05 ■ ここはヒースタウン ■
しばらくすると、遠くに荒野が見えてきた。
空を飛ぶのが楽しいのか、たまにマルちゃんが楽しそうに鳴く。
「あれがヒースだ」
「……噂では聞いた事あるけど、ほんとに荒野なんだね」
不思議な蒼い森が見えて、そこを飛び越えたら、瓦礫が沢山見えてきた。
その中に、手入れはされているようだけれど、崩れた城のようなものが見えた。
「着いた」
「えっ」
「ここ、おれん家(ち)」
「おうち、壊れてるよ!?」
「前衛的建築とでも思ってくれ。魔王に壊された城を匠の技で住めるようにリフォームしたなんてことでしょう建築……」
「そうとは思えないよ!?」
マルちゃんは優しく私達を地上に運んで降ろした。
「確かに、庭は綺麗にしてるね。……うわ、ほんとにやりがいありそう!」
「母さんとじいさんが、まめにやってる。他にも手入れするとこあるからあまり進んでないけど」
「ヴァ……ヴァレン!!」
ちょうど庭にいた、銀髪の男性が、ヴァレン君の名前を叫びながらこちらに近づいてきた。
あ、ヴァレン君にとても似てる……ん? 悲壮な顔をしている?
「ヴァレン、お前とうとう人攫いでもしてきたのか……どこのお嬢さんだそれ……」
第一声がそれ!?
ヴァレン君はそれを無視して言った。
「これがオレのじいさんだ」
「えっ! お祖父様!? こ、こんな姿ですみません、わたし、ジェード伯爵家のアイリスと言います」
私は作業着で略式のカーテシーする羽目になった。
に、庭先で領主様に遭遇するとか思わなかったよ!?
は、恥ずかしい!!
「ああ、これはすまない。こっちもカジュアルだから気にしないでくれ。ジェード伯爵令嬢。オレはアドルフ=ヒース。ここの領主だ」
優しく微笑んだ銀髪の男性は、隻眼なのかな、眼帯をしていて……あ、この人かっこいい……。
なんだろう、不思議な魅力がある。私は少し見惚れてしまった。
おじいさん? おじいさんには見えないな……。
「今日からお前は敵だ……」
ヴァレン君!? なぜそんな地の底から響くような声でそんな事をお祖父様に言うの!?
「はい!? なんなのお前は!! ……まったく、マルにのせて強引に連れてきたんだろう。ジェード伯爵令嬢、すみません。うちの馬鹿孫が迷惑をかけました」
「い、いえ。そんな。大丈夫です。楽しかったですし。私のような若輩者に敬語なんて使わないでください、お祖父様。あ、アイリスでいいですよ。私もアドルフさんって呼ばせてください」
「お、お祖父様……はじめて言われた! オレは感動した……! なんて……良い娘なんだ……」
アドルフさんが口元押さえて泣いた!
「お祖父様、ひょっとして大変な苦労してらっしゃる!? それでそんな真っ白な髪に!?」
「フ……。悪いがお嬢さん、これは銀髪だ……例え歳を重ねて白髪になっていたとしても見分けがつかないがな……」
「アイリス、付き合っているとツッコミ要員として収まる羽目になるぞ。気をつけろ。そういう意味でも、こいつは危険なやつだ」
「ツッコミ要員!? てかお祖父様でしょ!? こいつかつ、危険物扱いなの!? なんで!?」
私は我慢できなくて言った。その時。
屋敷の玄関がバン! と開いて、桃色の髪の女性が、小さな男の子を抱っこして出てきた。
「今日は風が騒がしいわね……」
わ、すっごく綺麗な人! あれ、しかも桃色の髪って……初めてみたかも。
「かあさん、でもこの風」
そこまで言って、その男の子は母親に口を手で塞がれた。
「それ以上、いけない」
小さな男の子はダークブラウンの髪で……うわ。やっぱり、ヴァレン君にそっくりだ。
こっちを見て、黄色にちかいブラウンの目をパチクリした。目の色は違うんだね。でも可愛い。
「あっ。にぃにお帰り!」
母親から降りて、その小さな男の子が大きい声でいう。
「あれ、ヴァレン、帰ってきたの? おかえりー。あれ、友達ー?」
二人がこっちへ来る。
「それでは挨拶してもらいましょう、母&弟のお二人です」
「なにかのユニット名みたいな紹介の仕方しないで!?」
私は息があがってきた。
つ、つかれる!? 私喋るのに疲れてきている……!?
