キラキラ・フィスカ・ルンダース

ひたかのみつ

第1話 ◆フィスカ・ルンダース◆やらかす。

 この世には、信用してはならない言葉が数多く存在する。


「はぃびょうふだ、ほんあいあい!!」

 口一杯に肉まんを頬張った少女、◆フィスカ・ルンダースが放った台詞がその最たる例だ。


 現実を楽観視した「大丈夫」という気休めの台座に、「問題ない」と格好つければ誤魔化せるという愚者の思考があぐらをかいている大問題のシンボル。


 世間からの信用を完全に失ったこの類いの言葉は、いずれフラグと揶揄され、その後にはテンプレートな失敗があるものだというある種の信用を勝ち取る。

 そして勇旗は、フィスカのことを信用していないし、その後の笑える失敗もノーサンキューだった。だから


「ふっざけんな。 てことはなに、これ国宝? そういうことでオーケー? 」

「おけ」

「オーケーじゃねーんだよ。 何なのかよくわかんねぇけど、どうやって持ってきた!? 」

「こう、ぐいぐいっと 」

 少女は、手で何かを回すジェスチャーをしてみせる。


 高校二年生の少年、◆流石勇旗サスガユウキには、目の前のそれが本物の宝石に間違いないことも、フィスカが前から『黒い宝石』を欲しがっていたことも、彼女なら実際に何かやりかねないことも分かっていた。


「博物館の展示ケース、そんなに簡単じゃ無いと思うが?! 」

「うそうそ、今のは軽いジョーク。 そんなことも見抜けないとは、勇旗はまだまだ子どもだなぁ」

  ふっ、と小さく笑い肩をすくめて、やれやれとでも言いたげな態度をとって見せるフィスカ。

  喧嘩を売っているのかと思いきや、こいつ、本気で言ってやがる。


  この状況で冗談を挟んでくるのは、裸足で崩壊寸前の廃墟に突入するような危険行為だからな? 破滅願望をお持ちのようですねフィスカさん?

「こいつが綺麗なパッつん前髪じゃなかったら、はっ飛ばしてやったのに…… 」

 勇旗は小さくぼやいて、ふかふかのクッションにちょこんと座る少女とその前髪を、テーブル越しに今一度見つめなおす。


(しかしほんとに、こいつは何を考えているんだろうか)


 肩までかかる艶やかな淡藤色あわふじいろの髪に華奢な肩、透き通るような白い肌はまるで出来の良い人形のようだ。長い睫とぱっちり開かれた青く透き通る瞳からは、本心が全く読めない。


 ただその目には、奥へ引き込まれるような強烈な魅力が宿っている。


「この肉まんなかなか良かったなぁ! なぁ勇旗! 」

  あ、こいつは何も考えていないのか。 だからこうなるのか。

  謎の納得をしたら、急に冷静になってきた勇旗だった。


「そうだ、フィスカが簡単に持ってこれる程度のセキュリティなんだ。 大したことないのかも、まだ間に合う、君は絶対逮捕されるだろうが、きちんと返しに行こう。 フィスカと過ごした日々は忘れない、さらばだ」

 そう言いながらホイホイと右手を差し出してそれを要求する。

「ん、それはおすすめしないよ、勇旗」


 勇旗がそれは何故かと聞き返すよりも先に、フィスカはテーブル上のリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れた。


『現在政府は警戒レベルを最大に引き上げ――――凶悪犯罪組織の犯行であるとの見解を――――近隣にお住まいの皆様はどうかお気をつけ下さい 』

 アナウンサーの緊迫した声と同時に、画面に映し出される無数のポリスメン。


 ガチガチの防弾チョッキでムキムキの身を固め、腕には銃火器を抱いている。

 ネズミ一匹として逃がさない完璧な包囲網。


 眼をつけられたら最期、悪人ならば誰も生き残れない地獄の審判。

 こんなのに追われる奴は、さぞ怯えていることであろうなぁ…………。

「うんうん、大丈夫大丈夫。今のところなにも焦ることはない 」


 次の瞬間、ぱっとテレビの映像が切り替わる。


『続けて、犯人と思しき人物の――――』

 ピントのぼやけた写真が画面いっぱいに映される。


 淡藤色の髪――背が低いから少女だろうか? ぼやけているものの、良い前髪をしていると思う。その隣には黒髪で男っぽいシルエット。こいつが主犯か?

『男が事前に下見をする様子が、館内の防犯カメラに…… 』


「可憐な前髪の少女をたぶらかすとは、なんて恥さらしな。 危険な奴もいたものだ、なぁフィスカ 」

 勇旗は許されざる悪人の存在を知り、間違ってもこうはなるまいと心に誓う。


流石勇旗サスガユウキ」 とフィスカが短くつぶやく。

「どうしたフィスカ・ルンダース」

フィスカはその白く細い人差し指をピンと俺に向け、続けて画面の男のをゆび指した。

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