13 ■ あなたの病名は ■
夏休みが終わった。
9月1日の本日から二学期。
昔はこの9月が入学式だったり新年度だったらしいのだけれど、今の国王様になってから、4月が年度始まりとなって学院もそれに合わせて変更されたとか。
それはともかく。今日からまた部活が楽しみだ。
私は侍女に髪を整えてもらってから、自分でヴァレン君がくれたピアスを付けた。
付けていったら喜んでくれるだろうか。
※※※
学校についてクラスの友達と挨拶する。
久しぶり、日に焼けたね? どこか行った? 夏休みに何したかで話に花が咲いている。
「祭りは楽しかった?」
ルチアが話しかけてきた。
彼女、少しふっくらしたかな?
「あ、ルチア。ごめんね。お見舞い結局行けなくて」
「いいんだよ、アイリスは気にしなくて。おかげでヴァレンがちょくちょくツワリ治しにきてくれたし。……あ、ヴァレン来た。おーい、ヴァレンおっはよー」
呼び捨てになっている。
そっか、男爵家同士だし、喋りやすいよね。
私も男爵家に生まれてみたかった、かな。
「よう。アイリス、ルチア」
「おはよう、ヴァレン君」
……あれ、ヴァレン君ピアスしてる。
月長石だ。
な、なんかおそろいみたいだな。
「あれ、あんたピアスしてたっけ」
ルチア目ざとい。
「夏休みの宿題の工作で作った。それをつけてみた」
工作!
「そんな宿題あった!? ……ん? 二人共同じ石つけてない? へー?」
「それはオレが誕生日にアイリスに作ってやったものだ。その残りの材料でオレのピアスを作ったからこうなった。ただ、別におそろいだと思ってもらっても構わない。なぜならオレたちは同じ部活」
「き、器用だよね。ヴァレン君。さすがおうちが錬金術やってるだけあるね」
「あー、そういえばヒースってそうだったね」
ルチアがはぁーん?って顔してる……。
なにかなその顔は。
「そうだ。うちの子はみんな、とりあえずやらされる。ほら、ルチア。体調整えてやるから頭貸せ」
「さんきゅー。あんたのおかげで学校通えるわ」
……いつのまにかルチアとヴァレン君がすごく仲良くなっている。
夏休みに、二人はいっぱい会ったんだろうな。
気軽に会える自由がある。私もそちら側へ行きたい。
※※※
放課後。
「ピアス、付けてきてくれたんだな」
「そりゃ、つけるよ。気に入ってるし」
「そか、良かった」
無愛想の上に乗っかっていない、素直な笑顔だ。
クラスにいる時にはなかなか見れないというか。
私といる時にだけよく見せてくれる笑顔だな、と思った。無愛想なんだから。
温室はよく見ると、草が綺麗に刈り取られ、見慣れない花壇ができているのが目に入った。
「あれ、夏休みの間にここに来た?」
「おう。雑草はえまくってたぞ」
「うわー、ありがとう。そうなんだよね。学校ある時にがんばって刈っても、長期休みでもとにもどっちゃう。花壇も作った? 何か植えた?」
「勝手に作って悪い。薬草関連を植えてみた」
「ああ、構わないよ。ヴァレン君部長なんだし。でも診療所のほうは? 夏休み忙しかったはずだけど」
「オレには聖属性持ちの可愛い弟がいてな」
「……それはこきつかった顔ですね」
「何故わかった」
「もう、だいたいわかるよ。最近はヴァレン君の行動パターンは。とくに顔によく出るし」
「なんだと……」
自分の顔をペタペタ触っている。面白い。家族に言われた事ないのかな?
私が少しクス、と笑った時。
「笑うんじゃない。……ところで、10月に文化祭があるが……後夜祭があるだろう」
「ああ、望月祭。あるね、去年もやってたよね」
「パートナーになってほしい」
「え」
文化祭の後夜祭パーティは、パートナーはいてもいなくても良かったはずだけど。
たしかに多少ダンスとかもあるけれど、クラスとかで皆、適当に……。
去年はたしか女の子同士で楽しんだ。
あ……。
私は思い出したことがあって、胸の動機がし始めた。
「一緒に、満月を見て過ごしたいんだが」
「……う、うん」
この学院の文化祭は、最終日を満月に合わせる、『望月祭』と言う。
それを計算して準備期間などをとる。
そして後夜祭は、ロマンチストたちには、たまらないイベントなのである。
何故なら、この日に意を決して告白する人たちが多いのが毎年恒例だから。
告白してその後で一緒に月を見る、みたいなイベントが暗黙で存在する。
つまり、この日にパートナーの申し込みをされる、というのは事前に告白しますよ、という予告だったりもする。
普通イベントの日に告白したらその後イベントを楽しめなく事故が起こるが、このイベントはそうやって事前連絡することによりサプライズはなくなるが、望月祭を絶望で過ごす確率は減る。
パートナーを断られたらそのあと友人とはじけるように文化祭を楽しむってコースもあるし。
……ち、ちがうよね? 私達は、部活仲間なだけだよね。
勘違いするような誘い方はよくないよ!? ヴァレン君!!
「良かった。ありがとう」
相変わらず勝手に手を取って、キスをする。
「て、手はいま泥ついてるよ!!」
あ……れ……?
