09 ■ 似てきたね ■


最近学院を休みがちなルチアが、今日は来た。


「わあ、ありがとう。子供が生まれたら大事に使わせてもらうね、アイリス」 


 ルチアが嬉しそうに、私のあげたプレゼントのうち、小さな靴下に頬ずりした。

 明るい茶髪を一つの三つ編みにして垂らしてる。なんだかもうお母さん感ある。

 それにしても、赤ちゃんグッズって小さくて可愛いな。


「ああ、だが生まれたら気にしている暇はないぞ。気にせず存分に使ってくれ」

 ヴァレン君が、答える。……ん?

 いや、プレゼント買ったの私ですよね? なんでヴァレン君が答えてるの!?


「え? ……うん?」

 困惑するルチア。


「あ、えっと。ヴァレン君が赤ちゃんグッズ詳しくて、プレゼントを、選んでくれてその」

 私はしどろもどろに答えた。

 何故言い訳のようになっているのかしら……?


「アイリスとヴァレン君ってそんな仲良かったっけ……?」

 ルチアが小首をかしげる。……う!? そういえば仲良しみたいな接触率だ!?


 ――プレゼントを渡そうと、ルチアをランチに誘ったところ、ヴァレン君が何故か混ざってきた。

 三人で中庭のテーブル席を陣取ってランチしている。

 いや、ヴァレン君はプレゼントを選んでくれたから、同席してもおかしくは……ない。よね?


「同じ部活だから仕方ない」

「えー……あー、そうなんだ。それで」

 納得いってない。ルチアは絶対言葉飲み込んでる。


「そ、そう、そうなの」

 私は仲良いと言われて、何故か動揺した。

 そうだ、同じ部活だから。そうなのだ。


「なんか……あやしいね」

 ルチアが私とヴァレン君を交互に見た。


「なにが?」

「あやしい店舗では買っていない。ちゃんとブランド品だ」

「そういう事じゃないよ!?」

 ルチアが思わず声をあげる。


「ヴァレン君! 身重のルチアにツッコミさせないで!?」

「そんなつもりは。悪い」


「それにしても、最近学校休みがちだね、ルチア。プレゼント渡せなかったらどうしよう、とか思った。最悪家まで行こうかと」

「うん、ちょっと気分悪い事が多くて。今日は頑張って来た! ……でも、私多分ね、そのうち学校やめることになると思う」

 ちょっと残念そうな顔を浮かべるルチア。私もどこか心がしずんだ。


「え、そうなんだ。残念だな……。身体がしんどいから?」

「うん、そうだね。……って。あー」

 ルチアが机につっぷす。


「ちょっと、大丈夫」

「だ、大丈夫……最近いっつもこう」

 私はルチアの背中を軽くさすった。さするのも良くないかな……?


「アイリス、手をどけてくれ」

 ヴァレン君の手がうっすら光ってる。ああそうだ。彼は癒し系男子、もとい聖属性だった。


「少し背中にふれるぞ、ルチア」

 ……ん? なんでルチアには触れることを断ってる!? 私には聞きませんよね!? なんで!?


「あ、ありがとう。うわ……スーッと楽になった!!」

「ギリギリまで通うなら、オレがその日学校にいるなら――楽にしてやる……」


 無愛想に淡々と語るヴァレン君が "楽にしてやる"、なんて言うと別の意味に聞こえる……。


「あんたが言うと別の意味に聞こえるよ!? ……でもありがとう! これは頼らせてもらう!」

 ルチアも同意見だった。だよね。


「ルチアはどうしてその先輩と結婚するんだ。家同士の付き合いか?」

「んー。家同士の付き合いもあるけど、一応、恋愛結婚になると思うよ」

 ルチアが可愛らしく笑う。幸せそう。


 そうだ、ルチアは泥の中の宝石を手に入れたクチだ。ちょっとうらやましい、とは思ったりする。

 恋愛否定派の私にだって、自分の思う相手と結ばれる素晴らしさはわかるつもりだ。


 その後、私はほとんど黙っていたけれど、ヴァレン君がルチアに馴れ初めやら、相手はどうアプローチしてきたのかとか、色々話を聞いてた。

 意外と恋バナ好きなのかな? その割に淡々と聞いてるけど。変なの。


 昼休みのチャイムが鳴った。

 ヴァレン君は、選択授業で違う教室なので途中で別れた。


 教室に帰ろうと歩いていた時、ルチアがこっそり私に言った。

 

「アイリス。ダメ元でも自分の気持ち、お父様に言っておいたほうがいいんじゃない? 婚約まだ決まってないなら、とくに」

「え? なんのこと?」

「好きな人がいること、伝えておいたほうが」

「え! いないよ!?」

 ルチアがあっ、て顔した。


「あーー……」

「え、なに。なにか残念そうなものを見るような目だよ!?」


「まあ、いないにしても。自分で相手を選んでみたい、くらいは言っておいてもいいんじゃない? 跡継ぎでもないんだし、少しくらい我が儘伝えても」

「ふ、ふむ……? でも、お父様は変な人選ばないと思うし変な人じゃなきゃいいかなって思ってるから」

「だめだ、これは……アイリス、後悔しないようにね」


 ルチアはため息をつくと、自分の席に、しんどそうに座ったのだった。


 後悔……?

