その癒し系男子は傷月姫を手に入れる。
ぷり
01 ■ 彼女は恋を否定する ■
私が8歳の頃、従姉妹のサティアお姉様が婚約者を捨てて、学院の平民クラスの男の子と駆け落ちした。
でも数日後には、見つかって連れ戻されて、修道院へ送られた。
一緒に逃げた男の子は誘拐の罪で炭鉱送りになった。
私が10歳の頃、学校で知り合った子爵家の令嬢は、体が傷だらけでやせ細っていた。
彼女のお母様が失くなられたあと、お父様が愛人とその子供を迎えられて、使用人のように扱われているらしかった。
彼女のお父様は、したくない結婚をさせられた相手の娘、ということで何の罪もない彼女を憎んでいたそうだ。
その子は、12歳になる頃に遠方の――とてもお年寄りの男爵のところへ後妻として嫁いだ。
成人は15歳じゃないの?、と兄に聞いたら言いにくそうに、12歳でも籍だけは入れられる。
ただし、15歳までは白い結婚だよ、と。
今ならその意味はわかる。
私が12歳の頃、クラスメイトで、同じ伯爵家の友達が言った。
「私ね、好きな人と結婚したいの」
その友達はすでに婚約者がいたが、婚約者とは距離を置き、同じクラスの伯爵家の男の子と付き合いを続けている。
婚約者の子爵家の男の子は歩み寄ろうとしては、拒否され続け今では彼女に近寄ろうともしない。
それでも彼らは婚約している。
しかし彼女は知らない。
彼女が真実の愛と疑わない伯爵家のその男の子は、他の女の子や私にもたまにデートの申し込みをしてくるという事を。
そういう例を他にもいくつか、この歳、13歳になるまで見てきた。
その結果――私は、恋というものは人を幸せにしないものだ、と感じた。
自分も周りを幸せにしない、いっときの感情。
貴族社会において恋というものは、禁断の果実であると、私は物心ついた時には考えていた。
幸せな貴族のカップルは見せかけか、それが真実であっても一部である。
そんな効率の悪いものにみんな憧れを抱き、求めている。
土泥(どでい)の中に埋もれた宝物(トレジャー)を探すかのように、みんな愛を求めている。
落ち着いて見渡せば、すでに持っている幸せもあるはずなのに、それでは満たされない。
もっと自分に合う相手を。もっと素敵な相手を。
場合によっては、誰かの大事な人を略奪し、もしくはそれまで大切にしてくれた人を裏切らせる感情。
――どうしてみんな、誰かを好きになるのだろう。
とくに貴族の恋愛なんて、どうせ無駄なのに。
与えられた相手を愛する努力をする人、しない人。
後者は、まるで詐欺前提の賭け事に熱中しているようにしか見えない。
私はせめて前者でありたい。
私は平穏に暮らしたいからだ。
私は誰も好きになりたくない。
私が私の将来に求めるのは、私の生活を脅かさない環境。
婚約者なんて、平和に過ごせる相手なら誰でもいい。
そう思っていたのに。
気がついたときには、私は、私が否定していたその禁断の果実を口にしてしまっていたのである。
※※※
ヴァレン=ヒース君と初めて会話したのは、クラスメイトになってから一年以上も経ってからだった。
私の名前は、アイリス=ジェード。13歳。中等部2年生。
ジェード伯爵家の長女。といっても、男きょうだいがいるので後継者ではない。
そして土属性の魔力持ちで、そのせいなのか割と土いじりが好き。
学校も園芸部だ。人気がなくて私一人だけど。
その日、私は学院に遅刻した。
学院へは王都にある屋敷から、私は馬車で通学している。
その我が家の馬車には、門の少し手前で降ろしてもらい……ホントに、令嬢あるまじきなんだけど、門にいくと遅刻点数がついちゃうから、バレないように塀を乗り越えて、教室へ滑り込もうと思った。
今まで無遅刻だったのでその経歴に傷がつくのは嫌だった。
しかし、その考えは甘かった。
登ったは良いが降りれなくなったのだ。
登るのは学校の敷地の外だから、ちょこっと魔力変質を使った。
降りるのは飛び降りればいいやって簡単に思ってたけど、思ったより塀が高くて。
戻ることもできず、進むこともできず、手も震えてきて、怖かった。
自宅ならば、こういう場合には魔力変質を使うんだけど、学院は魔力使っちゃいけないから……。
失敗した!
