16 ■ Full Moon ■
自宅について、入浴をすませたあと、侍女に頼んでサンドイッチを作ってもらった。
後夜祭でヴァレン君と何か食べるかと思って待っていたから、何も食べてなかった。
ベランダで月見サンドイッチしようと、部屋へ運んで持ってきたけれど、食べたいと思った時期が過ぎてしまって、なんとなく紅茶だけ飲んでる。
「……ヴァレン君」
なんとなく、名前を口にした。
いや、なんとなくじゃないな。寂しいんだ。
ずっと彼の事を考えてしまう。
私は恋に支配されている。
「なんだ」
ヴァレン君の声がした。幻聴か。私ヤバいな。
「大丈夫かなって」
幻聴でもいいや。
なんとなく、その幻聴に答える。
「大丈夫になったから来た」
「そっか……」
「……」
「……?」
――ベランダの目の前に、マルちゃんに乗ったヴァレン君がいた。
「ゔぁ!?」
「しーーーーーーーーっ!!!……ずかにしろ! 声を出すな!!!」
侵入者に口を塞がれた!!!
「むーーー! むーーーーーー!!」
そのまま、部屋まで引きずりこまれる。
おかしい! 私の部活仲間が! 私の部屋に侵入を!!
我が家の見張りどうした! 役に立ってないよ見張り!!
「………声を出さないなら、手は放してやる……」
まるで賊だ!? 光り物を持ってないだけで賊そのものだ!?
私はコクコクと頷いた。
「よし……騒ぐなよ」
賊ぅ!!!
「お金ならあげるので命だけは……」
「強盗じゃねぇよ!? ……てかなんだその薄着はー!?」
いや、本当に強盗ですって!
強盗は私の寝巻姿を見て赤面してそっぽを向いた。
「まさか不法侵入者に部屋着のことで怒られるとは思わなかったよ……。というか。普通に寝巻なんですが? ほら……ガウン羽織ったからもう大丈夫だよ。で、大丈夫になったから来たってどういうこと?」
賊に気を使う日がくるとは思わなかった。
「……子供は無事生まれた。やはり予定より早いからケアが必要だがな。でももうそれは病院の仕事だ。
ルチアも無事だ。オレも無痛分娩の約束を果たしてきた」
「ほんと!? よかった! お疲れ様、ヴァレン君」
私はベランダへ行って、サンドイッチを持ってきた。
「何も食べてないんじゃない? サンドイッチ食べる?」
「ああ……そういえば何も食べてなかった。頂こう」
紅茶を注いで、サンドイッチを出して上げた。
「お前も食え」
一つ口に突っ込まれた。
「もふ」
「お前が食べようとしてたんだろ」
タイミング良くこんなのあったら気がつくよね。別に食べなくても良かったんだけど。
ソファに座って二人でモグモグタイムする。
「母子ともにちょっとまだ不安はあるが、病院の聖属性持ちが当直で担当になったからまかせてきた。聖属性持ちがいるならまあ、大丈夫だろう。途中で旦那や家族も来たしな……ああ、流石にちょっと疲れた。数時間ぶっ通しで魔力を使ったから、枯渇寸前だ」
ヴァレン君は、サンドイッチをいっきに平らげ、紅茶を飲み干し、そのまま隣に座っていた私の膝に倒れ込んだ。
……ちょ、ちょっと。
でも、顔に疲労の色が見える。珍しい。魔力が本当に空っぽなんだろう。
「文化祭でもいっぱい働いたし、こんな夜遅くまで出産立会いしたんだもんね。そりゃ疲れるよ」
私は、ヴァレン君の額に手を当てた。
「魔力わけてあげる」
魔力保持者同士は、ノウハウさえ習っていれば、魔力の受け渡しができる。
私はそっと魔力を彼に流し、分け与えた。
「あ……悪いな。正直これは助かる」
「これからまたヒースまで帰るんだから、魔力はあったほうがいいよ」
「そうだな、でもその前に」
ヴァレン君は起き上がって私の手を取った。
「月を見に行こう」
「え」
「後夜祭、一人にして悪かった。そんなに時間は取れないが、一緒に満月を見る約束は守りたい」
「えっ、いや、それは、でも!!」
もう夜遅いよ!?
しかし、彼は私をグイグイとベランダに引っ張られていき、マルちゃんを呼び出したかと思ったら、強引に私を乗せた。
「わ、私寝巻なんですけ(口塞がれた)」
賊ーーーーーーー!!
我が家の見張りに見つかることもなく、マルちゃんで飛び立つ賊。
はっ。そういえばなんで私の家と私の部屋の位置知ってるのこの子???
しばらくすると、口から手が放れた。
「……ねえ、ヴァレン君。どうして私の家と私の部屋の位置を」
「実は……少々調べました。詳細は省かせてください」
「どういうこと!?」
「そういえば、サンドイッチ美味かった、ゴチそうさまでした」
話題そらそうとしないで!?
