20 ■ 番狂わせ ■
そしてダンジョン授業の日。
緊張する。
ヴァレン君とはパーティが組めないため、今日は殿下と予めパーティを組む約束をした。
殿下は以前仰ってくださった通り、私のフォローをしてくださる。……なんてありがたい。
以前にも言ったが、このダンジョンは縦型で真ん中がぱっくりと吹き抜けになっている。
その吹き抜けの周りを螺旋階段で降りていき、各層探索する。
吹き抜けにもし落ちたら、その底は私が行きたいと行っていた、桃干潟なのだけれど。
今日でその目標ともさようならだ。
もしいつか、落ち着いて暮らせることができるようになったら、ヴァレン君に、似たような場所へ連れて行ってもらおう。ダンジョン探索、得意みたいだし。
地図は頭に入ってる。
緊張するけど、遠くでヴァレン君が見てくれてるし、傍には殿下がいてくださる。
よし、頑張ろう。
――なのだが。
何故かシモン様が、引率の先生の一人として現れた。
どうして……!?
「アイリス、私とパーティを組みましょうね。――婚約者ですし、ね」
授業の最初のパーティ決めの際、殿下とペアになろうとしたところ、シモン様がそう言った。
「……え、でも」
「サイプレス先生。婚約者だからって引率の先生が生徒のパーティに入るのは贔屓では?」
殿下がすかさず言う。
「そうですね……でもこの授業は見張りが介入することができませんので……ついバーバラ先生に我が儘を言いました。心配なんですよ、色々と、ね。では私がパーティに入れないのでしたら……アイリス、この授業を受けるのはやめましょう。ご両親にも伝えておきますね。さ、帰りましょう」
「え……! 困ります!!」
「どうしてかな? そもそも君のような令嬢が受ける授業じゃないでしょう」
「以前言った事ありますよ、授業の最終目的の桃干潟へ行きたいと」
「そんなこと言ってましたね。でもそれなら別のダンジョンでも僕が連れてってあげますよ。干潟があるのはここだけじゃないですし」
「サイプレス先生。とにかく今日は、アイリスはもう僕とパーティを組んだので連れて帰られるのは困ります。わかりました、あなたもパーティに入ってください。それなら良いでしょう。少なくとも今日のところは。こんな話をしていたら他の生徒にも迷惑がかかる」
「……そうですね。わかりました。殿下、よろしくお願いいたします」
どうしよう。今日失敗したら、次の授業を狙う予定だった。
多分この様子だとこの授業も取り上げられる。
今日上手く行かなかったら、別の案を立てないといけない。
「今日は――頑張ろうね」
殿下に背中をポンポン、とされる。
「――はい」
※※※
「アイリス、そういえば籍を早めにいれることになりましたよ」
「――」
知ってる。もう両親から聞いた。
「……」
殿下も無言だ。
「婚約式も前倒しで年末までに行う予定です。それが終わったら少し早いですが、もう私の屋敷に住んでもらいますからね。我が家の業務を覚えていきましょうね」
そう、つまり逃げ出さないと私は新年を迎える前にカゴの鳥にされる。
「サイプレス先生、授業中に個人的な話はやめてください」
殿下が遮った。
「ああ、これはすいません。……ですが、殿下にも知っておいてほしいんですよ。この子が誰の婚約者か、ということを。私はあまりにも彼女が可愛くて。惚気けてしまいましたね」
殿下が少し、ギョッとした顔をした。
――まさか殿下まで牽制してくるとは。
でも殿下がヴァレン君と仲が良いのは有名だから、懸念を伝えるのはわからないでもないが……やはり呆れる。
とくに私のことが可愛いなんて――サティアお姉様の身代わりに痛めつける予定のくせに。
「惚気ね。婚約したばかりだから理解できないわけじゃないけどね。――教師としてこれ以上はやめていただきたいですね」
「これは、ごもっともですね。大変失礼しました」
それにしても、まずい。
小部屋を作る予定のポイントを2つも見過ごしてしまった。
シモン様がピッタリ横についていて、とても小細工するような隙がない。
そして、シモン様はテームの……魔物使役学の教師。
属性は水属性だけれど、彼は魔物魅了という特殊なパッシブを持っており、魔物を手なづけて使役する戦い方をする。
先程から襲ってきた魔物のハチを全て手なづけては、ハチを他の魔物と戦わせたり、帰らせたりして、片手間なので、彼が魔物に気を取られて私から目を放す、ということがない。
関係ないけど、さっきから殿下とシモン様のイケメン二人のせいで女生徒の視線が熱い。
シモン様、モテるんだから愛してくれる女性と婚約すればいいのに……。
――ん?
バーバラ先生がこっちを見ている。
いや、睨んでる?
……そういえば、夏の舞踏会の時も……すっかり忘れてたけど。
ひょっとしてシモン様を慕われている?
