22 ■ Turn the other cheek ■
一方、シモン様が――よろめきながらも立ち上がり、こちらへ近づいてきた。
「きぇ、貴様……! これ、は……よくも私の顔を! 私はアイリスを助けに来ただけですよ!! なんてことをするんですか! 治しなさい!!」
すごい衝撃だったんだろう、シモン様の顔が曲がってる……。
よく喋れるなぁ、と思うくらい。
「うっせぇ! 嘘つくんじゃねえよ!! アイリスにサーベル振り上げてたじゃねえか!! 誰がてめーの顔なんぞ治すものか。
ああ、そうだ。バーバラ先生、お前の子供を妊娠してるってよ、このクズカサノバが。うちのじーさんが調べたけど、他にもガキがたくさんいるんだろ! アイリスと婚約するよりそっちを娶ってやれよ!」
「……え、たくさん!? そんなにいるの?」
驚愕だ。愛人はいるだろうと思ってはいたけど……!
「あなたには関係ないですし、どうしてあなたに指示されなくてはならないのです?
ヒース君、君に口を出す権利はない」
「ある。もう決めた。何があろうとアイリスはオレが貰う」
ギュッと肩を抱かれる。
「……っ」
私はかけてもらった外套で顔を隠して泣いた。
うれしすぎて、心が元気を取り戻していく。
「どのみちお前はもう殺人未遂罪で終わりだろ。アイリス殺そうとした。オレは通報する。おまえは炭鉱に就活して終活しろ」
「……証拠が、ありませんよね。不義密通しているあなた達の証言だけです」
「汚らしい言い方すんな。お前と違って青少年として清く美しい関係だ。まだ」
まだ。 ……そ、それは余計な言葉じゃないかな!?
「シナリオを変更します。私は、あなた達に襲われて返り討ち、としましょうか。私は婚約者に裏切られ、手を下すしかなかった可哀想な男となりましょう」
サーベルに魔力をまとわせる。
彼は王宮騎士団に誘われる実力があったはずだ。
ヴァレン君と私では――
「たしかに、すでに顔が可哀想だ(ぼそ)」
煽った!?
シモン様は、醜悪な顔になって、ヴァレン君を睨みつけている……。
「アイリス、あいつがやる気だから、しょうがないから少し付き合う。無視しても追ってきそうだし。悪いがもう少し待っててくれ」
「え、やるって……シモン様は王宮騎士団誘われるくらい強くて……心配だよ」
「そうか。とりあえず、殺さないように気をつける」
「はい?」
「騎士団に誘われてるってことは騎士団に入って訓練してないって事だからな」
「え、いやまあ、それは……うん、そうなんだけど」
そういうと、ヴァレン君は近くの食中植物の茎に手を伸ばして、大きめの魔石を取り出し埋め込み――呟いた。
「〚プラントシェルター〛」
ムクムクと、食虫植物が成長し、ヴァレン君の捕まっている茎に連れられて、桃干潟から抜け出す。
その茎の中央が割れて膨らみ、大きな鳥カゴのような部屋が出来上がる。
え、これってドライアド……精霊魔法?
……たしかこれ、かなり上位の魔法だったと思うけど。え?
「ここ、入ってろ」
「え、ええ」
作り上がる過程で、私はその鳥かごの部屋へ押し込まれた。
魔石から魔力が流れて、植物が魔力変質で覆われている。
よく見ると魔石になにか文字が書き込まれたパーツが取り付けられている。
ひょっとして、これって錬金術で補助を組み込んでる?
「なんですか!? このシェルターは! く……! 固い!」
シモン様が少し根本をサーベルを叩きつけるが、
シモン様も見たことないんだ。
「おい、人ん家(ち)にいたずらすんな。マル!」
ひ、人ん家(ち)……言い方!!
「み」
空中を旋回していたマルちゃんがキラキラとした光をたまに落としながら戻ってくる。
そういえば、あの稀に光ってるのなんなんだろう。
「マル、えーっと……【Broad Sword】…… あー。幅広めで。あと平たく」
「み……」
マルちゃんが……剣になった! というか! 最後のほうの指示!