今更気がついたけど、ヴァレン君ってちょっと距離近すぎない?
「そうだな。うっかりしてた。でもまあ、いいや。死ぬわけじゃないし。オレ聖属性だし」
「だ、だからってね……」
私は私の心臓が死にそうなのを、ひたすら気にしていた。
※※※
その日は早めに帰宅して、屋敷の庭で土いじりをした。
そして、その自分が落ち着ける場所で、ヴァレン君の今までの行動を振り返っていた。
いやいやいやいや!? 距離近い!!
私、なんで今まで気が付かなかったの!?
そ、それに。
望月祭のパートナーって。
いや、いま普通に友達だし、別にギリギリおかしな話ではないし、彼とパートナーで参加したら普通に絶対楽しいと思う。普通に男女の友達で参加する子たちだっていないわけじゃない。周囲に勘違いはされがちだけど。
いや、しかし。友達なの?
このイベントに誘うってことは、私は友達でもあっちは違うかもしれない、という事実に思い至ったこの夕刻。
自意識過剰かもしれないけれど、もし告白されたら私はどうしたらいいの?
じ、自意識過剰だよね? そうだよね? 勘違いだよね? 私の気の所為だよね?
土を握っては落として土を握っては落として、落ち着かない。顔は熱い。
い、今まで告白されたことがないわけじゃない。落ち着こう。土ぺたぺた。
いや……今までとは違う。
友達ポジの人から告られた事は……ない!
友達から告られるとか、断ったら友達いなくなるじゃない!!
私は告白断っても友達続けられるとかそんなの幻想派だよ! どうしてくれるの!?
最悪、園芸部が消失する!
「あ……ああ……」
ざしゅ! スコップを土に刺す。
ザクザクザク!と何回も土を叩くように刺す。
自分でもなんでこんなことするんだろう、と思う動作が止まらない。
……こ、断る? いや、私、父親が結婚を決めるしそれに従うつもりのある真面目な伯爵令嬢だから、断るしかないん、だけど……。
これだから! 恋というのは!! ……恋、というのは……。
ぽとん、とスコップを手放す。
「う…………………」
もし、告白されたら、ヴァレン君は、私を好き、ということで……。
クラっとする。
ぐるぐる回る思考が止まらない。この状態で明日から学院に通えと?
なんてことしてくれたの……。
そのあとしばらくして、私は、精神的に力尽きて花壇に座り込んだ。
夕日が大きい。
「はあ……。……あっ」
土が着いた手で顔を覆ってしまった。
素直に、素直に自分の気持ちに従うと、とても嬉しく感じる。
そしてもし、本当に好きだと言われたら、やはりとても嬉しいと思う。
嬉しいしかない。
とても期待してしまう。
駄目だもう、認めざるを得ない。
私はヴァレン君に恋をしている。
引き続き過去を思い出して考えると、そもそも彼は最初から私を落としにかかっていたことに気がついた。
私は、彼を変な子、面白い子って思って……油断していたのだ。
だってそもそも、今まで私に告白してきた男子って、花や詩を送ってきたり、ティーパーティに誘ったりとか貴族的に正攻法な子たちばかりだった。
あ、でもヴァレン君も誕生日プレゼントくれた……あれ?、正攻法もやってるじゃないか。強引だったけど祭りにも誘……。
いや?
そもそもあの遅刻した日に、彼をかっこいい、とちょっと思ってしまったではないか、私だって。
その日から、彼を目で追うようになって……。
うわああああ!!
「駄目だ……最初からじゃない……」
いつの間にか蝕まれ、潜伏していた病かと思いきや……。
言い訳すると、あんなハプニングあったらそりゃ友達になるキッカケとしては十分だと思う。
でも、自分の気持ちを改めて思い返すと……惹かれていた事に思考が至る。
それにしても、自分で結婚決められない伯爵令嬢を男爵家の男の子が、落としにかかるとかどんなハニートラップなのよ。
従姉妹みたいに修道院送りになったらどうしてくれるの?
私は確かに惹かれたかもしれないけど、自分からはアクション起こしてないわよ!?
そんなに私のこと好きなの!? 思いを遂げられない場合の私の気持ちはどうしてくれ……
はっ ……いや、これは自意識過剰であって。 まだ告られると決まったわけでもないのに。
あああ! もう! 勘違いさせないで!!
それにそうだったとしても、全部彼からの行動……手をつながれたり、部活を一緒にやったり、……良く考えたらお家に誘われて行ってしまっている! ……それらを全部、考えなしに"まあいっか~"と。のほほんと受け入れていたのは、私だ。
夕日はあっというまに沈んだ。
いつもならもう入浴して宿題も済ませている時間だ。
自業自得の部分もあれ、時間泥棒に遭った気分だ。
「うう……」
これは、少し復讐をしても、いいのでは?
謎の思考に至る私。
しかしそれは当然のようにも思えた。
彼は私の平穏を奪ったのである。
「お、おぼえてろぉ……」
生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がる。
震えるなんてこれは完全に病気でしょう。
どうやったら治るのこれ。寝てたら治るの?
――そして、私はなんとか自分を立たせて、いつも通りの生活レールに自分の乗せるのであった。
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