15 ■ 文化祭 ■


 明日からいよいよ文化祭。

 今日は最後の準備の日。

 グラウンドには、我がクラスの館が立った。

 なかなか良いアトラクションになったのではないだろうか。 


 そして、クラスの中でも、ちらほら……男女で二人で仲良くしてる子たちが目についた。

 その子たちを見るたびに、心が落ち着かない。

 私もヴァレン君と二人でいたりする時は、他の子からそういう風に見られているのだろうか。


 というか最近は、ヴァレン君を探している人がいる時は何故か私に居場所を聞いてくる人が増えた。

 もう駄目だ、周りにも、やはりそういう風に認知されている。


 それでも私達はだいたい、ルチアも入れて3人でいる事が多かった。

 ルチアは、後夜祭を学校最後のイベントにしたいらしく、それまでは頑張りたいらしい。

 だから、最近ではわりとヴァレン君がつきっきりだ。

 

「一部の人間に、オレの子じゃないかと疑われている……」

「あっははっはは!!」

 そのせいで、最近は白衣を羽織るようになった。医療班アピ。気分的なものらしいけど。

 ルチアは爆笑してるが、一度、ルチアの将来の旦那さんにも疑われた。


「親切が仇で返ってくるとはな……」

 顔が怖い。


 文化祭も医療班というのは有り、そちらからも来てほしいと言われてるらしいが、ヴァレン君はルチア専属を貫いている。

 ヴァレン君と知り合ってから、学校の他の聖属性の生徒が治療する姿も目に入るようになったけど、治す速度が全然違う。

 聖属性科の先生がたまにクラス移らないか、と勧誘に来てるのも見るし、たまに神殿の人が数人きて、学長室に呼び出されるのも見た。

 「勧誘しつこい」

 顔が不機嫌。

 段々顔が無愛想になった訳がわかってきた気がした。



「あ……」

 ルチアがふらついた。

「大丈夫か」

 ヴァレン君が支える。


 最近よくあることだけれど、ルチアを連れて、ヴァレン君が保健室へ向かった。

 ルチア、本当に大丈夫かな……無理してるようにも見える。


「ヴァレンは、最近元気にしてるかな」

 二人を見送ったあとしばらくぼんやり立っていたら、声をかけられ振り返ると、王太子殿下が立っていた。


「王太子殿下にご挨拶……」

 挨拶制止される。

「普通に同級生として話してくれないかな。僕も息抜きになる」

 そう言われてしまっては、そうするしかない。


「あ、はい。ヴァレン君は、元気ですよ。最近は私の友達の専属医師になってますけど」

 私は苦笑気味に伝えた。


「そうだね。先程それを見かけたけれど、以前より表情がいきいきしているね」


 そういえば、王女様はあれからどうされているのだろうか。

 今になって思えば、私は彼女の言う通り、彼女の敵だった。


「妹やエンジュなら大丈夫だから、気にしないでね。本当に迷惑かけたよ。すまなかったね」

 察したかのように話してくれた。


「い、いえ! とんでもない!」

 王太子殿下に謝られるなどとんでもない!


「二人共、根が悪い子たちじゃないから恋の病が癒えたら、普通に幼馴染として戻ってくるはずだ。

 あの子たちも、婚約者探しが忙しくなって来てたからね、ヴァレンは彼女達にとって居心地のよい相手だったんだ。それが二人共ヒートアップしていたから……」


「ことさら熱くなってしまってたんですね……そういえば、姫様達はご両親から婚約者を決められたりしないのですか?」 

「ああ、そうだね。一応親からの紹介はあるけれど、よほど変な相手でなければ自分で選ぶ自由はあるみたいだよ。今の所はね」

 そうなんだ、羨ましい。

 自分で選んでいいのなら、私は……と考えたところでヴァレン君の顔が浮かんだ。

 ああもう、最近何か考えるときに一番に顔が浮かんでしまう。


「ヴァレンに負担が行ってたのは、実はちょっと僕も気にしていたんだ。だから僕も昼休みよく、君たちの教室に行くようにはしていたんだけれど……最近は君とよくいるようだね」


「あ、はい。部活仲間で仲良くしてもらってます」

「そうか。良かった。……卒業後も仲良くできそうかい?」


 卒業後なんて、私は私が自分でどこで何してるかも想像つかない。

「それは、わからないですね……手紙のやりとりとかならできるかもしれませんが」


「そうか、まあそうだよね。そうだ、手紙と言えばウイステリアとエンジュから君とヴァレンに手紙を預かってるんだ」

「ええ!?」

 恐れ多くも王女様から手紙を頂くなど、ちょっと受け取る手が震える。


※※※


 温室に行って、ヴァレン君と二人で手紙を開ける。

 ヴァレン君は白衣のポケットに片手を突っ込んで目を細めて手紙を眺めている。


「読むの怖い?」

 私がそう言うと、びっくりした顔をした。

「な、なんでわかっ!? ……あ。くそ!!」

 口元を抑えて赤面した。ふふふ。


「読むフリしてる気がしただけだよ。はい、リラックスしてー」

 ヴァレン君の背後に回って肩を揉んだ。

 家で侍女がたまにやってくれるのを真似してやってみた。


「……オレは聖属性だか……あ? ………」

 癒やし方面は必要ないって言われるかと思ったら、おとなしくなった!?