ルチアに昔連れてってもらった麺屋さんを思い出した……麺硬めで、とかそんな感じのノリに聞こえるよ!
「な……。そういえばあなたの家は錬金術師の家系でしたね。それはお家芸ですか?」
桃干潟の上に流れるシモン様の流水が範囲と早さを増した。
シモン様が魔力を追加したんだ!
あ。足がとられちゃうよ……! 私もさっきそれで逃げられなく――
「〚プラントウォーク〛」
桃干潟から、食虫植物がむくむくと生えてきて、大量のそれが、ヴァレン君の足場を作る。
流水の意味なくなった!?
足場が出来上がると、シモン様のほうへ、ヴァレン君は飛ぶように走った。
足に魔力を付与してるのが見える。
ちょ……早い!?
「なっ!?」
彼はそのままブロードソードを構え――
「これは神属性を帯びた魔王をも貫く剣! 今その属性は特に必要ないがな! いけ! えっと、神剣丸!」
神属性!? なにそれ……?
そして、しんけんマル?……多分それ今、適当に名前つけたよね!?
マルちゃんは結構かっこいい剣を形どっているのに……その名と見た目がそぐわない!!
「み”ーーーっ」
マルちゃんから苦情のような鳴き声が! 名前が気に入らないんだね……!
なお、後日私は、対魔王の属性である神属性というものが本当にある事を知った。たしかにシモン様相手にはそれは意味がなかった。
「歯ぁ食いしばれやあ!!」
その奇襲は成功し、バチコーン!!と、ブロードソードの切っ先でも刃先でもなく。
中心の平たい部分で顔をひっぱたいた!
それ、ブロードソードでやる必要あったんですかね!?
それをやるに相応しい別の武器なかったの!?
「ぶへっ!?」
シモンさまの歪んでた顔がまたさらに歪んだ。
「反対の頬も出せ!! もう一発! うぉら!!」
「ぐぉっ!」
バチコーン!
反対からまた叩いた!?
あ、ちょっと顔が矯正されてちょうどよく……、じゃなくて!
ねえ、どうして!? どうして顔ばっかり狙うのヴァレン君……!?
そしてヴァレン君は、のけぞったシモン様の頭に手を伸ばそうとしたが――
「なにすんだてめえ!! 顔ばかり狙いやがって!!」
シモン様が汚い言葉で怒り狂って躱し、その手を払った。
「チッ! (……魔力を吸い取って気絶させてやろうと思ったのに)
さっきお家芸と言ったな。お家芸というより我が家には家訓がなんとなくある。"敵の顔は潰せ"」
ヒース家の家訓だった!
君の家の家訓、何故そんな事に!? しかもなんとなく!? どういう歴史!?
「あなたの家はマフィアですか? ……まさか、普通科の生徒が……私の間合いに入ってこんな……! しかも剣で殴るなんて一体……! ヒース家は錬金術以外にも対人術に長けているとでもいうのですか!?」
そう、シモン様は腕に覚えがあるはずだ。
学生時代、騎士科の選択授業で騎士団の勧誘を受けたと仰ってた。
それに対してヴァレン君は、普通科だ。
武力を所持している領地でもない。
普通科でも軽く剣技は習うけれど、騎士科やその選択授業をとっている生徒みたいな強さはないはず。
……それとも小さな頃から冒険者業やらされてるって言ってたから場数が違うとかかな?
「オレの剣の稽古相手は今や王宮騎士団長と互角のエリアル王子様だぞ。
なのにお前みたいなレベル低いヤツに遅れをとったら王子に一生からかわれる。それは困……あ、なんか腹立ってきた。……おまえに小さい頃から王子のご指名で相手させられ続けたオレの気持ちがわかるか……!? オレはちょっと聖魔法が使えるだけのただの普通の少年だったのに……! そして家にいたらいたで、素材集めだと言われ、ダンジョンに駆り出され……! くっ!」
すごいネタバレを聞いたけど、これは愚痴だ!?
回想と愚痴が入りはじめた!?
