第16話

 俺が住む[ミルキーの街]を南に出ると、そこは人の住まない荒野が広がっている。


 ストーリー本編だとこの荒野を進んだ先には次の街があり、新たなイベントののろしが上がる。


 ただ、今の俺は奴隷商なので、ストーリーとかは別に関係ない。

 次の街に行く用事も特にない。


 ここにいる理由はないハズなのだが……

 何故か、俺は今ここに立っている。


「なんでこんなことになっちゃってんのかなー……」


 短気は損気。

 うまく逃げて回避することもできたハズなのに、カチンと来て啖呵切っちゃったのが運の尽き。話の流れで決闘に付き合う運びとなってしまった。


「土下座して謝るのであれば、今だったらまだ許して差しあげますよ」


 俺の隣で自信満々の表情で相手に懇願のチャンスを与えている女性がいる。彼女の名前はフラン・ヴィ・エヴァンドール。


 俺が住む街を治める国、エヴァンドール皇国の7番目の皇女様だ。


 彼女は皇位継承権を放棄し、身分を隠して冒険者登録している変わり者の少女で、ゲーム内では中盤のとあるシナリオをクリアするために必要なCPUキャラだった。


「へっへっへ。俺らは謝っても許してやらねーけどな」

「そうっすね、兄貴。特におっさんのほうは、この先二度と冒険者やれねぇようにボッコボコにしてやりますぜ」


 対峙しているのはギルドで絡んできた二人のゴロツキA級冒険者。ゲーム内で絡んだ記憶はない。会話から察するに、どうやら兄弟のようだ。


 顔はまったく似ていないが、下種な雰囲気がそっくりで反吐が二倍出る。


「(とりあえず、ゴブリンモード使って戦うとするか……)」


 奴隷商のまま戦うという選択肢はない。

 いやまぁ【死合わせ】使えば一瞬でケリがつくんだろうけど、それをすると確実にフランちゃんを巻き込むことになってしまう。


 それにあのスキルは相手と同化する性質を持っているので、フランちゃんはいいがあのゴロツキ二人とひとつになるなど、何度人生をやり直そうともご勘弁願いたい。


「冒険者同士の殺し合いはご法度だからな。あくまで決闘。お互いどちらか1人でも「まいった」と言った時点で勝負ありってことでどうだ?」

「問題ないわ。その条件で戦いましょう」

「くっくっく。それじゃあこのコインが地上に落ちた瞬間から決闘開始ってことで」


 ゴロツキの弟のほうが懐から銀のコインを取り出し、拳を縦にして親指に力を込め始めている。あのまま指を弾けば回転とともにコインは宙へと舞い上がり、地上に落ちればスタートの合図となるらしい。


 おっと、ボケっと見てる場合じゃないな。

 ゴブリンの準備、しとかなきゃ。


 ……よし、オッケーだ!


「おじさん。私、サポートしてあげますから2人の相手、お願いできますか?」

「よっしゃ、任せとけ!……って、えっ?俺が2人相手すんの??」

「だっておじさん、ドS級なんですよね?」


 いや、それギャグやん。


「いやいやいやいや。フランちゃん、S級なんだよね?俺、最近冒険者登録したばっかのF級だよ?」

「えっ!?冗談ですよね??そんな禍々しいオーラ滲み出てるのに、A級ですらないんですか??私、ホントはB級なんですけど……」


 やっぱB級じゃねぇかよおまえぇぇぇ!!!

 最初から俺頼みだったのかよ!


 なんてヤツや……。

 とんだハッタリ皇女様だ。


「なにをごちゃごちゃ言ってやがる」

「もう始めるぜ」


 コインがついに弾かれる。

 アレが地上に落ちれば戦いは始まってしまう!


「だああ!もう、わかった!俺が2人を引き付けるから、フランちゃんは後方から攻撃魔法で支援して!」

「F級って……F級……」


 うわぁ……

 なにその失望感と無力感と絶望感丸出しの表情。

 完全に戦意失ってませんかね、皇女様。


 おじさん思うんだけど、他人の力に頼ってイキるとロクなことないよ、ホント。


 色々と誤解があったようだ。でも、ここまで来たらもうやるしかない!


 回転を維持したまま空を舞う銀のコイン。

 重力に負けて一気に落下を開始し、そのままの勢いで地上を目指す!


 すでに敵は腰に携えた長剣を構え、臨戦態勢に入っている!


「来るよ、フランちゃん!早く俺の後ろに下がって……」

「ファイヤーーボォォォル!!」

「えええええ!!」



 ちゅどぉぉぉぉん!!



 思いのほか高火力の火炎球が、ゴロツキ2人に炸裂した。たぶんまだ、コインは地表に到達していなかったと思う。


 フランちゃんは、フライングした。


「先手必勝よッ!」

「いや、ルール……」

「ルール?そんなの知りません!勝てればなんでもいいんですよッ!!」


 ま、まぁ確かに、普通に戦ってもたぶん勝てないもんね。

 俺の見間違いだったんだ。コインは地上に到達していた!ハズだ!


 そうに違いない!


「これで少しはダメージを与えられたと思います!このまま一気に畳みかけて……」

「いや、ノーダメだわ」

「!?」


 火球の爆炎と土煙で視界が悪かったとはいえ、これほど気配無く間合いに入られるとは思わなかった!


 ゴロツキ弟はすでに、俺の頭蓋目掛けて長剣を振り下ろし始めていた!


「カチ割れろ」

「うおおおお!!【カウンター】発動!!」

 

 脳に電気信号が駆け巡る前に、俺の口と身体は反射で勝手に動いた。

 この前ゴブリンと戦った時、スライムモードが一撃で粉砕されたあの反撃スキルを俺は瞬時に発動していた。


 ……タイミング的には紙一重だった。


 いや実はちょっと遅かったくらいで、割と頭に敵の刃がめり込んで血がドバッと噴き出したんだけど、そこは気合でなんとか耐えた!


「ぐっ!!」

「うおおおおお!!」


 ダメージを受けながらもゴロツキ弟の腹にカウンターパンチを炸裂させていた俺は、目一杯の力を込めて拳を押し込み、さらに一歩踏み込んで腕を思いっきり振り払って吹っ飛ばした!


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