19 ■ 逃走計画 ■
10日振りに学院へ来た。
いつもと違うクラスに入る。
新しいクラスの委員長が、私を席に案内してくれた。
廊下には許可された我が家の見張りが立っている。
珍しいことではあるが、ないことではない。
「アイリス、おはよう」
「おはようございます、エリアル様」
少しホッとしたのは、隣がエリアル殿下だったことだ。
王太子殿下が隣とか、通常なら大変恐縮で困るのだけど、それでも何度か会話を交わした人だし、ヴァレン君の幼馴染だと思うと、すこし安堵できる気がした。
あと何人か知り合いの子が事情を察して慰めを言いに来てくれた。
みんなこういう場合はどういう事なのか言わずとも知っている。
ちなみに、逆に家に歯向かった私のことを冷やかす悪口もたまに聞こえた。
前のクラスは仲良かったから、こんな事なかっただろうな。
別に仲の良い人たちでもないから、別に良いのだけれど。
「今日からクラスメイトだね。よろしく」
「もったいないお言葉です、よろしくお願いします殿下」
「そうだ。今日はお昼、僕のプライベートルームにおいで」
「え」
「このクラスに来た歓迎だ。お茶をごちそうしよう」
茶目っ気のあるウインクをされる。
あ、ひょっとして……。
「はい」
殿下のプライベートルームなら、見張りは入れない。
※※※
――思った通り。
殿下がプライベートルームに、私と同じようにヴァレン君を呼んでくれて、会わせてくれた。
「アイリス……!」
「ヴァレン君!!」
私は泣いてヴァレン君に抱きついた。会いたかった。
まさか思いを伝えたその次の日から会えなくなるなんて思わなかった。
「どうしてた?」
「部屋で謹慎させられてた。ヴァレン君のことはまだ黙ってるつもりだったのに、シモン様が……」
私は私に起こったことを話した。
「呆れたな。学院では優しい先生で通ってるのに、腹の底はそんなにクズだったとはな……」
ヴァレン君の声が低い。
無愛想な顔でいつも怒ってるのかと前は思ってたけど、本当に怒ってる時の顔と違うんだね。
「かなり強固な面の皮をお持ちだね。
そんなサイプレス先生は、以前の婚約者の事をかなりこじらせてるね。まあそれに囚われている彼は可哀想だとも言えるが、だからといって、君にまるで八つ当たりで婚約しようとするとは……相当歪んでいる」
殿下の目が細くなる。おそらく不愉快に感じていらっしゃる。
私はもう、父母が欠片も信じられなくなった。
兄とも一度話したが、気持ちはわかるが貴族としてはしょうがないから、自分を律するように言われた。
兄はガチガチに我が家の方針で固められて育てられた人とはいえ、優しいのでひょっとしたら、と思ったけど駄目だった。
今思えば私は自由にさせてもらっていたのではなく……跡取りではないから力をいれて育てられてなかっただけのかもしれない。
今まで愛してくれてると思っていた人たちは、いなくなってしまったように思える。
逆に。私のほうが裏切り者とも言えるんだけれど。
貴族の娘として育ててきたのに、方針を違えた裏切り者。
けれども。
だからといって、今回の私の扱いはまるで……モノ扱いだ。
例えば彼らが誠心誠意をもって今回の婚約を結んだのなら、私ももっと悩むだろう。
ひょっとしたら婚約を受け入れる方向で考えたかもしれない。
けれど、彼らは私を人として扱っていない事を知ってしまった。
格式重んじる貴族の家の娘だからしょうがない、と思いつつも、あまりにも人権がなかったことに愕然とする。少しくらい聞く耳はあると……もしくは私の意見は認めないにしても、優しい対処はしてくれると思っていた。
私のジェード伯爵家への愛情は、甘い幻想だったようだ。
ただ、逆に良かったのかもしれない。
思い悩まず、逃げる方向に舵を切れる、という事だけは。
「私、諦めたくないんだけど、どうしたらいいかわからなくて……」
下手なことをしたら、速攻で籍を入れられてサイプレス領へ送られかねない。
「それを聞いて安心した。あきらめてシモンと結婚するとか言われたらオレは立ち直れなかった」
ヴァレン君が私の手を取ってキスする。もう勝手に、とかは思わなかった。むしろ愛を感じる。
「アイリス。――唐突だが。オレと逃げても……構わないか?」
「え……?」
「ヒースで家族会議した結果。お前をさらって逃げて良いと許可がでた」
「「はい!?」」
殿下と私の声が被った。
「駆け落ち推奨!? ヒース領の考え方すごいな!? あ、僕は何も聞いてないからね、うん」
殿下が耳をふさぐフリをした。
慣れてくると、なにげに仕草がお可愛らしいのですね。殿下。
「か、駆け落ちは、私は構わないけど……ヴァレン君の家、考え方が思い切り良すぎない!?」
私も思わず、突っ込んでしまった。
「うちは両親がTPOをわきまえない恋愛脳だからな。また領主であるじいさんもお前のことを気に入ってる。錬金脳のじいさんの前でゴーレムなんかこさえたりしたら気に入られるに決まってる。……オレだけじゃない。ヒースが総意で、お前をジェードから奪…救うつもりでいる……!!」
「今奪うって言いかけたよね!? ヒースって錬金術師の家系だよね!? マフィアじゃないよね!? 怖いね!? いや、僕は何も聞いてないけど!」
殿下が聞いてないふりするのに必死でいらっしゃる。
「おう、喋ったら殺す」
「僕は王太子だよ!? 忘れてない!?」
「冗談だ」
「顔がやりかねない顔だ!?」
仲良いですね!!
