04 ■ 連れ去られる。 ■

  

 ヴァレン君が園芸部に入ったその日の放課後。


 私は、ロッカーで作業着に着替えて、髪をポニーテルにした後、ガラスの温室へ向かった。

 ヴァレン君は温室の中で本を読んで待っていた。


「ヴァレン君、さっきぶりー」

「おう」

 作業着はちゃんと着てきてくれた。

 ……?

 なんだろう、こっちをじっと見ている。


「なに?」

「いや、髪が……さっきと違う」

「作業するのに邪魔だからまとめたの」


「そうか。似合っている」

「やだ、こんな格好にお世辞なんていらないよ。ここでは貴族的リップサービスはいらないから、ね?」

 私はニコリと微笑んだ。私が伯爵家だから、気を使わせてしまったかな?


「いや、ちが……。おう」

「じゃあ、すこし雑草取りでもしながら話そうか」

「おう」

 私は隅っこに置いておいたツールボックスを持ってきた。


「はい」

 私は手頃な草取り鎌と軍手を渡した。

「おう」

 さっきから"おう"としか言わないけど、初部活で緊張しているのかしら。


 しかし見ると、ヴァレン君は手慣れた手付きで草を刈っている。

「わあ、上手だね」

「家でもたまにやってるからな」


「へえー。 そんなことお手伝いしてるなんて感心だね」

「うちはじいさんが、人を雇いたがらないからな。家庭内のことは全部自分でやらされたり、手伝わされたりだ。おかげで手先は器用になったとは思っている」


「よし、私も負けずに刈るよ~」

 すこし、競争する感じで草を刈った。


「そんなに頑張ったら手が荒れるぞ」

「大丈……いたっ」

 手元が狂って、すこし鎌が指先に刺さった。

 チクっとしたくらいだけど。やっちゃったな。


「言わんこっちゃない」

 そしてヴァレン君が、私の軍手を取った。


 ぱく。


「ふぇっ!?」

 変な声でた。

 ヴァレン君が、私の指を……咥えた!?


「な……なに、を……」

 さすがに震えた。この子は一体、何をやって……。


「ア、シマッタ。ショウドクのツモリDE思わず咥えてしまっタ。スマナイ。オレは聖属性だった、忘れていた……魔法で直せばよかったな、失敬」

 なんで、最初のほう、カタコト!? 自分の属性忘れるとかあるの!?


 そしてヴァレン君はすぐに治療の魔法をかけてくれたけど……私はしばらく指先が熱かった。

「……えっと、ありがとう」

「どういたしまして。オレは癒し系男子だから当然だ」

 確かに癒やされた。怪我的な意味で。


「そ、そうだ、ヴァレン君は、なにか育てたい花とかある? あのね、今この雑草取ってるところを綺麗にできたら、ここに、ガーデンラックを置きたいなって私は思ってるんだけど、そこに置きたい植物とかある?」


「植物は変なものじゃなければなんでも……つか、シェルフ作るのか? 買うのか?」

「うーん、我が部には予算がありませんので、自作になります!」

 私はあはは、と笑う。よし、平常心が戻ってきた。


「DIYは、家で仕込まれてるから得意だ」

「おお、さっきの話の通りだね。頼りになるね!

 本当、ヴァレン君が園芸部入ってくれてよかった。私もがんばるよ!」

 これは良い部員をゲットできたのでは?


「初めての共同作業……」

 ボソッと彼がなにか言った。


 ?


「え? 何? 聞こえなかった」

「いや、なんでもない」


 そんな会話をしているところ。

 温室のドアが開く音がした。


「やあ、やってますね、アイリス。おや、今日は一人多いね?」

 わたしがよく知る声が響いた。


「あ、サイプレス先生」

「ちは。確かテイム授業の先生でしたよね」


「こんにちは。そうそう、そのテイム授業のシモン=サイプレスですよ。君は、たしかヒース男爵家の……ヴァレン君だったかな?」

 サイプレス先生は、魔物を手懐け使役するテーム授業の先生だ。

 パッシブ前提なので生徒は多くない。

 水色がかったサラサラの銀髪に、薄灰色の瞳。背丈もあり、女生徒には人気の先生だ。


「はい、そうです。先生は何故こちらに」


「あ、ヴァレン君。サイプレス先生は、園芸部の顧問をしてくれてるんだよ」

「顧問……」

「はい。顧問ですよ」


「先生、ヴァレン君が、園芸部に入ってくれたんですよ」

「え。……本当ですか?」

 先生は一瞬驚いたようだった。無理もないよね。今まで全然人が来なかったんだから。


「そうですか、よかったですね。アイリス」

「はい!」

「そしてオレが部長になりました」

「君が? アイリスじゃなくて?」

「はい。人事はおまかせください」


「二人しかいないのに人事……?

