02 ■ 下剋上部員 ■
改めて、ヒース君が視界に入るようになると、彼の周りは不思議だった。
昼休み時間になると、ヒース君の周りには隣のクラスのエリアル王太子殿下と、下級生クラスのはずのウイステリア姫と、その同級生のエンジュ=リーブス公爵令嬢が群がっていた。
ヒース君は死んだ顔をしている。
「おまえら、帰れ……」
「何故そんな事を言うんだい? ヴァレン」
金髪翠眼のお美しいエリアル殿下が、ヒース君に思い切り顔を近づけてささやくように話す。
今まで気にしてなかった……と言うと、私もたいがいだなぁ、と思うんだけど。
改めて認識すると、何このメンツ!?
いや……今まではなんか、殿下たちに気に入られてる男の子……程度しか思ってなかった。本当。
かなり執着されてない?
彼のお父さんが、いまの国王陛下と非常に懇意にしているのは有名な話なので知っているけれど、なんですかこの……ロイヤルハーレム。
彼、男爵家ですよね!?
「そうよ。お兄様の言う通りよ。ヴァレン。せっかく一緒に食事できる昼休みなのに」
ハーフエルフとしてお生まれになった美しい藤色の髪とアメジストのような瞳をしたウイステリア姫が、頬を染めてヒース君の肩にもたれかかる。
えぇ……。
ヒース君の顔は、嬉しいというより、血管ブチ切れそうである。
顔……ちょっと怖いです。
ちなみに、エルフと人間が結婚すると、エルフかハーフエルフか人間が生まれる。
エリアル殿下は人間として、ウイステリア姫はハーフエルフとしてお生まれになった。
「そんな事より、今日うちにお茶しにきてよヴァレン兄様~!」
そしてリーブス公爵令嬢がまるで妹のように、お願いしている。
リーブス公爵令嬢は、一応いとこになるんだっけ?
たしか養子だけど彼のお母さんは元リーブス公爵令嬢だったはず。
ガラッ。
――教室の扉が開き、青い顔をした下級生の男の子が入ってきた。
「……ヴァレンさん、焼きそばパン買ってきました」
「……」
ヒース君が無言でそれをひったくるように、取る。
え……? えぇ……??
「では、オレは、これで……」
ヒース君が無言で、しっしっと、手を払う。追い払うように。
今のって、ブルボンス公爵家のダニエル様だよね……?
どうして公爵家の跡取りが、ヒース君の使い走りしてるの!?
彼、男爵家ですよね!?
「なんだ、ダニエルを飼ってるのか? ……食事が必要なら僕に言えばいいのに」
「まあ! 私、お弁当勉強しますわよ!? 私の手作り食べていただきたいわ!」
「姫! ずるいです!! 私だってヴァレンお兄様のお弁当作りたいです!!」
「………」
ヒース君はひたすら無言だ。顔は怖いまま。……ストレスが溜まってそうだ。
彼は、やきそばパンの紙袋を、口で噛みちぎって破いた後、ムシャムシャ食べている。
あまり味わっていないように見える。
その一部始終見ていると、ヒース君と目があった。
別になんでもない事なのに、私は慌てて目を逸した。
……あっ、そうだ。いけない。
私もお昼ごはん食べなきゃ。私は教室をそそくさと出た。
私はいつも、古くなったドーム状のガラスの温室に行って昼を食べている。
こう書くと人気スポットのように見えるが、じつはガラスは曇っていて綺麗じゃないし、植物たちが手入れされてなくて伸びたい放題。屋根部分にあたる場所は壊れて、雨漏りもするし。
ガラスもところどころ、割れてたりするので、温室の役目は果たされていない。
とてもここへ入ってお昼を食べたい、なんて雰囲気の場所じゃない。
他の人は皆、学院の綺麗なほうの庭園に行く。ここは昔の捨てられた温室。
そして、私一人の園芸部の部室。
私はいずれこの温室を、綺麗にしたい。
これでも去年一年、少しずつ頑張って、こうやって入れる程度には少しずつ手入れしたのだ。
そして、捨てられたかのように転がっていた汚ないテーブルと椅子を磨いて綺麗にして、ここでランチするようになった。
友達とお昼を食べてもいいのだけど、手入れしているうちにここで過ごすのが好きになってしまっている。
「さてと」
私は自分のお弁当を自分で作っている。
家で育てた野菜たちを自分で調理して食べたいからだ。
魔力保存で温かいまま食べれるお弁当箱とスープ瓶を取り出す。
コンソメスープに庭でとれたハーブを浮かべただけのスープに、別に包んでもってきたクルトンを浮かべる。
「わーい、頂きま」
その時、私の手元に影が落ちた。
「肉が少ないな……」
……!?
振り返ると、そこにはヒース君が立っていた。焼きそばパンをまだ手に持っている。
「ヒ、ヒース君!? ど、どうしてここに!?」
というか人が入ってきた気配感じなかったよ!? 怖っ!?
「(焼きそばパンむっしゃむっしゃ)……目が合った」
「えっ!?」
「付いてこいという合図ではなかったのか」
「ち、ちがうよ!? 目は、たまたま合っただけだよ!」
「なんだ、勘違いか」
そういう勘違いするほどの間柄でもないですよね!?
「……まあ、教室はあいつらがいて息が詰まったし。ちょうど良かったってのもある」
「そっか、ロイヤルズに囲まれていたものね? でも仲良しなんでしょう?」
「ロイヤルズ……その言い方便利だな。採用。
いや、絶対に取り憑かれている。おそらく我が家の茶髪隊は末代まで取り憑かれる呪いにかかっている。 最近知ったが、恐らくこれは、オレの父親のせいだ……!」
口を一文字にしながら食べて、焼きそばが口からはみ出ている。……食べ方!!
