第19話

 フランちゃんは気軽に実家(フランベルク城)への同行を提案してくれたが、よくよく考えると、彼女の実家がある場所は、ここからめちゃくちゃ遠かった記憶がある。


「フランベルク城って、この荒野から歩いてどのくらいかかるんだっけ?」

「えーっと……普通の冒険者の足だったら、たぶん2週間くらいですね」


 フランちゃんが笑顔で俺の何気ない質問に軽く答えてくれた。

 片道2週間ってことは、往復だと1ヵ月かかる計算になる。


 さすがに1ヵ月も店を休んで慰謝料を取りに行くのはタイパが悪すぎる気がする。

 いや、店開けてたってお客さんが来ないのはわかってるよ。


 でも1ヵ月もあればバイトで結構稼げると思うんだ。

 ギルドの簡単な依頼を適度にこなせば、おそらく慰謝料以上の稼ぎは得られると思っている。俺、死なないし。


 それにいくら自活できるエルフちゃん達とは言え、さすがにそれだけの期間放置しておくのは可哀そうだ。お金もあんまりないし、もしかしたら食べるモノがなくなってえっちなバイトとかに手を染めちゃう可能性もあるし……。


 それは困る!やっぱ慰謝料は諦めよう。

 そもそももらえるかどうかもわかんないしね。


 国のお偉いさんが、俺みたいな町のしょうもない奴隷商とまともに交渉してくれるとも思えないし。


 フランちゃんとは、ここでお別れだな。


「あー……フランちゃん。やっぱフランベルク城は遠いから行くのやめておくよ。慰謝料の請求は諦め……」

「あっ、それなら大丈夫ですよ!歩いて行きませんから!」

「えっ?」

「ちょっと待ってくださいね……」


 そう言って、彼女は腰にぶら下げていた携帯用バッグから、ヨレヨレになった羽のようなモノを取り出した。


「じゃじゃ~ん!」

「そ、それはまさかッ!?」

「キメルーラのはね~」

「おおおお!!」


 まさかのレアアイテム!キメルーラのはね!!

 いいの持ってるじゃん、フラン皇女様!

 思わず拍手してしまう俺。


 説明しよう!

 キメルーラのはねはこの『ブロス・ザ・チョッパー』の世界において、アイテムレア度Aに属する転移用アイテムのひとつだ!


 一度行ったことのある場所であればどこへでも飛べる、大変便利な移動系アイテム。ただし、一度使うと消滅してしまうので、使う場面は慎重に選んだほうがいいと巷では言われている。


 ちなみに、今この状況に至ってはどうかというと……


 当然、使うべき重要な場面だと認識している!


「お父様が緊急避難用に持たせてくれてたんだけど、実家帰るなら別に今使っちゃっても問題ないかなって思ってて」

「うんうん!またもらえばいいからね!」

「そうですよね!それじゃあパパっとコレ使って飛んじゃいましょっか!」

「いえーい!」


 俄然テンションが上がった俺は、フランちゃんとハイタッチをして喜びを分かち合った。交渉できる余地があるかはわからないけど、サクッとお城まで行けるならタイパ的には特に問題ない。


 ではでは


「じゃ、使いますね!」

「うい!」

「キメル―ラのはねさん!私とおじさんをフランベルク城まで飛ばして!」


 目的地を告げ、空に向かってはねを投げるフランちゃん。フワッと舞い上がったはねはゆっくりと宙を舞い、そして……



 ブイーン、ブイーン



 震えるタイプの健康器具みたいな音とともに、俺とフランちゃんはその場から姿を消し、フランベルク城まで一気に転移する運びとなった。



◇ ◇ ◇ ◇



「……っとぉ」

「あ、正門前!」


 キメルーラのはねを使用し、フッと身体が軽くなったかなとか考える間もなく、俺とフランちゃんは目的地、フランベルク城の正門前に到着していた。


 いきなりの転移で重心が揺らぎ、思わず転びそうになった俺をよそに、平然とした様子で目的地に着いたことを悟るフランちゃん。


 転移自体初めての経験だった俺とは違い、彼女はとても落ち着いていた。


「ここが、フランベルク城正門前……」


 態勢を立て直し、巨大な城の正門を正面から見上げた。


 デ、デケェ……。

 ゲームの画面とはワケが違う。


 迫力が半端ない。


 中世ヨーロッパ風の城の正門。

 巨大な石造りの門壁に重々しい鉄の格子戸が垂れ下がっている。


 苔むした石畳は長い歴史を物語り、門の両脇には武装した衛兵が鋭い目を光らせて立っていた。


「むっ!そこにいるのは誰だ!どうやってこの正門前まで……」

「いつもお仕事ご苦労様です!衛兵さん!」

「フ、フラン様!」


 俺たちが急に現れて驚いた様子の衛兵たちだったが、フランちゃんが明るく挨拶したことで、表情は安心した様子へとすぐに変わった。


 一瞬警戒されて少し焦ったが、フランちゃんはちゃんと皇女様だったようで俺も内心ホッとしていた。


「お父様はお城にいらっしゃいますか?」

「ええ。つい先日辺境遠征から戻られて、今はお部屋で事務的なご公務をされている頃かと思います」

「ありがとうございます。それじゃあ通してもらってもいいですか?」


 フランちゃんが衛兵の前までツカツカと歩いて近寄り、衛兵に門を開くようにお願いした。


 だが、事はそう簡単には進まない。


「いや、えっと。フラン様。後ろの怪しいおっさんは誰なのでしょうか?」

「あ、俺?俺は[ミルキーの街]で奴隷商やってる……」

「ああ!えっと!私、このおじさんに危ないところを助けてもらったんです!だからお礼がしたくて、お城まで一緒に来ていただいたんです!この方は私と同じ冒険者さんですから!」


 ん?なんか慌てて被せてきたな、フランちゃん。

 あーやっぱ奴隷商とか言っちゃうのはマズかったか。


 そりゃそうだよね。こんな身分の怪しいヤツ、普通城には入れられないよね。


「それは失礼いたしました。では正門を開きますので、しばしお待ちを」


 いや、そんな簡単に入れるんかいッ!


 皇女の言い分って凄い信用あるんだな。入るのに身分証明の提示とかしなくていいんだ。皇族ってスゲーんだな。


 ま、なにはともあれ。


 色々と紆余曲折あったけど、これで慰謝料せしめられれば少しは生活が楽になりそうで助かるよ。


 どんな話になるのか皆目見当もつかないけれど、お父様が話の分かる人であることを切に願っている。


 できれば迷惑料も込みで多めに包んでくれると、貧乏な俺としてはとってもありがたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る