 少し顔を覗き込んだら、猫が日向ぼっこしてるみたいな顔になっている。


「……聖属性以外の人間から与えられるリラックスはどうかね? ヴァレン君」

「くっ……。まさかこんなことが!! すみません、もう少しお願いします」

「あはは。私は、癒やし系女子になれたかな?」

「……」

 ん? なんで黙るの。


 ヴァレン君はそうしてしばらく黙ったかと思うと、少し振り返って私の耳元で囁いた。

「……お前はもうずっとオレの癒やしだよ」

 な。

 何を言って……。

 私は固まった。


 だ、だいたいここには二人しかいないのに、なぜ耳元でささやく必要が!!


「続きお願いしますよ、顔が赤い癒やし系女子さん」

 切れ長の目が妙に色っぽく見える……。うう……。


「てっ。手紙をちゃんと読んだら続きやってあげます」


 私は撤退して、椅子に座った。

 自分がもらった手紙を読む……!


 エンジュ様からは以前のカフェでのことを、ウイステリア王女様からは、この間の詰め寄られた事を謝罪するお手紙を頂いた。

 ウイステリア王女の手紙に私はすこし、フフってなった。


 以前私に酷い詰めより方をしたことを謝った事をはじめ、実はあの場の音声を殿下に録音されており、

自分がいかにはずかしい事をやっていたか、冷静になってきた頃に聞かされるという嫌がらせをされた、という愚痴まで書いてあった。

 なんだ、こんな可愛い人だったんだ……とホッとして微笑ましく思ったけど。ん?

 ……録音!?


「殿下って録音機器持ち歩いてるの……?」

「あいつは色々ひみつ道具持たされてるはずだ。油断できない。忘れがちだがあいつは王子だ」

 私は忘れたことないけど!?

 