そして目ヂカラが強い。
これはお父様に対して怒ってらっしゃる!
「意味がわからないよ!? それに、そんな、殿下たちを魔物みたいに……不敬罪になったらやばいから、そんな事いうのはやめたほうが……」
「不敬罪になって解放されるならそれも厭わない。そしてあいつらを祓える呪術師を募集中だ。物理でも構わない……!」
相当追い詰められてる!? なんだか切実だ!?
「なんだか、辛そうだね。でも言いづらいんだけど……それは人間社会に生きている限りちょっとむずかしいんじゃないかな。身分的に」
「はぁ……」
ヒース君はため息をついた。
そういうと、ヒース君は地べたに座って焼きそばパンの続きを食べ始めた。
椅子、もう一つあれば良かったな。
「お前は、何故ここで食事を」
「あ、私ね。園芸部なの。ご飯食べたあと、少しここの手入れもしたくて」
「ふーん」
そこからしばらくヒース君は、焼きそばパンを食べ終わるまで無言だった。
「お水あるよ、飲む?」
「ん」
手を出してきたので、自前のコップに水をいれてあげた。
「さんきゅ」
一口で飲み干して返してきた。
私は再びそのコップに水を注いで、今度は自分で飲んだ。
「なっ!? おま……!!」
ヒース君がいきなり声を荒らげた。
「ん? どうしたの?」
「おま、いま、オレがのんだ、コップ使って、おま、飲ん……っ」
「え? そうだけど? ああ、大丈夫。ヒース君が飲んだ時は未使用だったよ?」
みるみる顔が赤くなっていく。口パクパクして……ちょっと可愛いって思っちゃった。
でも、怒らせちゃったかな?
「……そんなに顔赤くしてまで怒らなくても。ごめんね」
「お、怒ってるんじゃない……!」
「怒ってないなら、どうして?」
「それをオレに言わせるのか……!?」
「え、そんなに悪いことだった?」
「……とりあえず、二度とやるな! 誰に対してもだぞ!」
「わ、わかったよ。でもそこまで言うなら教えてくれても」
少しねばったが、教えてくれなかった。
後日、友人に聞いて、私はその意味を知った。
私ったら!!
「だめだこれは……オレは決めた」
「何を決めたの?」
「園芸部に入る」
「はい!? あ、歓迎だけど……部員は私一人だけどいいの?」
「ますます入る。ところで部長はお前でいいのか」
ますます……って。あ、そっか。昼休みとか一人になりたそうだものね。
なら、人が少ない部活でここでゆっくりしたいのかも。
理由はどうあれ、部員が増えたら予算が少しだけ増えるかも。いいね。
「私になるのかな? 一人だから考えた事なかった」
「なら、オレが部長になる。今後オレがいっさいの人事を取り仕切る……!」
「熱意がすごい!? い、いいけども。そんな、人事っていうほど、入部希望者は来ないよ?」
「これからの事など誰もわからない。そして誰も入れるものか……!」
「ええ!? 人手増えるなら欲しいよ!?」
「……考慮はする」
こうして我が園芸部にキレッキレな部長が爆誕した。
「ちょっと不安な感じするけど、でも園芸部入ってくれてありがとう、ヒース君、よろしくね」
私は握手しようとして手を差し出した。
差し出した手は両手で握られた。ぎゅっ。
……?
「ヴァレンでいい。大体おまえ伯爵家だろ。学院内は平等とはいえ、おまえのほうが身分上だし」
「わかった、ヴァレン君、よろしくね。私もアイリスでいいよ。でもなんで両手? 握手しようと思ったんだけど」
「……」
「……」
「手が少し荒れている」
そういってヴァレン君は私の手に回復魔法をかけてくれた。
ちなみに、回復魔法は校則違反にはならない。
「……わ、ありがとう。そういえばヴァレン君は聖属性だったね」
何かごまかされた気がするけど、回復魔法は助かる。
「そう、オレは癒し系男子。この程度はなんでもない、いつでも治す。お前はオレの部員だし」
確かに癒し系だけれど、私が知ってる癒し系男子となんかちがう!
それと君の部員じゃなくて、園芸部の部員ですけど!?
「ところで、放課後はここで活動するのか」
「き、基本はそうだね。とりあえず私はここの温室を少しずつ綺麗にするのが今の目標なんだけど……今日、ヴァレン君が何をやりたいか、とか話しよっか」
「わかった。絶対必ず来る」
「絶対必ず!? やる気あるね? 君」
私は笑った。
「なんで笑うんだよ」
「いや、ヴァレン君は面白い子だなって」
「初めて言われた。たいてい怖いって言われる」
「あはは、たしかにたまに顔怖いよね」
「……!」
ヴァレン君は僅かにショックを受けた顔をした。
「ふふ。淡々としてるようで、結構感情豊かなんだね、ヴァレン君は。
さてと、そろそろ教室帰らないと、午後の授業がはじまるね」
「ああ、そうだな」
なんとここまで手を握られっぱなしだった。
私達は一体何をやってるんだろう。
「ヴァレン君」
「ん」
「ちょっとびっくりしたけども。園芸部に入ってくれてありがとう。実は一人は寂しかったの」
「……いや、都合が、良かった、だけ、だ……」
ん? なんかカクカクしてる気がする。大丈夫かな?
尋ねるとなんでもないし、体調悪かったら自分で治せる、と言われてしまったので。
私はその通りに受け取って、教室には二人で帰った。
――その時、彼の耳がとても赤い事には気が付かなかった。
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