「おおー。ヴァレンが女の子連れてきた! ……あれ? 大丈夫かな? この子息が上がってるよ? まさかヒースについてすぐにツッコミの病に……? あ、私、ヴァレンの母のプラムといいます!」
そう言いながら、プラムさんがうっすら光る手で治療を試みる。ありがとうございます、でもこれはその治療では治らないかもしれません。
「僕はブラッド。5歳です。お姉さん……まさか、ボケツッコミの予防接種もしないでヒースへ来たの?(困惑の表情)」
なにそれ!?
弟君に至っては、真顔で言ってるから冗談なのか本気なのかわからないわよ!?
「おまえら、勘違いするな。そのお嬢さんはヴァレンに拉致して無理矢理ここへ連れてこられた哀れな姫だ」
「ちょっと、なんてことしてくれたの、ヴァレン」
ヴァレン君は二人を無視した。
「いっつ(It's)、ヒースジョーク。疲れたか、すまない、アイリス」
淡々と言放つヴァレン君。
ヒースジョークって何。
この土地ジョークが流行るほど人民がいないですよね!?
なんだかとんでもない所に連れ込まれた気がする……!
「だ、大丈夫だよ……ひゃあ!?」
その時、耳元でふんすふんすと、鼻息がした。
「ハアハア……金髪の乙女……」
背後を見ると、真っ白な――白馬ではなく、その頭に立派な角を生やしたユニコーンがいた。
「なんでユニコーンがここに!?」
ヴァレン君が、ガッ!と、素早くその角を掴む。
「現れたな! この……害獣が! じーさん! やれ!!」
「何やってるの!? これ役所のユニコーンさんですよね!? 何故ここに!?」
「なんかうちによく来るんだよね。多分うちの娘達狙いだと思うんだけど」
プラムさんがじと目でその様子を見ながら言う。
「よし、ヴァレン、よく掴んだ! 今日こそ、その角を削ってマテリアルを頂く!!」
紳士のようだと思っていたアドルフさんが目を輝かせて、腰のツールバッグからヤスリを取り出す。
あ、アドルフさん……!?
「やめたまえ! ああ! でも乙女たちが、私を膝枕して寝かしつけるというのならその間、私の角にふれることは許そうではないか!? ああ!? やめろ! 男が触るな!? 削っていいといっても、乙女だけだから!!」
「……」
私は一体何を見せられているのか。
くいくい、と作業着がひっぱられる気がした。
「ね、お姉ちゃん。疲れたでしょ? 応接室で紅茶でも飲む?」
ブラッド君が心配そうに私を見る。
小さな男の子に気を使われた!!
私は、ブラッド君に連れられて、応接室へ行った。何故なら、疲れた。
「粗茶ですが」
5才児にお茶を出された……。
「ど、どうも……。あ、美味しい。ブラッド君、上手だね」
「えへへ」
にこ、と笑った。可愛い。
ヴァレン君も、小さい時、こんな感じだったのかな?
今はとっても無愛想に見えるけど。
「これは内緒なんだけどね。にぃに、今ね。とても落ち込んでるんだ」
「え?」
「だから、少し変だったとしても、許してあげてね」
5才児がとても落ち着いた態度で兄のフォローを……。
「う、うん……勿論だよ」
許すも何も、何も怒ってないけど。……ただ、とても疲れたけど!