魔力使えないってすごく不便!
そんなところを――同じく遅刻してきた同級生のヒース君に遭遇した。
ダークブラウンの髪に明るいブラウンの瞳の男の子。
「おはよう」
ヒース君はひょいっと、身軽に登って、そのままサッと敷地内に飛び降りる。
――ちょっと、かっこいいと思ってしまった。
同じ人間なのに、どうしてこうもできる事が違うのだ……。
「ほら」
「え?」
少し見惚れていたら、ヒース君が、塀の下で腕を広げてる。
「降りれないんだろ? お前……えっとアイリスだったか? 受け止めてやるから、飛べよ」
気軽に名前呼んでくるな、この子。
「あ、うん。……でも」
いくらなんでも、私は羽のように軽い乙女ではない。
ちゃんとそれなりに体重はある。名誉のためにいっておくと、太ってはいない。
だからつまり、彼に負担をかけてしまうのではないだろうか?
場合によっては怪我させてしまったりしないかな? そして単純に飛び降りるの怖い。
「大丈夫だ……って、しょうがないな。出席はじまっちまう」
私がなかなか飛び降りないので、痺れを切らしたのか、ヒース君は塀の上に戻ってきた。
ヒース君は、私の肩を抱いて、もう片方の手で腰に手を回した。
私達は密着し……ええっ!?
「ええっ!?」
心の声と実際の声がかぶる。
男の子にこ、こんな……! 密着したことない!
恥ずかしい!
「ほら、大丈夫だから。とぶぞ」
「えええっ」
一瞬だった。
彼は私を連れてサクッと着地した。私に衝撃は、ほぼなかった
「ほら、やってみると意外となんでもないだろ?」
「……すごい、魔力変質なしで、こんなに衝撃なしに降りれるものなの? ヒース君に負担いってない?」
私はヒース君を見上げた。
「別に」
そっけない。でも、負担ないならいいか。
「ありがとう。助かった」
私は微笑んでお礼を言った。
「……瞳、綺麗な緑色だな」
ヒース君が私の瞳を見て言った。
「あ。うちの家は、みんなこんな色なの。ありがとう」
綺麗と言われたら悪い気はしないもので。単純に嬉しい。
うちの家系はだいたい、うすい色の金髪にグリーンの瞳だ。
「ところで」
「?」
「そろそろ放して……くれないか?」
淡々とした表情で言う。
「あっ……」
私は、彼に抱きついたままだった!
彼が既に私から手を放しているにも関わらず。恥ずかしい!
「ご、ごめんなさい……私、ドジで……」
私は真っ赤になって謝った。
今朝も、メイドが既に結ってくれた髪を家具に引っ掛けてぐしゃぐしゃにしてしまい、やり直してもらっていたら、遅刻したのよ……。
そんなにドジでもないとは思うのだけど、たまにやらかす。
「気にすんなよ。オレは、妹や弟達でこういうのは慣れてる。ほら、行こう」
ヒース君は少し笑顔を浮かべ、私の手を取り走り出した。
わわ……。私はとてもドキドキした。
妹や弟たちをこんな風にいつも引率してるのかな? 頼りになるお兄さんなんだね。
ヒース君のおうちって確か……。
男爵家なのに、錬金術の家系で、結構有名なんだよね。
今まで話したことなかったけど、こんな風に結構気さくな感じなんだ。
淡々とした――無愛想な表情しか見かけた覚えがなかったから、話しづらいお固い系かと思っていた。
私はその時から、ヒース君のことが、よく目に入るようになった。
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