06 ■ 家族に相談してみた ■―Valen―


 アイリスを学院まで送ったあと、自宅に帰ると夕飯の時間だった。


 夕飯のあと、オレはじいさんの部屋を訪れた。


「アイリスを嫁にしたい」

 じいさんは、口に含んだばかりのコーヒーを吹いた。


「汚いな。一体何歳だよ」

「年齢の問題じゃないよ!? なんなのお前!? 唐突に綺麗な令嬢連れて来たと思ったら嫁!? そもそも思い合う仲なの!?」


「まだちがう」


「片思いかよ!! 大体、あのお嬢さん、ジェード伯爵家つったよな?

 けっこうでかい伯爵家だぞ。深窓の令嬢ってやつだよ! 身分違いも甚だしいよ!! うちみたいな男爵家が相手にされるわけないだろ!?」


「国の姫から婚約申し込みがくるオレに不可能はない」


「あれは特別な縁だよ!! 怖いな! 無敵だな!! 中等部2年生!!」

 ……ふぅ、とじいさんは息をついて言葉を続けた。


「たしかにオレは中等部2年生だが、何か関係あるのか」


「いやすまん、それは気にしないでくれ。あのなあ、ヴァレン。 たしかにお前には破格の婚約申し込みは来た。だが、それは縁あっての事だ。

アイリス令嬢の家は普通に考えて、うちみたいな男爵家が婚約を申し込める家じゃない」


「まだ婚約決まってないっていうし、言うだけでも」


「確かに言うだけならいいが。 相手に……されるかどうかは、うちの錬金術に興味があるかどうかだ。

リーブスはうちに興味があったから、すんなりプラムの養子の件などは上手くまとまった。そしてプラムがとても先方に気に入られてたからな。ジェードはそういうのが全くない相手だ」


「むう……だが、うちの錬金術は人気あるじゃないか。そんじょそこらの男爵家じゃないだろ、うちは」


「ああ、そうさ。うちの錬金術には魅力はある、それはオレも自信がある。

だがな。相手はでかい伯爵家だから、縁があって興味のある他領も沢山あるだろう。それにあのお嬢さん、めっぽう綺麗な娘だった。正直、王族の婚約者候補に入ってもおかしくない娘だ。その娘が13歳になるまで婚約していない。

……それはめちゃくちゃ親に愛されているか――もしくは。じつは婚約にストップをかけている相手がいる可能性や、内々に実は婚約相手が決まっているケースもあるだろう」


「あ? なんだよそれ。婚約が決まっているなら堂々と発表すればいいだろう」


「たとえば、基本的に婚約を許可したい相手がいるにはいるが、彼女と結婚するための条件をまだクリアしてない、とか……考えられるな。例えばギンコとリアのように、年齢が離れている為に、なにかしらの調整を行っている、とかな。オレがギンコに出した条件もそうだ。リアが大人になるまでに他に大事なヤツができたら何も言わずにあきらめろ、とか言ったし」


「そんな爺に嫁がせるわけにはいかない。なんとかする」

「その前に片思いでしょ……おまえ……」


 じいさんは、話にならない、と言い放ったあと。


「どうしてもあのお嬢さんが良いっていうなら、まずは両思いになってらっしゃいよ……。我が家からの条件は、まずはそこよ。多分そこをクリアしないと恋愛脳のプラムとブラウニーも首を縦に振らないぞ。オレだってそうだ。そんなお前を思ってもいない嫁なんぞ、ヒースには要らないからな」


 たしかに、オレだってそんな嫁はいらん。

 アイリスがオレに気持ちがない状態で連れてくるつもりとかは、無論ない。

 ――だけど。


「……意外だ」

「あ? 何がだよ」


「オレがしたくない婚約を勧めてたくせに、アイリスがオレを好きじゃなきゃ、いらないなんて」


「姫とエンジュ嬢は、彼女達がお前のことが好きだから勧めてたんだよ。

 お前がそんなに拒否るとは思わなかったのは悪いと思っている。すまなかった。

 だが、オレはお前のことだってリア同様に大事だ。

 たとえばヒースの技術狙いとかなら何回も釣書を受け取らん。

 オレはお前に幸せになってもらいたいんだ」


「へえ……」


 意外にも思われていて、少し照れくさくなった。

 そう、か。

 男孫だから適当にされてると思ってたけど、そうでもないのか……。


 じいさんは少し、うーん、と唸ってから。

「……そうだな。とりあえずやれるだけやってみる価値はない訳じゃない。お前はレアな聖属性も持っているから、婚約者相手にするには世間的おいてかなり価値はある。」


「あれだけダメダメって言っておきながらアドバイスすんのかよ」

「どうせ、今言っても諦めないでしょ、お前。誰に似たんだか、執着心はいっちょまえだ」

「まだ諦める段階でもないしな」


「それと、なにかマージンとれる製品を作ってジェードに納められるようにするか――もしくはブラウニーに言って、会社のほうにお前が取り仕切る部門を作るか貰え。領地経営の代わりだ。今までのようにのんびり学生じゃ、ジェード伯爵の鼻にもかからんだろ」


