21 ■ Die for me ■
※残酷な描写有り、閲覧注意 (とくに虫がだめな方)
「う……あ……っ」
私は痛みに気が狂いそうだった。
魔物ハチに連れて行かれたのは、巣だった。
私は洞穴の巣に放り込まれ転がり――転がった先で、彼らの大量の子供に囲まれた。
――私を見つけた途端、のそのそと動いていたそれらの白いイモムシのような幼虫たちが、信じられないスピードで私に飛びかかってきた。
幼虫といっても人間の3歳児ぐらいはある、結構大きい。
私は、少し対応が遅れて――自分の一部を――――"持っていかれた"。
恐らくそれは、今頃彼らの腹の中で消化中だろう。
腕や足などを大きく持っていかれたわけではないけれど、ようは何箇所かかじられちゃった、というわけだ………淡々と語っているようだけれど、実際は絶望している。
――これは欠損。
欠損は、失った部分があれば、治療できる人はいる。
しかし、欠損部分を失った場合は……聖女か高レベルの聖魔法使いしか治せないだろう。
そんな人はお金を積んでも、なかなか捕まらない。
――ひどい傷物、になってしまった。
そんな事が頭の片隅に浮かびつつも、人間というのは生きようとするもので。
慌てて魔力変質して身を固めて守り、彼らが興味を失くすのを待った。
彼らが私を諦めて散り散りになった隙にゴーレムを作り出し、私を抱えさせてその場からは逃げた。
幼虫達は巣の外までは追ってこなかった。
そして……巣の外は、私が行きたかったあの桃干潟だった。
ヒカリゴケが大量に生えているようで、薄明るく、視界に困ることはなかった。
ゴーレムが干潟の泥土に足を取られながら、ところどころ大量に生えている大きな食虫植物に注意しながら、進む。
ゴーレムの腕の中で、私は、自分に治療を施した。
魔法で土を練り上げて、欠損した部分に人体補強パーツとして取りつける。
戦争やダンジョン探索などで、欠損を起こした人に施す、土属性にできる応急処置的な魔法だ。
補強することにより、痛みなどもやわらげることもできる。
これは聖属性にもできない、見た目は悪いが生き残るには有効な魔法だ。
バーバラ先生の方から受けた風魔法のほうは、傷というより衝撃(ショック)だったので、これは私では治療できない。……痛い。
顔も多少かじられた……。
でも発狂しそうな痛みは抑えることはできた。
――けれど。泥だらけの傷物令嬢の出来上がりだ。
これならさすがにシモン様も私との婚約を破棄するだろうけれど。
……ヴァレン君は、こんな姿になった私を見たらどう思うだろう。
むしろ私の方が、こんな姿になってしまっては、二度と、会いたくない。
会いたくはないのに。
――ヴァレン君が、好きだ。
どうしようもなく、好きだ。会いたい。
抑えられない気持ち。
あれだけ誰かを好きになりたくないと思っていた私がこの体たらく。
駆け落ちした従姉妹の気持ちがわかる。
相手に夢中になる人たちの気持ちがわかる。
相手に瞳に映りたくて、泣き叫びたい。
でももう、何もかも終わったのだと、心が感じている。
婚約が決まった日から、全てを失ったと感じていた。
そして今から、どうやら命も失う気がする。
あと残りの魔力で何体まともなゴーレムを作れるだろう。
私を守らせるゴーレムが作れる間にここを脱出しないと、もう自分を守るものがない。
ふと、私を抱えあげるゴーレムを見た。
「……生き残ったとして、どうするんだろう、私」
絶望だ。
身体がガクガク震えて、涙が溢れ出す。
「……っ」
生きていてもしょうがない、と考えが至ったのに、それでも危険を考慮して声が漏れ出ないように口を抑えてしまう。
それでも生きていたい身体の欲求に抗えない。
私はしばらくゴーレムに抱えられたまま、桃干潟を眺めていた。
欲しかったものは一つは手に入ったのだな、と思った。
眺めてみたかった桃色の泥土。
ゴーレムから降りて、干潟に足を付けてみたり、手ですくってみたり。
たまに、ピチッと小さな魚が跳ねるのが見えた。
そうだ、こんな泥の中で。生きている魚がいるって図鑑に書いてあったね。
魚は桃色だった。本来の色なのか、泥の色なのかはわからないけれど。
こんな状態でこなければ、さぞかしテンションが上がったことだろう。
魚を狙った魔物がくるかもしれない。
また救援がくるにしろ、どのみち、魔力を保つためにどこか安全そうな場所に壁穴を開けて部屋を作らないと……。
再びゴーレムに自分を抱えさせ、その場を離れようとした時だった。