思い出し怒りしてるのか、ちょっと涙目だよヴァレン君……!
「はあ!? そんなあなたの事情、今関係ないでしょう!? しかし、まさかそこまで殿下と懇意にしているとは……!」
さすがにこれはシモン様に同意したい。
「いや!ある!! 少なくとも――妙ちくりんな縁のせいではあるが、要は、お前よりかは、鍛えてきたということだ!! いや、ちがう! 鍛えさせられ続けた……!! そいやー!!」
そ、そいやー!?
隙を見逃さず、今度はシモン様が構えているサーベルを『叩く』。
バキッ……!!
サーベルは、折れた。
「ぐっ……!」
衝撃で、柄も取り落とす、シモン様。
手が痺れたのか、片手でサーベルを握っていた方の手を支えている。
「センセー。ほらもう、サーベル折れたし、終わりにしよう。お前もう確か他に武器持ってなかったろ。それくらいは観察してたからな。……あきらめて自首するんだな」
とてもつまらなさそうな顔で、ブロードソードで肩叩きしてる。危なくない……?
そして私自身がシモン様から逃げ回っていたのが馬鹿に思えるほど、シモン様が弱く見える……。
「自首など。何故私がしなくてはならない! 大体お前が私とアイリスの間に割り込んでこなければ、アイリスも私と普通に婚姻を承諾しただろう!」
「お前が求めてんのは、アイリスじゃなくて従姉妹のサティアさんって人だろ。アイリスを代わりのサンドバッグにすん……ん?」
ヴン……ヴン……と、ハチの音がした。
「ハチの……デーモンフライの羽音が……」
その音に私は、デーモンフライに攫われた時の、私を掴んだその足の感覚を思い出して、ゾクリとした。
桃干潟にハチが大量に集まってきた。
――シモン様が、デーモンフライを呼び寄せている。
デーモンフライを操って、私達を殺すつもりだ。
「う……」
口元を抑えた、吐き気がする。
「先生そういえば手懐けのプロでしたね。別の意味でも。うわ……気持ち悪いくらい呼び寄せたな」
それでもヴァレン君に慌てた様子がない。
「あなたはいちいち、尺にさわる話し方をしますね!」
シモン様がデーモンフライをヴァレン君に一点集中してけしかける。
「うっわ」
ヴァレン君がドン引きの表情を……ドン引き……?
「……驚いた。お前……テームの教師、だよな?」
デーモンフライが飛びかかった先――ヴァレン君の周りに、ザ……! と彼を守るように食虫植物が口を広げて立ちふさがった。
「あ……」
さすがに私にもわかった。
あれは、ごちそうパーティでしかない!!
私は、目を覆った。
想像がつく、絶対見たら阿鼻叫喚だ。トラウマでしかなくなる!
ただでさえ自分がかじられたトラウマで今後苦しみそうなのにこれ以上は無理!!
ヴァキャッ! とか ゴギャァ! とか。
嫌な音が聞こえていっぱい聞こえて――
「な……! ああああ!?」
途中からシモン様の悲鳴が聞こえた。
見たくない! 見たくない、けど何が起きたか気になる!
ヴァレン君は大丈夫なのかな……!
見るの怖い……無理! ごめんなさい……!