「あのね、いくら友達だからってね、前から思ってたから、そろそろひとこと言わせてもらうけれど――」
その時、大きな満月が目に入った。
「……」
とても綺麗な月をまのあたりにした私は、彼への苦情が止まってしまった。
「後夜祭のあと、ここに連れてこようと思ってた。
ここは他より月が綺麗に見える。余計なもんが他にないから」
地上を見ると月明かりにうっすら照らされた森が広がっている。
街などの人工物は一切見えない。
連れて来られたのは、森と星空と月だけの世界だった。
「わ……」
私はその景色に見惚れて思わず立ち上がった。
切る風も心地よい。
「あ」
風にぐらついて、倒れそうになった。
「あ、おい。いくらなんでも立つのは危ない」
ヴァレン君が、そっと私を支えてくれた。
「あ……そか、そだね。ありがとう」
最近では、マルちゃんに乗ることに慣れてきてしまって、ついやってしまった。
ヴァレン君がゆっくりと私を座らせてくれたけど、そのまま向かい合わせに抱きしめられて、頬を寄せられた。
とても近い、近いというか、近い。
「それで誰が、友達だって?」
耳元で声がする。
「そ、そういえば、友達じゃなくて部活仲間だったっけ」
私も彼に抱きついた。
答え合わせがはじまった。
鼓動が早くなる。
マルちゃんがゆっくり森を旋回するなか、ゆっくり話す。
「多分どっちも違うと思うんだが」
「そんな……気はするよね」
私達はしばらく無言になった。お互い言葉を選んでいる気がする。
そうだ、そういえば……。
「つ……月が綺麗ですね」
授業覚えてるかな。言ってみた。
すると、ほんの少し抱きしめる腕が少し震えたあと、私の頬を彼の手が包んだ。
「そうだな。月は綺麗だ」
そう言って、じっと私を見てくる。
その瞳が真摯すぎて、心の底まで見られている気がして――私は怖気づいた。
「つ、月ならあっち――」
私は、空に月を探した。あれ、ない。
「いや、オレが欲しい月は、ここにある」
彼はそういった後、唇を重ねてきた。
「――」
彼の背後に満月を見つけた、と思ったあと私は目を閉じた。
幸せだ、と思った。
恋なんてするものじゃない、とずっと考えてきたのに。
この幸せと引き換えに、誰も好きになりたくないとは、考えることができなくなってしまった。
その長年私が連れ添った恋に反抗する思考を裏切ってでも添い遂げたい気持ちにさせる。
私の世界は完全に塗り替えられてしまった。
それほど彼の腕の中は心地が良いし、重ねた唇は離したくなかった。
「アイリス」
しばらくして、名前を呼ばれた。
「オレはそのうちお前と一緒になりたい。お前をヒースへ連れていきたい、と思っている。ヒースに住むことは抵抗あるか?」
「そんな抵抗は全然ないけど……と、唐突だね」
要は結婚前提という話がしたいんだろうし、そ、そうであってもらわなければ困るんだけどとまどうな。
「時間がないように感じるからな。お前の婚約が決まってしまわないか、と毎日ヒヤヒヤしている。
うちの家も、お前の心が手に入らないなら婚約申し込みはさせないと言われていた」
――!?
「ご家族、私達のこと知ってるの!?」
えっ、それちょっとどころじゃなく恥ずかしいんですけど。
「モロバレだ。むしろオレは最初からじーさんにお前を嫁にしたいと打ち明けている! それでなくてもうちの家族は、隠し事はできない……! 観念するんだな!」
「嘘でしょ!? 私がのほほんとヒースに遊びに行ってたのに対してご家族は一体どう思ってたの!? 恥ずかしいよ!!」
「おそらく母さんのほうは何も考えてないから安心しろ! お前をヒースに連れて行ってたのも、家族のほうとの相性を見る必要があったからな……会ってないやつもいるだろうが、まあ概ね大丈夫だろ。大体、うちの屋敷に常駐してるのはじいさんと母さんだし。とりあえずお前はじいさんには気に入られてる。大丈夫だ」
「仕組まれてる!!」
私は真っ赤になって脱力した。
一緒に土いじりをのほほんとしたアドルフさんも、一緒にお茶したブラッド君も、プラムさんも……
これがうちの嫁になるかもしれないのか、と言う目で見られていたのかもしれないの!?
「おう。罠にかかったなアイリス。お前はオレだけではなく既にヒースにロックオンされているのだ。逃げれると思うなよ……」
「怖い! ヒース怖い!?」
ちょっと涙目になった。
「怖くない……怖くない……」
「何故急にそんな怖い笑顔な……む!?」
茶番になってきたところで、キスされた。
というか、口で口を塞がれた、といったほうが正解に近い。
「ムードがなくなる。おとなしくしろ……」
それは聞き捨てならない!?
「既にないよ!? 君のそのセリフがさらにムードをマイナスにしてるよ!? それにそれ好きな子に対するセリフじゃないよね!? 完全に賊……っん!」
またキスされた。
あ~~~もう。
しょうがないので、私は大人しく投降した。
私はため息をついて言った
「私、ヒース、好きだよ。正直、私にとっては理想的な嫁ぎ先だよ。
まったく、どうしてくれるのかな。私には君のところへ行ける自由がないのに」
「それは、自由になるならオレのとこへ来てくれるってことでいいのか?」
観念しろ、とか逃げられると思うなよって言っておきながら、変なの。
「んー……なにより、君が好き」
状況に少し慣れてきて、やっと私は微笑んで言えた。
「……っ!」
ヴァレン君がのけぞった。ちょ、ちょっと!!
「落ちるよー!!」
「すまん」
そういって、再び抱きつかれる。
「大好きだアイリス。ずっと傍にいてくれ」
可愛い子供みたいな笑顔で言われる。嬉しい。答えたい。でも――
「……うん、と答えたい」
私はまだそれに応えることができない。
問題は家だ。
「そうだな。今はお前の意志じゃどうにもならないんだった。
けれど、オレはオレのほうの条件をクリアした。だからもうお前の家に婚約申し込みはできる。できるだけ早く準備する」
「ありがとう……とりあえず両親に言ってみないとどうなるかはわからないもんね」
「おう」
めいいっぱい魔力を使って働いてきたはずなのに、ヴァレン君の笑顔が明るい。
私はどんな顔をしているだろう。……ずっと顔が熱い。熱だしてるみたいな顔かもしれない。
私は探してもいなかった宝物を手に入れてしまった。
ただ、残る一抹の不安に対して、
誰にも取り上げられないように、隠してしまえたらいいのに、とも思うのだった。
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