「アイリス……」
サーベルを手にしたシモン様が、驚愕した顔で立っていた。
「シモン、様」
こんな人でも、一応婚約者の私を探しに来てくれたの、か。
と、ふと有り難いな、と思った瞬間。
「どうした、のです……その姿は。ああ、なんということです……」
彼は私の無事を喜ぶでもなく、私の姿を示唆した。
ああ、既に彼はそういう人だって知っていたのに、期待してしまった。
「幼虫にかじられて、欠損しました」
声と唇が震えた。
「こんな……ああ、早くこんな授業やめさせればよかった!! こんな傷物になって……これでは婚姻できない!!」
なじられているのに嬉しい。
この人と結婚せずに済むんだ。
「バーバラ先生が、シモン様は私のだって私を突き飛ばしました。授業のせいじゃありません」
そう、あなたの愛人のせいで私はこんな目に。
「ああ、そうでしたね、まったく酷い話です。あの女……! 許さない!! そしてこれでまた婚約破棄ですか……? 冗談じゃない!」
「でも、しょうがないですよね」
私は淡々と会話に応じる。
「ええ、しょうがないですとも!! ですが、これで婚約破棄をしたら、私は傷物になった少女を見捨てた男になってしまう……! それは……許されない!」
そう言うと、シモン様はサーベルを抜いて構える。
「……シモン様?」
――突如、シモン様は、私のゴーレムの頭の部分をサーベルで切り落とした!
「な!?」
基本、ゴーレムの頭には、そのゴーレムを動かし形作る『核』を作成する。
シモン様は切り落としたそれをさらに切り刻み、ゴーレムの頭を粉々にした。
「きゃ……!」
ゴーレムは崩れて、私は干潟にばしゃり、と落下した。
「――っ」
とっさ過ぎて魔力変質が間に合わなかった。泥の上とはいえ、怪我もしているし痛い……!
見上げると、歪んだ笑顏のシモン様がサーベルを振り上げていた。
「シモン様、なにを……」
「死んでください、アイリス。私のために」
「は……い……?」
「あなたは、ここで魔物に食われて死んだ。そして、私は婚約者をまた失った可哀想な悲劇の男になる」
「……何を言って――」
――喋る暇もなく。
躊躇なく私の首を切り落とそうとサーベルを振るった。
「ううっ」
私はなんとか土の障壁を作り出してそれを防いだ。
「シモンさま……あなたは……」
すでに幻滅した相手と言えど、長年、家族のように慕っていた相手が、私を殺そうとしている。
だれか、嘘だと言ってほしい。
こんなに、こんなに簡単に切り捨てられるものだったの?
――私も。
ヴァレン君を好きになることもなく、言われるがままに伯爵令嬢としてのレールに沿って生きていたら、こういった事を当たり前だ、と思っていたのだろうか。
自分がいつか子供を産んだら、その子供にこんな酷いことをしても、それが当たり前だと思ったのだろうか。
さすがにそれはないと思いたい……!
「……っ」
私は再びゴーレムを――2体出現させ、一体をシモン様に向かわせ、その隙にもう一体に私を抱えさせた。
シモン様に向かったゴーレムは瞬時に破壊され、私を抱えたゴーレムは、足を止めた。
――不自然に水位が上がり、干潟に流水が流れ始めた。流れは早い。
「どこに行くんですか? 逃げられませんよ?」
水属性の魔法だ。
広範囲に水を流し、足の動きを奪う――ゴーレムが、動けなくなってしまった。
「なかなか骨の折れる事をしてくれますね、戦闘経験もないのに、賢いですね。アイリス。さすが土いじりが大好きなだけあって、知恵がまわりましたね、褒めてあげましょう。
そして良かったですね。大好きな土や泥の中で――死ねるじゃないですか」
あっけなくゴーレムが破壊される。
私は、また落下した。
水というクッションはあれど、また痛みが走る。
「あぐっ……」
流水はとてもはやくて、もはや動けない。
私だって護身術程度はやらされてはいるが、戦闘に長けてる人から逃げるなんて奇跡のレベルだ。
ああ。もういいか。どのみち生きてたって、しょうがないのだから。
ここまで頑張って抗ったんだから、もう心折る自分を許そう。
私は、両耳のピアスに触れた。
私は家族や周囲に愛されて育ったと思っていたけれど。
親なんかより断然短い付き合いだというのに、私が欲しい愛情をくれたのは彼だけだったようだ。
心の中で、ヴァレン君にさよならを告げて俯いた。
目を閉じて、刃が自分を貫くのを待つ、妙に長く静かな時間。
きっと最後だろう涙が落ちそうになった時。
――ドゴ!!!!!