――しばらくして、音がやんで。
それでも私は怖くて顔を覆って目を閉じていた。
「…………アイリス」
肩に手がおかれる。ヴァレン君の声だ。
「アイリス。大丈夫か……いや、大丈夫じゃないな。こんなに震えて」
良かった、無事だったんだ。
私は鳥かごの外を見ないように、ゆっくり目を開けた。
それと同じタイミングで、ヴァレン君が抱き寄せてくれた。
「ヴァレン君。怪我してない?」
「怪我してもオレは聖属性。問題ない」
「それでも、心配はす……ん」
キスされた。
「大丈夫だから」
と言ってはキスを続ける。
そうしながらも彼の少し体が光ってる、多分私の気分を落ち着けようと、再び鎮静の魔法をかけてくれてるんだろう。 癒やすことに徹底してる。
「そ、そういえば、シモン様は?」
「ああ……。自分でテームしたデーモンフライを裏切ったせいでデーモンフライに逆襲されるという自滅エンドだ。死んではいないが意識は失っている。見かねておれは途中で奴を助けてしまった」
「裏切り!?」
「天敵に飛び込めって命令してしまったんだから、デーモンフライにとってはあいつが裏切りものだ。先行した仲間のハチが食虫植物に食われるのを見て、テイマーを見限った。この場限りの契約で信頼の高いテームでもなかったみたいだしな。数も多かったから、手軽なテイムだったと思う。普通科の学生二人なんて、っていう舐めた態度してるからああなる」
シモン様はテームができる割に、懇意にしている魔物はいなかったはず。
シモン様みたいなタイプにとって、魔物と懇意にする、というのは貴族の品位に関わると考えていたのかもしれない。
「さすがにおっさんを抱える趣味はないから、助けを呼ぶ」
そういうと、ヴァレン君は、例の紙飛行機を取り出して飛ばした。
しかし、その紙飛行機をすぐにパシッと受け取る手があった。
「僕も抱えるならレディが良いな」
見ると、紙飛行機を手にし、光球に包まれたエリアル殿下がゆっくりとシェルターの外で浮かんでいる。
「エリアル。いたのか」
「君より遅れたけどね。 出ていくより、録音してた。立場的に暗躍のほうが向いてたし」
「録音……」
「そこの教師と、君たちのイチャイチャがバッチリ入った音声」
「なっ!! 消せ!!!!」
ヴァレン君が真っ赤になって叫んだ。
「うあ……! い、いちゃいちゃ……!?」
恥ずかしい!
「え、でも。シモン先生の君たちを殺害しようとしてる証言録れてるよ? いいの?」
殿下、なんですかその楽しそうな笑顔は。
「……うっ!?」
「そ、それは……」
「これ、裁判で流したら、シモン先生が何を言おうと君たちが罪をかぶることないんじゃないのかな」
「……」
「……」
「まあ、イチャイチャ部分も流れて聞かれちゃうけど。裁判に来た人全員に……」
いやーーーーーー!!
「いや、録音機材お持ちなのは知ってましたけど!! 編集とかできないんですか!!」
私は思わず殿下相手に叫んでしまった。
「そんな事したらこの音声の信用度が落ちるじゃないかー。いや、ははは、アイリス元気でたね、よかった」
これは元気とは違うと思います……!! ああ、ウイステリア姫もこうやっていじられたんですね!!
「……はあ、まあ、しょうがないか。正直その音声はとても助かる。アイリス、逃亡するのは一度リセットだ。これで婚約破棄は間違いないから、逃げる必要がない」
「あ……そういえば、そうだね」
そうだ、少なくとも婚約はなくなる。
けど、これ、私は修道院コースじゃないだろうか……。
「また何か心配してる顔してるな。とりあえず、その欠損を治そう。ヒースに今から連れて行く。エリアル、この場の後始末任せていいか?」
「しょうがないね。生徒会長の僕の前で起こった事件だ。僕が処理するのが筋だろう。ただし、事情聴取はきっちりするからね」
「おう……大きな借りができた。今度何か埋め合わせする」
「いいんだよ。埋め合わせならいつもしてもらってる。友達を助けるのは当たり前だからね。
……というか、ヴァレン、わかってないね」
「何がだよ」
「僕だってヴァレンを失いたくないって事。……君が駆け落ちしなくて良さそうで、僕は今とてもホッとしているんだよ? ヴァレン」
「――」
ヴァレン君が言葉を失った。
そうだ。殿下だってヴァレン君が大好きなんだ。
私達の駆け落ち計画を後押ししてくれてはいたけれど、きっと心中はとても寂しかったに違いない。
「……そ、そうか。まあ、その。さんきゅ。」
そういうヴァレン君は少し狼狽した感じで、お礼を言った。
めんどくさい、っていいながらも、彼もきっと殿下が好きだ。
ずっと心の片隅にあったけれど、やっぱり彼には何も失ってほしくない。
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