 ……ま、まあいいか。私は職員会議があるから行きますが、二人共遅くならないうちに帰るんですよ」


 そこで、温室のドアがノックされた。

「サイプレス先生、会議はじまりますよ」

 あ、バーバラ先生だ。

 バーバラ先生は元冒険者でダンジョン探索の授業をされている。

 長めの黒髪に赤茶の瞳でスタイルがとても良く、ちょっと色っぽい雰囲気の彼女は男子学生に人気の先生だ。


「バーバラ先生こんにちわ」

「ちわ」

「こんにちわ。部活、がんばってるのね。サイプレス先生、行きましょう」

「はい、参りましょう」 


 サイプレス先生はバーバラ先生をエスコートして、会議へ行かれた。


「そうそうシモン様……じゃなくてサイプレス先生ね、うちの兄の親友なんだ」

「ほう?」

「うちにもよく来るんだよ。兄に会いに。私も小さい頃から、よく遊んでもらってるんだ」

 そんな感じで私達は、軽い雑談をしながら続けて雑草を刈った。


「そうだ、ヴァレン君。私、明日は部活休むね」

「なんだと」

「あはは。部長はおっかないね」

「顔、怖かったか」


「ううん、大丈夫だよ。

 それでね。同じクラスの男爵家のルチアっているじゃない? 彼女が婚約が決まったから、お祝いを買いに行こうと思って。だからお休みします」


「婚約」


「そう。中等部卒業したら、王宮務めが決まってる子爵家の先輩と結婚するんだって」

「おまえは、婚約してるのか」


「え、私? 私はまだだよ。お父様がまだ何もおっしゃらなくて」

「お前の父は何を条件としてるんだ」


「んー、釣書は結構来てるけど、いつだか焼却炉に侍女が捨てにいってるの見たなぁ。抜粋してるのかな? 私もよくわからないの。そういうヴァレン君は? もう決まってるの?」

「いや、いない。募集していない訳では無いのだが。うむ、募集してない訳ではないぞ」


「なんで同じ事を2回言うの? そっか。そういえば君は長男だったっけ。みんなそろそろそういう時期なんだね。クラスの子同士で婚約した子たちもいるし……。まだまだ子供だって自分の事思ってたんだけど、ずっとこのままではいられないんだね」


「その言い方だと、お前は婚約したくなさそうだな」


「うん、まあね。自宅で土いじりしてるのがすごく好きだから、できたらそういう暮らしを……というか今の暮らしの延長上でいさせてくれるところがいいな、とくらいは思ってるけど。貴族の家庭じゃ、そうはいかないよね。婚約したくないっていうよりは、今の暮らしを変えたくないの。……あ、ちょっとしんみりしちゃったね。ごめん」

 

 私は手をプラプラして、謝っ……ん?


「どうしたの、なんで向こうむいて拳を握りしめてるの? ガッツポーズにも見えなくないけど……どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「変なの」

 私は笑った。もう、面白いんだから、ヴァレン君は。


「土いじり好きなら、すこしヒースへ遊びに来ないか」

「え? ヒースに?」

「……お前の好みはわからないが、好きかもしれない。いじりがいがある」

「へえ……ちょっと見てみたいかも」

 私は興味を惹かれた。


「よし、行こう」

「えっ」

 ヴァレン君は私の手を引いて、温室の外に連れ出した。


「マル、でてこい」

「みっ」

「ええっ! な、何その子!!」

 ヴァレン君の懐から、白くて丸っこい、見たこともない生物がでてきた。

 小さな手足がついている。

 そして、何故かたまに小さくキラキラ光ってる。


「か、可愛い……」

「み?」(首かしげ)

「可愛いだろう。マルという。うちのじいさんが作ったキメラだ」

「き、キメラ!? キメラってこんなに可愛いものだっけ!! 図書館の図鑑だと……」

「そういうスタンダードなやつじゃないけどな、マルは。マル、【Glider】」


 えっ!?

 ヴァレン君がマルに命令すると、マルはその形を変えた。

 手のひらに乗るくらい小さかったはずなのに、人が乗れるようなサイズの……翼の生えた生物に変化した。


「な、なにこれ」

「いくぞ」

「え、待っ」

 ヴァレンは有無を言わさず、私を抱えてそのマルに搭乗した。

 ぐっと、抱きしめられる。

 えええ…!?


 ま、また男の子…というか、ヴァレン君に密着してしまった。は、恥ずかしいって!!


「マル【FLY to Heath】]

 マルがふわりと浮い高と思うと、急速に地上が遠ざかっていく……!


「こっ 怖…」

 私は思わず自分からヴァレン君に抱きついた。


「大丈夫だ。落ちたとしてもマルは必ずお前を拾うために飛ぶ」

「そ、そんな事言われても!!」

「みっみっみっ」

 みっとしか言わないけど大丈夫って言われてる気がする!! でも怖いよ!


「さて、前進」

「い、いやー!?」


 とんでもない速さで。ぶつかるような風で。

 私は涙目で必死に、ヴァレン君に抱きついた。

 なんなの。一体なんなのー!!


「……良い」

「何が!?」

「なんでもない」


  なんでもない事ないと思うんだけど!?


 しばらく飛んでいると、段々慣れてきて、景色を見る余裕が出てきた。

「景色……綺麗」

「綺麗だろ」

 あ。珍しい。優しい瞳で笑顔だ。

 あの日、手をつないでくれた時の優しい笑顔だ。

 私はドキリ、として少し鼓動が早くなった。


 そういえば、なんだか男の子と二人で出かけるなんて、デートみたいだ……。

 作業着だけど……。

 ふとそんな事を考えて、赤面した。


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