「のんびり……? オレが暇そうだと思ったらダンジョン仕事入れてくるくせに。ボケはじめてんのか?」

 オレは普段からの不満を口にした。


「……その顔、やめてくれないか」

 何故怯える。


「えーっと……。すまんな。ダンジョン行ってもらってるのは助かっている。とりあえずオレは応援してやるから頑張ってこい。まあ、独身になったら男やもめ同士、一緒に酒でも飲もうぜ」


「その時は、墓に酒かけておいてやるよ」

「オレ死んでる設定なの!? ひどい!」


 泣いているじいさんを放置して、オレは自分の部屋に戻った。


「……宿題がふってわいたな」


 いきなり製品を作れと言われても、なにも思い浮かばない。もしくは会社経営か。

 多分どっちかでもいいんだろうが。


 まあ、アイリスの件がなくてもヒースを継ぐなら、そろそろそういう事をやりはじめないといけない時期ではある。

 色々思考していたら、眠る気分じゃなくなった。

 そして気分転換に庭に散歩にでたら、父さんが珍しく一人でコーヒー飲んで書類を眺めていた。


「父さん、珍しいな。一人なんて」

 この時間に母さんといないなんてレアだ。


「……おう、ヴァレン。ちょっと今、会社が修羅場でな」

「そういえば、税金の計算方法が変わったんだっけ? それか?」

「察しが早いな。その通りだ。だから職員に渡す計算方法のテンプレートを作成してもらったから、チェックしてた。そろそろ就寝時間だが、お前はどうしたんだ?」

 オレは空いている席に座った。


「……じいさんに宿題を出された」

「ん? 宿題? そういえば今日一騒動あったそうだが。まだ詳しく聞いてない、そのせいか?」

「実は」


 伝えた結果、父さんはコーヒーを吹いた。


「あんたらは同一人物か!! じいさんと一緒の反応すんな!! 何歳だ!!」

「年齢の問題じゃない!」

「そこも同じ反応だぞ!?」

「同じ反応しても、しょうがないだろう、アドルフさんは、実質半分オレなんだから!」

「わけわかんねぇ……」


「そうだな。会社はお前がやれそうな部署を見繕っておくが、携わるのは夏休みからがいいだろうな。そうなると今年の夏休みは忙しくなるぞ、おまえ」

「……しょうがないな」


「うわ、しおらしい。余程惚れてるな」

「そうかもしれない」


「会社経営やるなら製品のほうは、まあ二の次でいいだろ。気楽にやれ。余程じゃなきゃ費用は面倒みてやるから」

「サンキュ……なんか親切だな」


「リアの件で、お前が落ち込んでたのを知ってたからな。

 オレも落ち込んだけど。立ち直れるなら恋でもなんでもいいさ。後押ししてやる……ただ大変だぞ、それ。言ってみれば、身の程知らずの恋だからな」

 父さんが意地悪く笑った。


「父さんだって、そうだったんだろ」

「オレは身の程をわきまえてたぞ。だが、まさか孤児同士の恋愛で、あんな事になるなんて思いもしないだろ。言うのは一言だが大変だったぞ。ただ、母さんがオレの事を好きだったからな。絶対に手放さないと決めていた。お前はこれが初恋か。まあ、がんばれよ」


「執着すげーな。普通諦めるだろ。父さんだって初恋だけのくせに」

「おう、オレはずっと、こじらせた初恋のままだ」


 一人の時でものろけやがるな、この夫婦は。

 呆れていたら、父さんの手が伸びてきてオレの頭をわしわしと撫でた。


「ちょ、やめてくれよ。オレもう13歳だぞ」

「関係ねえよ。ヴァレン、オレは孤児だったから当時はプラムとアドルフさん以外、失うものはしれてた。でも今は大事なものが増えすぎて大変だ。忘れるなよ、お前だって母さんがくれたオレの大事なもののひとつだ」