 そんな事を口にしながら、ヴァレン君は、ウイステリア姫からの手紙を優しい目で見ている。

 私がそんな様子を眺めていると。


「姫とエンジュが、ごめんて。しばらく時間を置くけどちゃんと幼馴染に戻りたいって言ってくれた」

 とても安堵した顔で微笑んだ。


 やっぱり気にしてたんだね。

 彼が大事なものを失わなくてよかった。 

 あんな事になっても、失わないこともあるんだね。


「よかったね。よし、ちゃんと読んだから続きで肩揉んであげる」

「おう」

 私は彼の肩をマッサージしながら、思った。

 彼が好きだ。そして彼も私を好きだ。


 もうわかっている答え合わせをするのは、もうすぐ。


 けれど従姉妹の事件が頭をかすめる。 

 つまり私はその後夜祭の先の未来が不安だった。




※※※



 ――文化祭の最終日。


 お化け屋敷はちょっとしたダンジョンのような出来で、初日からかなりの阿鼻叫喚が響いている。

 私が作ったゴーレムは、ヴァレン君がいたずらで書いた3本ひげを取りつけたから、お客に結構笑われている。うん、お笑いパートゲット。


 結構な人気で整理券を急遽発行する事となったり、と忙しくもなったりもして。

 最終日の今日も、壊れたゴーレムの修理やら、お客の列整備やらでいそがしい。

 ゴーレムの修理というのは、たまにビビりすぎたお客さんがゴーレム壊しちゃうのだ。

 しょうがないなぁ、もう。


「ふぉ」

 整理券を手書きで作っていた所、口に綿菓子をくっつけられる。

「しろひげ」

「な、何してくれるの!?」

「差し入れだ」

「普通に渡せないのかな……?」


「あんたたち、仲良しね」

 椅子でだれてるルチアが言う。


「まあな。同じ部活だし」

「同じ部活だから仲良しだね」

「あきれた、まだその路線を維持してるの? あんたたち……」

「ろ、路線って」

「同じ部活だと言ってるだろう。まだ」

「まだ……ね。へえー」

「な、なに……」

「別にー?」


 思えばルチアにはきっと婚約祝いをしていた頃にはすでに見抜かれてたんだろうな。

 好きな人がいるなら親に言ったら? とか言われてたものね。

 自分ですら気がついてなかったのに、鋭い。

 そんなに私、ヴァレン君への態度違ってたんだ。恥ずかしすぎて泣きたい。


「せ、整理券、でできたよ! これで今日の分は足りるかな!」

「おつかれさま。あなた達二人でちょっと見て回ってきたら? 係の子きたらそれ渡しておいてあげるから」

「え、ルチア一人で大丈夫?」

「大丈夫よ。ここで座ってるだけだし」

「わかった。具合悪くなったらこれ飛ばせよ」

 ヴァレン君が紙飛行機を置く。


「さんきゅー。ほんと助かるわ。いってらっしゃい」


 お言葉に甘えて、私達は二人で見て回ることにした。

 なんだかんだ、まだ回れてなかった。



「あ、チョコバナナだ」

「オレも食う」

「そういえば天ぷらアイスもやってみたかったなぁ。来年やれるといいな」

「食い物系も大概いそがしそうだけどな。あえて人気でなさそうな展示品にしてオレは時間に縛られずプラプラしたい」

「ヴァレン君らしいなぁ」


 チョコバナナを食べながら、展示品を見て回ったり、イベントを見て回った。


 休憩しようと、中庭のベンチに腰掛けた時、

「……ルチアがちょっと心配だ」

 ヴァレン君が、グラウンドの方を見てポツリと言った。


「ルチア、良くないの?」

「正直、入院していてほしい、とは本人には言ってはいるんだが」

「え、そんなに調子わるいの? 学校来てちゃだめじゃないそんなの……」

「まあ……学校にさえ来てしまえばオレがいるからな。逆に安全とも言える」

「頼りになるな……妊婦の味方だね、癒し系男子」

「おう、オレはいつか聖女を超えてみせる……!」

「目標が規格外だ!?」


「まあそれはともかく、ルチアが意地でも学校に来ているのは、マリッジブルーなんだそうだ」

「え?」

「今まで生きてきた環境が変わることに不安を感じているらしい」

「ああ……」


「気持ちはすごくわかるかも。私もまあ……いつまでも子供でいたいっていうか大人になりたくない、と思うことは多々あるし」

「そうか」

「ヴァレン君はそういうのないの」

「環境の変化のほうは気持ちはわかるが。大人になりたくないとか、ないな。何故ならオレは大人になるつもりはない」

「はい!?」


「ちょっとした言葉遊びみたいなもので、言っておくが成長するつもりがない、というわけではないぞ。

大人になりたくない、などと、言ってみても結局は肉体が成長すれば勝手に大人にされる!

 結局は無理矢理大人にされるわけだから、自分でなろうなどと無意味。したがってオレは、大人になるつもりがない、と答えることになるだけだ」


「超理屈っぽい!!!」

 急に、大人とはなにか、という命題が生まれた。


「だいたい大人ってなんだ。精神年齢を擬人化して映像化する装置作って見たいぞ、オレは。絶対そこらじゅうガキだらけだ」 

 ヴァレン君は、頑固なおじーさんとかになりそーだなー……。


「今、何を考えた……?」

「えっ!? 顔こわ!? 大したこと考えてないよ? あ、ほら美味しそうな揚げもの売ってるよー?」


 ヴァレン君を食べ物に誘導しようとしたところ、ヴァレン君の頭にコツ、と紙飛行機が落ちてきた。


「その飛行機は!」

「チッ」


 紙飛行機を握りつぶすようにして、ヴァレン君は何も言わずダッシュして走っていった。

 私も走ったけど、早くてとても追いつけなかった。何あのスピード……。

 というかルチア!!


「はあはあ」

 お化け屋敷の控室にやっとついた時、ヴァレン君は全身を強く光らせて白衣をかけたルチアを抱きかかえていた。これ、かなり魔力使ってる。

 クラスの皆も心配そうに見ている。


「ルチア……意識が」

 息を切らせて駆け寄ったけど、意識がない。



「大丈夫だ。痛みを消して眠らせた。ただ、出産予定よりかなり早いが生まれる、これは。

 通ってる病院へ送ってくる。マル……でてこい 【Glider】」

「み」


 私は窓を開けた。

 クラスから何だあれ! みたいな声聞こえるけど、気にしてる場合じゃない。

 ヴァレン君は、マルちゃんに飛び移ると、私に言った。


「悪い……後夜祭無理かもしれん」

 私は首を横に振った。


「そんなのより、ルチアをお願い。二人共がんばって」

 私は身体を少し乗り出して、ルチアと、ヴァレン君、二人の頬にキスをした。


「……おう。よし、めちゃくちゃ頑張ってくる」

 少し驚いた顔をして、ヴァレン君は飛び立って行った。

 マルちゃんならあっという間に病院に着くね。


 ――その後の後夜祭。

 私はお化け屋敷控室の窓から一人で満月を眺め待ってはみたけれど、やはりヴァレン君は帰ってこれなかった。


 今頃、ふたりとも頑張っているんだよね。

 ――神様、ヴァレン君とルチアをお守りください。

 私はそう、月に祈った。



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