第10話 「はじめるか」ぱっつん前髪瞳を大きく。


「先に私だけで行く」

 柱の側に立ったヴァーサが、スマホと石をフィスカに手渡す。

 前屈みになり、少女と交流する姿は、風船を配る着ぐるみらしいものだった。


「え、待て、置いて行くの?! 俺はどこに行けばいい? 」

(フィスカは頼りにならないぞ! )


 そんな質問を遮って、フィスカがいきなり勇旗ユウキの手首を掴んだ。

「そんなっ、急に握られたら照れちゃ―――って痛い痛いタイ! 冗談!! 」

  白くて細い、幼さの残るフィスカの手は、簡単に壊れそうな程華奢きゃしゃな見た目をしているが、そこを大きく裏切って非常に力強い。


 手首をちょうどフィスカの肩の高さまでグイと持ち上げ、そのまま掌てのひらが上を向く形で固定した。

「冗談、冗談だから! 力を抑えろぉう! 」

 握るなんてもんじゃなかった。万力とか、ギロチンとかその手の類い。

  ねじ切られるかと思ったわ。


  無言でうつむき、空いたもう片方の手でサササとスマホを操作するフィスカ。

  完璧なパッつん前髪が自由に垂れて、なんとも良いポージングだった。

 反省したところでより感じる、手首にかかる圧力としっとりした体温。

 なんだか懐かしい感覚だった。


 手首を掴まれているというのは、なんだか何かを強要されている感じがして、懐かしいと同時に落ち着かない。

 仮にこれが手・を・繋・ぐ・という動作だったらもっと楽しい気分になったのだろうか? なんて考える勇旗。


 通話のコールが始まったところで、俺の手の上にポンと端末が置かれ、フィスカの手は離れていった。

「ええっ、また俺が電話でるの? 」

「もち」

 フィスカは親指を立て、肯定している。

 ヴァーサもこちらに背を向けて地べたに胡座あぐらをかき、そのモコモコした足の裏をいじっている。


「ふたりとも自分勝手な―――― 」

 俺が文句を言う間もなく。通話のコールはすぐに終わった。


『こちらリエット! ん! ポイントへ来たな? そっちも気付いたか? 』

 急にピリつく雰囲気の現場とは対称的に、さっきと変わらない元気なうるさい声が響いた。

「えっと、もしもし? 俺――ヴァーサの代理なんですけど 」

『あぁ?! 誰だ? ――それより見えてるかヴァーサ! 凄い反応だぞ! ひっさしぶりだぞこれは! 』

 リエットはさらに勢いを増して喋る。

 しかし、またしても俺が会話できる感じではない。

 いちいちヴァーサとリエットの話を繋がないといけないのか。


「めんどくさい………… 」


 俺は座っているヴァーサの方へ歩いて行き、電話を彼の横顔に押し当てる。

「ほら、自分で喋ってくださいよ」

 最初からこうしておけば良かったのだ。


 渋々、といった感じのヴァーサは軽く咳払いをしてから

「明らかに数が多いな、予想以上だ。 だがその割には毒が少ない、既に潰されてしまった数も多そうだ 」

『もう動いている、か! 今から集められる分でもやれるか?! 』

「やるしか、ないだろう」

 紫色のプレイリードッグヴァーサは立ち上がり、体についた砂埃を右手で払う。

『あぁそうだ! 相手の回収分を処理するだけでも良い、フィスカには無理させんなよ? 』

「うむ」


 フィスカは自分の中で何かを確認するかのように、ゆっくりで単調な声で

「始めるか」と大きな瞳を見開いた。

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