03 ■ 秒で決めました ■ ―Valen―


  ――窮屈だ。


 オレはヒース男爵家に長男として生まれた。

 ヴァレン=ヒース。


 父親に見た目が、そっくりだとよく言われる。

 髪質にすこしウェーブがあり、そちらは母に似たので、それがなければ父親の複製のようだったろうと、じいさんに言われる。


 ちなみに、じいさんとも顔が似ている。

 なぜなら、じいさんと父さんが髪色以外、双子のようにそっくりだからだ。

 あんたたちの方がまさに複製だろうが。


 母さんは、世にも珍しい桃色の髪。

 最近になって知らされたが、普通の人間ではなかった。

 人間として生まれてきた地母神の分霊。


 おそらく、オレが聖属性を持って生まれたのも、母さんが強い力を持っているから恵まれたのだろうと、じいさんは言う。

 たしかに恵まれたとは思う。

 普通に生きていくなら聖属性ほどすばらしい属性はないと思う。



 オレの下には4人の弟妹がいる。

 そいつらも全員聖属性をもって生まれた。

 この世は聖属性をもつ人間の割合が少ないので、我が家はそういった意味ではかなり目立つ。


 オレは長兄として、それなりにコイツらの事が平等に可愛い。


 ただ、一つしたのアルメリアが引っ込み思案なため、一番気にかけていた。

 歳が近くて、引っ込み思案で、オレの後ろによく隠れたりして、可愛かった。


 リアはそのうち、ギンコというヒースに居候しているエルフやじいさんと出かけるようになって、すこし疎遠になってしまったが、それでも気にかけていた。


 リアが中等部に通い始めたから、昼飯を一緒に食いたい、と思っていたが、ロイヤルズに囲まれていたから、なかなか様子を見に行けなかった。


 ロイヤルズはリアのことも気に入っているが、リアは引っ込み思案だ。

 あいつらに囲まれたら学院で過ごしにくいかもしれない。

 オレが訪ねたら、絶対気後れするし、クラスメイトの人間関係にも影響がでるだろう。

 ――ならオレはリアを訪ねてはいけない。そう、我慢した。


 そしてリアが学院で孤立していた事を最近知った。

 引っ込み思案だとは思っていたが、まさか友人の一人もいなかったとは。


 そして、それが原因の一旦となって、母さんの因縁の相手に攫われるまでになった。

 オレの失態だ。ロイヤルズなど放置プレイで良かった。もっと関わりにいくべきだった。

 ブルボンス潰す。


 ……と思っていたが、唐突にその気持が萎える事件が更に起こった。


 先程もふれたが、小さい頃からきょうだいの面倒みてくれた、ヒースの森に住むエルフのギンコ。

 じいさんや父さん母さんからの信頼も厚く、オレも好きだったし、妹たちの面倒も見てくれる。

 ――家族とおなじように思ってた。


 なのに。

 なんだよ、番(つがい)って。


 ギンコはリアが母さんの腹にいた頃から、番(つがい)だと気づいていたとか言われて気が遠くなった。

 しかも、じいさんも一枚かんでた。むしろ後押ししてた感じすらある。

 そして当人のリアも……そんな目でギンコ見るなよ。嘘だろ。


 最近、リアの様子がおかしい事には気がついていたが、恋をしたことがないオレには、最初わからなかった。

 しかし、番(つがい)の話を聞いて、合点がいった。

 リアは、ギンコに恋心を抱いたのだと。


 そして、リアの周りにはギンコがいて、じいさんがいて、父さんがいて……オレは結構蚊帳の外だった。

 オレの入る隙はすでに、そこにはなかった。オレだってリアが可愛いのに。

 

 そして結局、ギンコを嫌いにもなれない。

 ……が、しばらく元のような関係には戻れない気がした。


 じいさんから、ギンコが思い悩んでいた事も聞いている。

 別に許せないわけじゃないが、今はまだ気持ちが収まらず、無理ってだけだ。


 オレは母さんも大好きだ。

 幼い頃、母さんは、父さんに似ているオレはとても可愛がられた。

 でも母さんの一番はいつだって父さんだと、幼心にもすぐに気がついた。


 じゅうぶん愛されていたわりに、オレの愛着は満たされなくなった。


 そしてリアの事件があった数日後、オレはじいさんに呼ばれた。

 じいさんの作業部屋のソファに座って向き合いコーヒーを飲む。

 オレはテーブルの上にあったナッツに手を出してバリバリ食った。


「姫とエンジュから、また婚約の申し込みがきてるぞ。どうする?」

 オレは頬をハムスターにしながら、無言でその書類を破いた。


「お、おまえ。……まあ、姫の方は簡単に断れるが、エンジュはオレも断りづらいんだよなぁ。リーブスには世話になりまくってて」

 ナッツを飲み込んでコーヒーを流し込む。

 姫とエンジュ? オレにとっては昔なじみなだけだ。


 たしかに男爵家の跡取りとしては、破格な相手だとは思うが。いらん。

 だいたいあいつらに、ヒースでの庶民みたいな生活無理だろ。


「オレは世話になってない。むしろ世話してる。

 そうだ、じいさんがオレに偽装して結婚すればいい。見た目若いし、顔似てるし。わからんだろ」


「明らかにわかるでしょ!? 背丈だって違うし。大体オレ、もう平均寿命間近よ!?」


「だいたい、リアには好きな相手を選ばせたくせに、なんでオレには、面倒だと思う相手を選ばせるんだよ。いい加減、これきりにしてくれ、そいつらの釣書」

 オレはじいさんを睨んだ。


 最近知ったが、こいつはじいさんではなかった。衝撃だった。

 変だとは思っていたんだが。

 父さんと母さんは養子だし。ばあさんの存在は話すら出たことがない。

 なのにこいつは、父さんにクリソツ。

 聞けば、父さんの魂を半分奪った元魔物。

 ただし、現在はまちがいなく父さんの複製。

 こいつは……血筋的にオレの何にあたるんだ?

