第7話 前髪フリーフォール1
「いいな? いいなヴァーサ? いち、にの、さんでジャンプだぞ? いち、に――きゃああぁぁぁぁ!!! 」
「おいおいおいおい! 」
バッと垂直に髪をなびかせ、視界から消えた2人を追って、すぐに手すりに駆け寄る
下を覗き込むと、コンクリートの地面に立ったフィスカが、両手を万歳しながらぶんぶん振ってはしゃいでいた。
灰色の地面に、淡藤色あわふじいろのパッつん前髪がなんとも華やかで――――
「はぁ……、どうなってんだよ、あいつ」
俺がフィスカを見下ろしながら、うなだれているとすぐ耳元から
「次いくぞ? 」 と紫色の着ぐるみが勇旗に話しかける。
「ひっ! いつの間に?! さっき下に飛んで――――ってちょっと! なに持ち上げてるんですか! 放してください! 」
「暴れると着地する時に痛いぞ? 」
「それほんとに痛いだけで済んでますか?! 」
勇旗はすぐに抵抗を止めた。
(ヴァーサさんに掴まれた時点で逃げるのは無駄な気がするし、まだ死にたくはない…… )
ん? そういえば、ヴァーサはベランダから入って来たよな?
さっきは冷静に考えられていなかったけど、ここ10階なのにどうやって――――
人は命の危機に立つと、冷静さが増すものらしかった。
「ヴァーサさん、さっき、いぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁあっ――――!! 」
突然の急降下。
凄まじい風圧とともに押し寄せる、体の芯がふわっと浮く感覚。
(全力で! 心の底から! 何も考えられない! )
地面の接近を脳が認識した時点で、思わずギュッと固く目をつぶる。
「…………」
すぐに来るはずの衝撃は、勇旗がいつまで待っても来なかった。
風が止まった。 落下のヒュンとする感覚はまだ残っている気がした。
そっと目を開けると、勇旗は既に地面に立っていた。
安心感に脱力する。
「ああ、地面ってすげえ。 地面さいこう。 実家のような安心感…… 」
安堵の念にふけっていると、横に立つヴァーサが
「叫びすぎだ。 そんな調子では、足取りを掴まれてしまうぞ」
「うっさいわ! だったらせめてひと声かけてから行けよ! 」
「ふっは。 そのへんは冗談だ。 とっとと進むぞ」
「いやどの辺が冗談じゃないのかよくわからんしぃ……… 」
ふらふらの足で、先を歩くヴァーサを追いかける。
フィスカがさっきから笑顔で勇旗の顔を覗き込みながら
「な? 楽しかっただろ? 楽しかっただろー! な? な?! 」
と、しつこく訴えてくる。
八重歯の覗く愛らしい表情に、パッつん前髪が素晴らしい。
はしゃぐ少女には、パッつんが良い。
(俺はフィスカがパッつんでなければ、100%許していないからな? )
あまりにもしつこいので
「あー、ソウダナ。 タノシカッタナ」
と適当に返すと
「そうか! ならまたやろう! ヴァーサに頼んでおくぞ! おーい」
「おいまてヤメロ! そういうことじゃねぇ! 」
あれを何度も繰り返せば、そのうち乱数で死んでしまいそうだと思った。
速足で逃走を進める勇旗達は、駅の方へ向かっていく。
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