「でも、駆け落ちっていっても……ガチガチに見張られてるし、逃げる先も」
「その辺りは心配するな。考えた。ちなみに逃亡先は海外の予定だ。これはとりあえずアイリスを連れ出せた後で話する。アイリスの意見も聞きたいからな」
海外……か。
地図でしか見たことないな。
「どうするつもりなんだ?」
「とりあえず、次のダンジョン探索授業を利用する。逃げる先についてはヒースに潜伏した後相談しよう」
「あ、そうか。あれなら私の見張りもついてこない……」
「なるほどね。その授業なら僕もいるから、なにかしら補助できるだろう」
「そうだ、護衛等、余計な人員はついてきてはいけないルールだからな。そもそも護衛がついてきては授業にならないしな。そこでアイリス、お前に行方をくらましてもらう」
「ど、どうやって?」
ヴァレン君は地図を取り出した。
「これはあのダンジョンの地図だが。次の授業で探索する予定の場所はここからここ」
「マークがいくつか入ってるけど?」
「お前、土魔法で小部屋作って隠れることできるよな? それ前提でマークつけてきたんだが。ダンジョンにも一応その場所にマークはもうつけてある」
「できるけど。あ、そうか。このマークがついてるどれかで隠れる事ができればいいんだね」
「それなら僕は、邪魔な生徒がいたら誘導したりして見られないようにしてあげよう」
「そうだ。このポイントは真上にトンネルを掘ってある。ポイントがあるところに小部屋を作れば、そのトンネルに当たるようにしてある。結構距離はあるが、魔力変質使ったり、ゴーレムを作って自分を抱えさせれば登れるよな? 一応横穴は何箇所か作って、休憩できるようにはしてある」
「うーん、できないことはないと思う、けど……手際いいね!?」
久しぶりの再会だけで終わるかと思ったら、まさか駆け落ちの準備までバッチリとは……。
「うちの生き字引のジジイが、この学院の出身者だ。あいつはダンジョンマニアで一度行ったダンジョンのことは調べ尽くす。さすがに何十年と行ってないから、と調べ直しはしてくれたが。その上で我が家の土堀が得意な連中で手分けして作った」
「ヒース総出!?」
「学院のダンジョンには侵入者感知の装置働いてるよ!? 良く潜りこんだよね!?」
「その装置作ったのヒースだし」
「そうだったね! いつの間にか生活に入り込んでくるヒース怖い!! 僕はやっぱり何も聞いてない……!」
「そうだ。ヒースはお前たちのおそようからはやすみまでを見張……見守っている」
「はやすみは良いけど、おそようは良くないんじゃないか、ヴァレン」
「今、見張ってるって言いかけたね、ヴァレン君……」
そういえば、気がつけば生活のあちこちにヒース製品はけっこうある気がする。
あれらに全部マージンがあるとするなら、ヒースの資産ってすごそうだ。
お父様とお母様はそれに気がついたとしても、やはり男爵家だから、という理由で一蹴するんだろうな……。
「そして、これは言いづらいんだが……お前が魔物に襲われたという証拠を誰かに見つけさせる。悪いが名前を捨ててもらうことになる。――これは本当にすまない」
――名前を捨てる。
寂しさを感じた。仕方のないことではあるけれど、慣れ親しんだ名前だ。でも。
「ううん。良い案だと思う。死んだことにすれば、不幸な事故ということでジェードとサイプレスの関係にもヒビは入らないし、シモン様の名誉が傷つくこともないし……死んでいるなら追われることもないよね」
ヴァレン君が、ぎゅ、と私を抱きしめて言う。
「ごめん、他に方法が思いつかなかった。もちろんオレも名前を変える」
「……そんな、それは」
自分が名前を捨てる以上に胸がギュッとした。
でも、何も言う事ができなかった。
そして予鈴がなって解散となった。
これで次のダンジョン授業まできっとヴァレン君とは話せないだろう。
それにしても……時間が来て聞きそびれてしまった。
おそらく言っても、気にするなといわれる事。でも大事な事。
それはヴァレン君が、家族と一緒にいられなくなるって事だ。
私を選んでくれることは嬉しいけれど、私は彼が家族を大事に思っているのを知っている。
それなのに私と海外なんて行ってしまっていいのだろうか……。
でもとりあえず、ジェードから逃げ出す事だよね。
後のことは、逃げられたら話す時間があるだろう。
サティアお姉様のように捕まってしまったら、という不安はある。
でも私はサティアお姉様よりかは、かなり恵まれている。
うまくいくかどうかは別として、助けてくれる人がたくさんいる。
お姉様達は、たった二人の逃亡だったはずだ。
辛かっただろうな……。
私はお姉様のことを反面教師にしていた。
家に背いてまで何故、駆け落ちなんてって。
私も確かにお硬い貴族の一員だったのだ。
今なら彼女の気持ちが痛いほどわかる。
ごめんなさい、サティアお姉様。
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