、ゴブリン!そこにいるのはわかっているぽよ!出てぽいやぁ!」


 威勢よく相手選手を呼び込む格闘家のような大声で、物陰に潜んでいるであろうゴブリンに対して宣戦布告をする俺。


 いくら敏捷性がずば抜けているとはいえ、さすがに見えていない敵に対して闇雲に突進かますほど、俺はバカではない。



 ガサガサ……



 お、俺の挑発に乗ってくれたか。

 草の擦れる音が大きくなり、明らかに木陰でなにかが蠢いている。


 こっちは臨戦態勢整ってるんだ!

 とっとと姿現して、戦いの火蓋を……


 ……えっ?


「グオアァーッ!」


 轟く咆哮とともに姿を見せたそれは、たしかにゴブリンの姿形をしていた。


 していたのだが……


「いや、ゴブリンってあんなムッキムキだったっけ……」


 俺のイメージではもう少しだらしない体躯で小柄な緑の小鬼だと思っていた。


 だが今目の前にいるソレは、俺の想像の2倍くらい背が高く、筋骨隆々で凶悪な身体をしている。


 手に携えている武器の棍棒も巨大で、しかも曲がった釘みたいな金属がいくつも突き刺さっていて、ヤンキー漫画の不良バットを肥大化したような武器えもの


 緑の鬼ってのだけはその通りだが、この威圧感は明らかにゲーム序盤の雑魚敵の様相とはかけ離れた存在感だった。


「ゴブリンの上位種か?いや、でもあんなすんごいのは見たことないぞ……」


 スライムと戦った時は、見た目は普通だったんだけどなぁ。コイツは姿形からして明らかに鬼難易度の凶キャラだ。


「つっても所詮は序盤の雑魚モンスターだろ!」


 あまり深くは考えない。

 どう考えてもスピードでヤツが俺を凌いでくるとは思えない。


 圧倒的速度で蹂躙・瞬殺だ!


「先手必勝!【突撃】ぽよ!」


 俺は態勢を低くして【突撃】スキルを使用!一足飛びでゴブリンの腹目掛けて突っ込んだ!


「うるああぁぁぁ!」


 貫くか、悪くても吹っ飛ばすくらいの威力はあると思い込んでいた。


 だが……


「グオアァァァッ!!」

「ぶっ!!」


 なんとヤツは俺の突進にタイミングよくカウンターを合わせ、綺麗に俺の顔面におそろしく強烈な剛腕パンチを炸裂させた!


「ごっ!へっ!ぶっふぅぅ!!」


 地面を跳ねながら、たぶん5mくらい吹っ飛ばされたと思う。顔、身体のあらゆるところが地球と擦れ、熱い痛みが脳を駆け巡る!


「ぐえっ!」


 木に背中から激突したところで、ようやく止まった。


 おそろしく速いカウンター……

 俺じゃなきゃやられちゃってたね。


 てか武器持ってるのになんでパンチなの?

 ただ強そうな雰囲気を醸し出すだけのアイテムだったのか?


 ……ん?目の前になんか映ってんな。

 なんだなんだ……



『名無しの鬼頭タカヒロ[スライム]は死んでしまった』


「えっ?」



 ……やられちゃってたみたい。

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