第8話 道を行く、できればもっと慎重に

「嫌だ…… 見つかりたくない」

 不安の塊となっている勇旗ユウキは、せめて顔を隠そうと、パーカーのフードを深めに被って猫背で歩く。

 もっとも、こんな派手な仲間と一緒では、無駄なあがき という話かもしれないが……


 前方には、派手な紫色が2つ。

 フィスカに至っては、鼻歌まじりにスキップすら始める始末。

「もうちょい静かにしろよっ、お前は問題を起こさないと死んじゃうのか?! 」

小声で叫ぶ俺の意見は、当然耳に入らない。



 今勇旗の服装は、履きなれた黒のデニムと白いパーカー、財布を詰めた橙色のショルダーバッグである。

 家を出るときヴァーサから

「身軽に、最低限の金とお菓子、それから動きやすい服装で支度したくしてくれ 」

 と言われたからだ。


 持っていきたい思い出の品を探そうとしたが、案外何もなかった。

俺の暮らしが充実したものでなかっただなぁ……… )


 まぁ、おかげでこの通り、身軽の極みだし。

 OKです。

 OKです!!

 そう! 今大事なのは安全なルートをとること!

 気持ちの切り替えは大事!



 追われる身が外出するのだ、当然普通なら隠れて移動するだろう。 普通なら。

(けど、こいつらが普通な訳がなかったよね)


「なんか、普通に堂々と道を歩くんだが? もっとこう、暗い裏路地とか、屋根の上をヒョイヒョイ―― みたいなのは無いのか? 」

 ヴァーサは俺の方へ首を回し、何か不思議なものを見たような顔(もちろん表情は見えないが)で

「?? そりゃ、道だからな、歩くが…… お前は普段、そういう感じなのか? 」

「どうした勇旗? 大丈夫? チョコ食べるか? 」

 と、フィスカが続く。

 かしげた首と整った眉が、パッつんヘアーに良く似合う。


 なんだか、俺が非常識な奴みたいな空気だ。

 絶対こいつらの方がおかしいのにチクショウ!


 とりあえず、チョコだけ貰っておいた。

 金色の包み紙を開くと、カカオの良い香りが鼻腔に広がる。

 たぶんカカオの香り。 カカオ豆そのもは食べたことが無いからわからないが。

 思ったより甘くない。

「フィスカめ…… なかなかビターなチョコを食してやがる」


 勇旗は、香ばしさと苦味にもたつく口で

「なぁ、お前たちは結局何の先輩後輩なんだ? 」

 と訊ねる。もちろん小声で。


 フィスカはなにやら逡巡した様子で、ちらりとヴァーサに視線を送ってから

「………それはな、元々わたしとヴァーサは、同じ国立機関で働く職員ショクインだったのだ。 先輩後輩というのはそれだ 」

「はぃ? フィスカが公務員? ないない、俺より絶対年下じゃないか 」

「何歳かなどと、その程度の定規で人を量るな勇旗。 あと公務員では―――まぁいい。  今は違うからな」


 そう答えたフィスカは、なんだか複雑そうな面持ちで、さっきまでの、元気で怒りっぽい雰囲気よりも落ち着いている。


 仕事とは、一体何の冗談か。

 時代は変われど、フィスカのような少女が公務員などありえない。

 が、とりあえず話に乗っかってやるか。


「じゃあ、今は? 実はどこかで仕事してたのか? 」

(俺の家に居座る学生ニートだと思っていたが)

「仕事とは違う。 仲間を募り、拠点を作った。 ええっと…… 見極めるための拠点だ。 わたし達はと呼んでいる 」

 苦そうな口をしたフィスカが、目だけは『どやぁ』っという顔をして返事をする。 なんともしまらない表情だった。

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