それにしても落ち込んでる? 何があったんだろう。
応接室で少しお茶菓子を頂いていると、ヴァレン君が戻ってきた。
いつのまにかブラッド君が、私の膝で眠っている。
「待たせた……だが、もう夕暮れだ。放置してしまってすまない。ユニコーンが結構暴れた。なっ!! ……ブラッド! なんてところで寝ているんだ!! 起きろ!」
「あ、いいの。気にしないで」
「絶対許さない……!!」
「どうしてそこまで!? 小さな男の子がうたた寝しちゃってるだけだよ!?」
「むにゃ……」
ブラッド君は、反対側のソファに移動させられてそのまま、また寝た。
せめてブランケットを、と言うと、その辺のクッションを無造作にのせてた。雑っ!!
「弟くんが風邪ひくよ!?」
「こいつも癒し系男子だ。風邪ひいても問題ない」
「その前に風邪を防ごうよ!?」
「最もな意見だ。だが、母親がそもそも拡張した聖属性魔法で毎日家族の健康を整えているので、この屋敷においてはそれは気にする必要がない」
「便利すぎる!? 君のお母さん聖女か何かなの!?」
「……子供を産んでいるから聖女ではないな」
「うああ!」
しまった。私は赤面して顔を覆った。
「いやしかし、アイリス、すまない」
また覆っていた手をギュッと握られる。また勝手に!
「その……少し庭などを見せるつもりが、とんだ事になった」
「ううん、大丈夫だよ。びっくりしたけど、楽しかった。ありがとう、ヴァレン君のおうちを見せてくれて」
楽しかったのは本当だ。なんか大変な思いはした気分だけれど。
「おう……」
少し嬉しそうに微笑んだ。
そんな風にも笑えるんだね。
「そ、それじゃ、学院まで送る。お前の家の馬車が待ってるんだよな?」
「あ、そうだ。いけない。そうなの。着替えもしなきゃ」
「オレもだ。制服置いてきちまった」
ヴァレン君と私は、またマルに乗っけてもらって、学院へ戻った。
帰りは行きほどマルの飛行は怖くなくなっていて、夕暮れがとても美しく、風もとても心地よく感じられた。
「わあ、夕日が綺麗だね」
「ああ。いつもマルに乗って帰る時、この景色はいつも見る。オレは好きなんだ、この夕日」
ヴァレン君が、無愛想な顔ではなく、普通に優しい顔でそう言った。
私がマルちゃんから落ちないように、ぎゅっと抱き寄せてくれた腕は少しいたかったけれど。
私はなんだかそれが、すこし嬉しく感じた。
「また、遊びに行ってもいいかな」
ヴァレン君のおうちとヒース。
なんだか……本当に楽しかった。
「え……」
ヴァレン君が意外そうに私を見た。
「あ、駄目だったかな? なんだか楽しかったし、今日は時間が短かったからあまりお話できなかったし、と思ったんだけど」
「駄目なんてことは、絶対ない。ただ、騒がしくしてしまって、実は申し訳なく思ってた。……もう来てくれないかと」
意外にも、頬をかいて目を逸し気味に言われた。
「えっ。そんな事ないよ、ハプニングいっぱいで楽しかった。でも今度はもうすこしゆっくりしたいかな?」
「おう。またいつでも来てくれ。マルに乗れば、放課後でもすぐに遊びに来てもらえる時間が作れる」
「わーい、絶対いく!」
実は、最近退屈気味だった。
放課後は一人で土いじり。昼間も一人で土いじり。
そうしてる間に友達はみんな婚約とか決まっていって、婚約者とお昼したり、放課後お茶したりで……以前ほど友達と遊べなくなっていたから。
「――そか」
ニコリ。とヴァレン君が笑った。
素敵な笑顔だった。
また心臓が早くなるのを感じた。
温室の人目につかない場所にマルちゃんで降ろしてもらい、そこでその日は解散した。
私は、その日は眠るまでずっと、ヴァレン君が見せた笑顔を思い浮かべていた。
そして、早く明日にならないかな、とベッドの中から窓に見える三日月を眺め、眠るのに少し時間を要するのだった。
――ああ。月が綺麗ですね。
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