教師同士だし、年齢も近そうだしお似合いじゃないですか。
シモン様、バーバラ様と婚約すればいいのに。
バーバラ先生、そんなに睨まないで……私はシモン様はいらないんですよ。
悩んでる間に、昼食タイムが来てしまった。
昼食場所は螺旋階段の壁にあいた、大きな穴の向こうに広がる巨大な鍾乳洞だ。
もう何十年も休憩場所として利用されてる安全なスペース。
魔物も湧いたことがないらしい。
チラ、とヴァレン君を目の隅で見た。
いつも一緒に昼食を食べていたから、寂しい。
無愛想顔でおにぎりを食べてる。少し姿が見れただけで心が温かくなる。
私は一人で昼食を取ることにした。
シモン様に、すこし一人になりたいと駄目元でお願いしてみたら、一人ならいいでしょうと、解放された。
もちろん、ヴァレン君とは遠い場所だ。
昼食を食べ終わった後、吹き抜けを気分転換にのぞいてみた。
深くて底が見えない、ちょっとブルっとする。
……でも、やっぱり、行ってみたかったな。桃干潟。
せっかく頑張ってもう何回かこの授業参加したのに。
それはともかく、このままフラッと抜け出して、ポイントまで行けないだろうか。
確かこの手すりの真下から少しいった場所にもポイントがあったはず。
お、落ちるフリして飛び降りてみるとか……いや、怖い、無理。
万が一、最下層まで落下したら、魔力変質しても絶対死ぬ。そんな強い防御できない。
おまけに桃干潟は食虫植物がたくさん生えてる。
下手したら食中植物のお口にホールインワンする可能性もある。
お口っていうかダイレクトに胃だよね。溶けて死ぬとかゴメン被りたい。
「う……」
吹き抜けをのぞくとヒューヒューゴーゴーと音がする。
何回除き返しても、万が一失敗したらと思うと無理。
その時、声をかけられた。
「アイリスさん」
「はい」
振り返ると酷く真面目で私を憎んでいる瞳のバーバラ先生が立っていた。
あ……嫌な予感がする。修羅場的な意味で。
「シモン先生と婚約したそうだけれど……あなたはシモン先生のことが好きなの?」
やっぱりー!
「え、いえ。家が決めた婚約なので、私の希望ではないのですよ。私は彼を恋愛的な意味で好きだったことはありません」
「それは嘘よね? 舞踏会の時もシモン先生の髪色に合わせたドレスにしていたでしょう」
う……これはちょっとしつこそうだ。
こんな時に、シモン様の痴情のもつれに巻き込まれるとは!
遠くで私を監視しているシモン様も訝しげにこっちを見ている。
シモン様! あなたの愛人が自分の婚約者に近づいて苦情言ってますよ!
ヴァレン君は排除しに来るくせに、自分の愛人は放置なんですか!?
「いえ、あれは偶然です。夏だったから涼し気な色をチョイスしていただけで。あの、バーバラ先生はシモン様とお付き合いされているんですか?」
「そうよ! まだ彼の……ここに彼の子供もいるわ! 彼は私と結婚するって言っていたのに……、なのに家同士で決まったからしかたないって言ってきたのよ! あなたが親に強引に頼んだって!」
……。
しーーーーーもーーーーーん!!!!!
「あの、それ違いますよ? 私だって親から強引に婚約を決められて」
「うそよ、私がこの子を産んだら引き取ってあなたが育てるから婚約してって言ったそうじゃない!」
シモオオオオオン!!
お飾りの妻とは聞いていたけれど、愛人の子供を私に育てさせるツモリだったの!?
てっきり……基本、私には屋敷で家の仕事させといて、愛人と子供を別棟で囲うのかと思ってたよ!
しかも、愛人は捨てて子供だけ奪うつもりだったの!?
「せ、先生。誤解しないでください、私はそのようなことは本当に」
バーバラ先生がヒートアップしてるのがわかる。危険を感じる。
一体シモン様は彼女をどういう扱いしてたの!!
――そよ…。
ふと、不自然な風の動きを感じた。
あれ? これって風魔法?、と思った時、声が聞こえた。
「――シモンは、私のよ。あんたみたいな小娘なんかに……っ!」
ドン!!
風魔法の大きな衝撃を受けて、私は手すりごと吹き抜けへと吹っ飛ばされた。
うあ……っ!?
「少なくとも――この子は渡さない!!」
憎しみと涙を浮かべた瞳でバーバラ先生が私にもう一撃、風魔力の一撃を飛ばす。
空中に放り出された私は、一瞬の出来事にその魔力をダイレクトに食らった。
「――っ!?」
――嘘でしょ!?
「アイリス!!」
――鍾乳洞の奥――とても遠くなのに、いち早く気がついたヴァレン君がこちらへ走り――
「アイリス!? バーバラ先生なにを!!」
――シモン様もこちらへ走ってくるのが見え――
「アイリス!!」
――殿下が光魔法を使おうと範囲に走ったが――
だが、私は落下した。
落下しかけたのだが――
ヴンッ
「――っ!?」
どこに潜んでいたのか。
魔物のハチ『デーモンフライ』にその身体を捉えられ――
「い」
いやーーー!と、叫んだつもりが身体のダメージであまり声はでず、その叫びとして不十分な声はデーモンフライの羽音にかき消され――私は、その魔物に連れ去られた。
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