すごい音がして、思わず見上げたら、ヴァレン君の魔力変質した片足がシモン様の頬にクリティカルヒットしていた。
「みっ」
マルちゃんが旋回してるのが目の端に写った。
マルちゃんで急降下した勢いを利用した蹴りだったようだ。
「……がっ…!?」
シモン様の顔が曲がっていき――そのまま蹴られた勢いで一回転して結構遠くまで吹っ飛んで泥土と流水に沈んだ。
「てめー! よくもやりやがったな!! 二度とまともな顔で生きられると思うなよ!! ……アイリス!」
私はハッとして俯いた。
かじられて顔も体も、見せられるような状態じゃない……。
「アイリス、大丈夫か……!?」
着地したヴァレン君が、バシャバシャと流水の中を駆けてくる。
「ありが、とう……」
私は小さな声でお礼を言うのが精一杯だった。
「アイリス……」
いたわるような声がとても近くで聞こえる。嬉しい……けれど素直に喜べない。
こんな泥だらけで、醜い姿になって。
本音のところは、見られないでこのままここで腐ちたかった。
バサ、とヴァレン君が外套をかけてくれた。
「もう大丈夫だ。良く頑張った」
ぎゅ、と抱きしめて治癒をくれる。
痛みが消えていく。
「欠損したのか……これは、相当痛かっただろ。土魔法でこんな工夫できたんだな、おまえ。すばらしいぞ」
「え……」
私は少し驚いた。欠損した私を見ても、心配する以外、少しも態度が変わらない。
「どうした? 酷い格好だな、少し泥落としてやる」
彼はタオルを取り出して、すこし流水の上辺に浸した後、私の泥を拭き落としてくれた。
泥で隠れていた欠損部分も見られてしまった。
「巣に放り込まれたのか」
私はコク、と頷いた。
「怖かったな。悪いがこれだけの欠損治すのには魔力を少し確保したい。だからここを脱出してからになる。ごめんな」
またギュッと抱きしめて背中をさすってくれた。
え……。治せる……?
「え、でも欠損って……、それに失った部分はもう……」
「安心しろ。これはオレでも治せる。あとオレじゃなくてもヒースには治せる人間があと二人いる」
抱きしめたまま、頭を優しく頭を撫でられる。
……え? これを……治せるの!?
私は驚愕した。
ここまでの欠損を失った部分もなしに治せるのって神殿の偉い人か聖女では……!?
「今ならオレしか見てない。だから、この後このままヒースへ行って治そう。そうすれば、お前が傷ついた事はそこのクズしかしらない。綺麗に治ってればそのクズ一人騒いだ所で誰も信じないだろ」
「でも……ヴァレン君は?」
「ん?」
「こんなになってしまった私のこと、嫌にならないの?」
「なんで嫌になるんだ?」
「治るとしても、今のわたしのこの状態って忘れられない見た目だと思う。人によっては相当ショックを受けると思う」
「ああ……お前が何を気にしてるのかわかった。そこで倒れてる貴族みたいなやつなら、一度傷がついたら修復しようと欠陥品とか言いそうだが。さすがにあんな奴と一緒だとは思われたくないぞ。
オレ自身、欠損したことあるし、弟妹たちなんてもっと酷い怪我をしたことがある」
彼の手が私の欠損した頬を包む。
「むしろそんな酷い怪我をしてるのが痛ましくて――そしてお前が心を痛めているのが伝わって、つらい」
「……っ」
「そりゃ、欠損なんてしないほうが良いに決まっている。けどな、たとえお前この欠損が治らないとしても、オレの気持ちは変わらない。オレがこんな事でお前を嫌になるとでも思ったのか? こんなに大好きなのに」
そういって彼は唇を重ねてきた。
血の味がする。
ここに来るまでにいっぱい怪我したんだ。
治癒しながら進む彼も血の跡は残る。
大丈夫だ、と言いながら、額や頬、手にもキスしてくれる。
「拭いてはもらったけど、私、泥だらけだよ……こんな成分がわからない泥土……口に入ったら身体壊すかもしれないよ……」
涙がボロボロ出てきた。
「オレ聖属性だし大丈夫」
欠損を補う補助土にもキスを落とす。
「だからって……だからってね」
「大丈夫……ほら、鎮静の魔法もかけてやる」
そして、また強く抱きしめてくれた。
彼の体がうっすらと光る。
先程からの精神的なショックがぼんやりと和らいでいく。
こんなに。こんなに優しい人だとは思わなかった。
――大きな安堵を覚えて、私も彼に抱きついた。
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