 おじさんか?


 まあ、今更どうでも構わないが。

 何故なら、むかつくが、オレはじいさんのことも好きだ。

 ああ、ずるいなオレの家族達は。


「あー……。すまん、確かにそうだ。お前の気持ちを考えてなかったな。ただ、姫とエンジュ嬢に関してはお前も幼馴染みたいなものだし、ひょっとしたらそのうち気が変わって上手くいくかも? と考えていたのは確かだ。そこまで言うなら、きっぱりと断っておく」

「聞き分けがよろしい」


「上から目線!? おまえ孫だよね!? ……あとな。リアに関しては、オレも十分に考えた上での事だ。リアの方がギンコに相性の悪さを感じているようなら、いくら番(つがい)でも応援はしなかった。オレだってリアが可愛いし大事だからな」


「……ふーん」

「それより今はお前の事だ。オレは別に爵位返上してもかまわんが、現状見るにオススメはしないな。ブラウニーに爵位を渡した後、二人で相談してくれてもいいっちゃいいが、ヒースを継ぐなら、そろそろお前も婚約したほうがいい年齢だ」


「……じいさんは独身なのに?」

「うっ……すみません。結婚できませんでした」


 いや、あんた絶対モテてただろ。できなかったんじゃなくて、しなかったんだろ。


「オレも結婚できなかったら、養子もらう。それでいいだろ。それにオレの下にもきょうだいはいる。あいつらにも跡継ぎの件は、平等に話ししてくれ。とにかくその二人とは婚約しない」

 多分、じいさんは継がせるならオレがいいって思ってるんだろ。

 オレもそれが妥当だと思う。


 弟のノアは、優しいというか甘いというか……。領主をやらせるのは可哀想な気がする。

 妹のルクリアについては、ほぼ母さんみたいな性格だから、領主を任せるには不安が残る。

 下の弟のブラッドはまだわからんが、あいつはやれそうな気もしないでもない。

 オレや父さんに似た片鱗を感じる。

 だが、年齢的にこの話からははじく事になる。


 結果、ヒースを維持するにはオレが継ぐしかないんだろう。

 別に将来なりたいものがあるわけじゃないから構わないが。

 なんか、窮屈だ。


「わかった。まあ、オレがヒースを手放した後は好きにしたらいいと思ってるしな。じゃあ、オレもこの件は、この後しつこく言われても断る。安心しろ」

「助かる」


 そうは言っても、学院で執着されているから、結局はストレスがたまるんだが。

 オレもあいつらが嫌いなわけじゃない。

 だが、そろそろこういう関係も卒業しないといけないだろう。

 姫とエンジュも、オレを諦めないと、他の良物件を逃すだろうし。


 余談だが、オレはその後、ナッツの食べ過ぎで夕飯が食べれず、母さんに叱られた。



※※※


 ――そんなある日。


 なんだ……これは、天使か。


 オレは今、天使に抱きつかれている。

 いや、天使ではない。クラスメイトのアイリスだ。しっかりするんだ、オレ。


 今日は遅刻をしたから、塀を乗り越えようとしたら、先客がいた。


 ――塀の上に。プルプルと震えている小柄な少女がこちらを見た。

 長く薄い色の金髪が、ふわりと風に揺れる。

 今まで気にしたこともなかった相手のその――まるで月の色のような髪を――綺麗だ、と思った。



 一瞬それに気を取られたオレだったが、状況はすぐに察した。

 校則で魔力が使えないから、降りれないのだろう。


 仕方ない、受け止めてやるかと思い腕を広げたが、震えていて飛び降りることすら困難そうだ。

 オレはもう一度塀に登り、彼女を抱きよせて飛び降りた。小柄だから、軽い方だな、などと思いながら。


 ――ただの親切のつもりだった。


「……すごい、魔力変質なしで、こんなに衝撃なしに降りれるものなの? ヒース君に負担いってない?」


 彼女がオレにプルプル震えて抱きついたまま、見上げてきた。改めて彼女を見たオレは。


 う……っ!?


 瞳は母さんやリアに似た、エメラルドのようなグリーン。

 見上げた時に額からサラリとおちる金髪。


 なんだこの細やかな金糸は。シルクか? シルクでできているのか?

 素材が非常に気にな……いや、何を言っているんだオレは。


 ――そして、そのまま少し会話をした。


 アイリスはオレに、か弱い力で抱きついたままだ。

 なんだこれは。母さんや妹とは違う。いい匂いがする。

 やばい、抱きしめたくなった。でもそれはやばい行為だ。いけない。これ以上はいけない。


 アイリスに離れてくれるように頼んだが、非常に名残おしかったオレは、彼女の手を取って走った。

 教室に急ぐためだと偽って――いや、偽りじゃない、本当のことだ。


 だから彼女の手をとるのは正当な行為だ。


 いや、オレは脳内で何を言い訳を並べている。


 ――その日からずっと彼女の事が頭から離れない。

 これは……ひょっとして恋とかいうやつか?


 その日からアイリスを観察する。

 見ているだけで満たされる。

 こんな現象が人体には発生するものなのか?


 これが恋だと気づいたあと。

 彼女もこっちを見てくれたならば、と思うようになるのは秒だった。


 よし、決めた。

 オレは決めた。

 ――アイリスを手に入れる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る