 誰が相手になっても後悔することはあるだろうって受け入れてしまっている私はおかしいだろうか。


 ただ、受け入れていても、婚約者が決まる日を怖がってはいる。

 でもそれって、人生に大きな変化が訪れることで、その変化にいきなり対応できない心は当たり前のことだ、と飲み込んではいるけれど。


※※※


「アイリス、ちょっと手伝ってくれますか」

「はい」


 授業が終わって皆が提出したかさ張るレポートを職員室に運ぶ手伝いをする。


「アイリスは夏休みはどうするんですか?」

 サイプレス先生――シモン様に、プライベートの会話をされる。


「そんなの、家で土いじりに決まってますよ。学校ないから存分にやりますよ!」

「はは、あなたは昔からそうですね。飽きないもんなんですね」

「飽きませんね。むしろ飽きたらどうしようって思います。他に趣味もありませんから」


「夏休み、またニコラスを訪ねると思うから、あなたも一緒にお茶しましょう」

「やった。お兄様とシモン様と遊べる?」

「ええ」

「わーい、久しぶりに船で釣りとかしたい!」

「令嬢あるまじきですね。あなたはまったく、いつまでも子供みたいですね」

「えへへ」


 シモン様は長期休みの時は、お兄様を訪ねて我が家にたずねてくる事が多い。

 私は昔から妹のようにかわいがってもらっている。


 シモン様は、となりの領地の伯爵家の跡取りだ。

 昔、私の従姉妹のサティア様と婚約していたのだけれど――私の従姉妹は平民の男の子と駆け落ちして結果、破談となった。

 それ以来、婚約はされていない。お姉様をまだ想っていらっしゃるのかもしれない。

 でも、お姉様の方は平民の彼を想われたまま修道院へ送られた。

 彼もまた恋と言う病気の被害者とも言える。


「最近は部活が楽しそうですね」

「はい。ヴァレン君が面白くて」

「良い友達ができたようですね」

「はい」

 ヴァレン君の話を聞かれて、私はヴァレン君の話をいっぱいした。

 ヒースに遊びに行ってることはなんとなく内緒にしてしまったけど。


 そんな話をしている最中に、シモン様が耳元に顔を近づけてきた。えっ。

「アイリスちょっと。髪に糸くずがついてますよ」

「? ありがとうございます」

 近くで顔を見られる。どうしたの?

 私がキョトン、としていると。


「不躾でしたね、すみません。なんだか……サティアに、似てきた、と思ってしまいまして」

「あ……たしかにちょっと似てるかも」

 サティア。修道院に行った私の従姉妹。

 確かに従姉妹だし、似てるとこあるかも。


「シモン先生……」

 そこへ、シモン様を呼ぶ声がした。そちらを見るとバーバラ先生が立っていた。

 ん? サイプレス先生じゃなくてシモン先生?


「ああ、バーバラ先生」

ちなみにバーバラというと名前のようだが、ノーラ=バーバラ先生だ。


「どうも、バーバラ先生」

 私は軽く膝を折るカーテシーをする。


「あら、ジェードさん。シモン先生のお手伝い? 偉いわね。でもこれはもう私がお手伝いするわね?」

 そう言うと、バーバラ先生は、私が持っていた荷物を少し乱暴に取った。


「……っ」

 バーバラ先生の少し長くてマニキュアが塗られている爪が私の手の甲をかすめた。


「あら、どうしましょう! ごめんなさい」

「おや……大丈夫ですか? アイリス」


「全然大丈夫ですよ! バーバラ先生のほうこそ、素敵な爪が割れたりしませんでしたか?」

「私は大丈夫よ。優しい子ね」

 バーバラ先生が申し訳なさそうに言う。


「ありがとうございます」


「それじゃあ、シモン先生行きましょう」

「あ、はい。そうですね。アイリス、お手伝いありがとうございました」

「いえ、ではまた」

 私は手を振って職員室に入られる先生方を見送った。


「……いたた」

 大したことないけれど、血がにじんできた。

 これは保健室に行って処理してもらわないと、うっかり制服とかに血がついちゃうかも。


※※※


「なんでオレのとこにすぐ来ないんだ」

「え、なにが?」


 保健室に寄って教室に戻った所、目ざとくもすぐにヴァレン君に手の怪我を指摘された。


「その絆創膏だよ。どうした」

「ちょっと事故でバーバラ先生の爪がささったの」


「……治す」

 薄く光る手を私の手に重ねる。温かい。

 最近は部活仲間ということで、聖属性魔法の恩恵をとても受けている気がする。

 これって結構破格だよね。

 聖属性の人ってめったにいないし、病院とかでも聖魔法の人に治療を希望すると高値になる。


「ありがとう。さすが、癒し系男子だね」

「おう。そうだ。オレは癒やす男だ」


 最近では癒し系男子という主張に違和感を覚えなくなってきた。

 私だけじゃなく、クラスメイトが怪我したりすると、治してあげてることに気がついた。


 それに、その言葉通り、最近一緒にいると――癒やされる気がするんだ。本当に。


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