「恥っず! 愛の告白やめてくれる」

 オレは赤面した。

 月明かりの下、親父相手に赤面するイベントとかどんな罰ゲームだよ。


「ははは。恥ずかしいよな。でも本当にそう思ってる。……まあ、だから頑張れよ」

 顔が怖い印象が張り付いて忘れがちだが、普段は普通に優しい父親であることを思い出した。


「……おう…」


 うちの家庭は本当に言う事がオープンだな。


※※※


 部屋に帰ってベッドに潜ろうとしたら、弟のノアがそこで横たわっていた。

 こいつは母さんに似てるので、よく女と間違えられる。

 絵面だけで見ると、オレのベッドに桃髪翠眼ショートヘア美少女が寝転がってこちらを微笑んでいるように見える。しかし男だ。


「何やってんだ……」

「たまには一緒に寝たくて。いいでしょ?」

 本物の美少女が言えば最高のセリフかもしれないが、男だ。

 ノアは、11歳だ。来年は中等部に入る。


「お前もでかくなったから、ベッドが狭い。カエレ」

「ええ~。せっかく来たのに」

「仕方ないな。何か話ししたいことでもあるのか?」


「兄さんが恋に落ちたと聞いて」

「……そんな気はした」

 これは、ルクリアも特攻してくるな……。


 ノアは、ふふって感じで横向きに寝転がる。美少女だな。男だけど。


 オレがこいつの事何も知らない状況なら、もう男の子でもいいや……とか思える美少女っぷりだ。

 母さんもこの年齢の時、こんな感じだったのだろうか。


 孤児院ではベッドが隣同士だったと聞いた。……隣でこれと同レベルの美少女が寝てたのか。

 そして、ふと寝返りとかうって、目があったら微笑まれたり?

 さらにその美少女が自分を好きっていってくる訳?

 なにその羨ましい環境。

 うむ、父さんは苦労して然るべきだ。


「で、きっかけは?」

 おっと。この脳内をもし知られたら兄弟の縁を切られるな。


 好きになった経緯をかいつまんで答える。

「なんで恋バナなのにそんな淡々と語るの?!」

「おまえは、オレがキャッキャうふふしながら語るのを見たいのか……?」


「あ、いや……それも、ちょっと」

「だろ」


オレはノアをベッドに入れたまま、部屋の灯りを消した。

「兄さんはいいな」

「あ? 何がだよ」

「……男子として見てもらえるでしょ。僕も父さんに似たかった」

「あー……」


 こいつのコンプレックス。

 母さんそっくりな為に、男として扱われない事が多い。

 小さい頃なんてルクリアと双子みたいだった。よく見ればちゃんと男なんだけどな。


「まだ女扱いされてんのか?」

「知らない男子からラブレターはまだ来るよ。大分減ったけどね」

「良い傾向だ。声変わりでもすれば、女には見られなくなるだろ」

「あ、そうか。声代わり。待ち遠しいな」

 またフフって笑う。

 男の理想の夢に出てきそうな見事な美少女っぷり。男だけど。


「ほら、そろそろ寝ろ。就寝時間大分まわってんぞ。小等部が夜更かしすん」


 ばぁん!


 ――その言葉が終わらないうちに、ドアが大きな音をたてて開いた。


「ヴァレンにーーさぁーーん!! 話聞っかせてーーーー!!」

 枕を持った美少女その2、ルクリアが入ってきた。


 ウルサイのが来た。

「へえー。そういう出来事から一瞬で恋に落ちるものなんだねー!」

「お前は好きな男子とかいないのか」

「いない!! でも恋バナ聞くのは好きだよ!」

 寝る前なのに元気だな。

 

「あ、そうだ。兄さん。夏休みから忙しそうだね。手が回らなくなったら手伝うからね」

 美少女(弟)が優しい声でいう。

「私も手伝うよ。じぃじに頼まれるダンジョンとか代わりに行ってあげるよ」

 元気美少女の声が暗闇に響く。


 可愛いことを言ってくれるな、こいつら。

「ありがとう、おまえら。頼りにしてる」


 さっき父さんが言ってた言葉をふと思い出した。

 "大事なものが多くて大変"

 たしかにそうかもしれない。


 オレも家族は大事だ。

 それ故最近、悩んでいたわけだが。

 アイリスの存在で心は浮上している。


「ほら、おまえらはとっくに寝てないといけない時間だろ。寝ろ」

「うん」

「はーい」


 シングルベッドをぎゅうぎゅうにして、オレたちは3人で眠った。



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