11 ■ いやです ■


 ――制服が夏服になってしばらく。

 セミの声が聞こえてくるようになった頃。

 学院で突如、王女殿下に廊下で呼び止められた。


「あなたが……アイリスかしら?」

 私は慌てて頭を下げる。

「王女殿下にご挨拶申し上げます……!」


 当然ながら周りの注目を浴びる。


「顔はお上げなさい。そしてちょっと、こちらへいらっしゃい」

「は……はい」


 腕を引っ張られ、廊下の端に連れていかれる。

 もうすでに用件はわかった気がする。

 王女様の顔は涙目で怒りにあふれている。誤解とけるかな。


 

「……私はヴァレンに婚約を申し込んでいたのよ。今までは断られていても再申し込みは受け付けてもらっていたのに、それができなくなったわ」

「は、はあ」

 エンジュ様と同じパターンですね。

 しかし、その苦情は私に言われても、どうにもならないのですよ、姫様!!


「……最近、ヴァレンとあなたが一緒にいる事が多いみたいだけれど、あなたのせいかしら? あなた、私が昼休みにヴァレンのところへ通っている所見てなかったのかしら?

とても良い度胸よね? この私からヴァレンを奪うつもり?」

 

 こういった経験は皆無ではない。他の女生徒でも似たような事はあった。

 あとになって恋が冷めた後に、誠心誠意、謝られたこともある。どうかしてたって。


 ただ冷静に考えて、私はいわれのない言葉の暴力を振るわれている。

 やはりこういった面において恋は罪悪(ざいあく)だと思う。

 

「え、いえ。そんな……。あの、部活が同じで」


「誤魔化されないわ。私は最近観察していたのよ。……私やエンジュと、ヴァレンの態度が全然ちがう。想わぬ伏兵だったわ、あなた」

「態度が違うのは、ぶ、部活仲間だからじゃないでしょうか……」


 困った。

 確かに、私がヴァレン君と最近行動が多いのは確かだ。

 部活仲間というより、もう完全に友達だと思う。

 弁明がしづらい。


「そんな訳ないでしょう。まずは、あなたが部活をやめるか、ヴァレンを部活から追い出してちょうだい」

「いやです」

 あっ?! 私、今なんて事を。しかも即答だった。王女相手に。まずい。でも。

 ……でも、ヴァレン君と部活できなくなるのは、いやだ。


「なんですって」 

「えっと、その……部活二人しかいなくて、その」


「そこまでだ。ウイステリア。やめなさい」

 エリアル殿下だ。私は慌てて頭を下げようとしたが、それは構わない、と制止された。


「お兄様。口を出さないでください。この女は私の敵です!」


「じゃあ、今日からオレもお前の敵だ。ウイステリア」

 背後から肩を抱かれた。


「ヴァレン……」

「ヴァレン君」

 ヘルプは嬉しいけど……えっと、何故肩を抱く必要が? 誤解がヒートアップしない? 


「こいつはオレの部員だ。そしてオレは部長だ。人事はオレの手にある。お前がどうこう手を出すことは許さない」


「私が一体何年、あなたを想ってきたと? それを……こんな、急に現れた女に!!」


 姫が肩を震わせてる。

 顔はすでに泣いている。

 私は自分が悪いわけではないのはわかっている。

 それなのに、こんな悲痛な顔をされたら、非常につらい。


「ウイステリア。お前の気持ちは痛いほどわかる。だが、これは八つ当たりだ。彼女にはなんの罪もないんだよ。わかるね? 本当にヴァレンに嫌われてしまうよ?」

 エリアル王太子殿下が、そっとウイステリア姫の肩を抱く。


「……お兄様……っ」

 エルアル殿下に抱きついて泣く姫。


 ざわざわと。人だかりができ始めている。


「これはまずいね。ヴァレン、僕はウイステリアを連れていくから、君達もここを立ち去ったほうがいい」

「ああ、ありがとう。エリアル。アイリス、こっちだ」

「え、あ?」

 先程から頭がクラクラする。


 王族に呼び止められ、説教され。

 ヘルプが入ったかと思ったら、そのヘルプは王族を呼び捨てにし、さらに敵だとのたまい、勝手に私の肩を抱き手を引いて歩いていく。

 そして私は私で、王族の要求に即答で嫌だと言ってしまった。


「大丈夫か」

 気がつくと、ガラスの温室だった。


「あ……うん」

 私はお弁当をいつも食べてるテーブル席に座らされた。

 椅子は気がついたらもう一つ増えていた。

 ヴァレン君用だ。それに彼も腰掛ける。


「巻き込んですまない。さっき姫から迫られて断ったら、お前の所へ走って行ってしまった」

「ああ、それでいきなり、あんな……。どうしようもない事とはいえ、胸が痛むね」

「多分、オレは幼馴染を二人失う」

 彼はいつもどおりの無愛想で淡々とした顔だけれど、その瞳に哀しみの色が浮かんでいる。


「……」


 やはり、恋はするものじゃない。


 それまでの関係を賭けてまで、違う関係に発展させたい気持ちを否定はしないけれど。

 それまで大切にしていた人間関係が失われるなんて、すごい損失だと思う。


 でもやはり、ブラッド君が言ったように、恋じたいは罪ではないのだ。

 なんてタチの悪い現象。


「……私は大丈夫。つらいね、ヴァレン君」

 私は黙ってヴァレン君の頭を撫でた。

 しばらくすると、その手を取られて、キスをされた。


 う! また! 勝手に!

 いや、私も勝手に頭撫でたけれども!


「アイリス、ありがとう、部活から追い出さないでくれて」

「え?」


「姫がオレを部活から追い出せと言ってたのに、おまえビビリもせずに断ってくれた」

「あ。いや、その。だってそんなのおかしいし……」

 だいたい、ヴァレン君が人事係じゃない。


「おかしくても、王族に言われたらその通りにしてしまってもそれが、普通だから」

「……うん、そうだね。でも私もまた部活一人になるの嫌だったし」


「昔から姫は、オレの周りの女友達をこっそり排除してたのを知ってた。でも、幼馴染だからと、見ないふりをしてた。皆、ビビっていなくなった。初めてだ。断ってくれたやつ」

「……え、えと」


 顔が、あつい。

 取られた手を彼の頬に当てられる。

 う、うあ……。手、手が震えてきた。


「……なんだ、また手が荒れてるじゃないか」

 癒しを流される。

 顔が優しい。瞳が優しい。いつもの無愛想な顔は、どこへいったの。

 ふと、彼の唇が目に入る。形がいいな、とか思――私は何を見ているの!?


「あ、ありがとう」


 ――チャイムが鳴った。

 私はホッとした。ああでも、こんなハプニングあった後、授業ちゃんと聞けるかな。


 そしてまた手をひかれて私は教室に戻るのだった。


※※※


 その次の時間は詩の授業だった。

 聞いてるだけで良い授業でよかった。

 私はまだ震えでプルプルしている。


 外国の詩だそう。

 黒板に先生がその一文を書き出す。


 "The moon is beautiful."


 ヴァレン君を目の隅で見る。

 無愛想な顔で授業を聞いてる。最近は、わかる。これは退屈してる。

 私は何をよそ見しているんだろう。授業中だよ。

 

 「――このように、この詩人は愛している、と直接言わずに、月が綺麗ですね、という事で気持ちを伝えたのですね。みなさんも愛の詩を誰かに送る時は利用してみてくださいね」


 主に女子から、ヒソヒソ声が上がる。

 へ、へえ……。ロマンチックですね。

 私はこういう情緒があまりないから詩の授業は苦手だったりする。

 それにしても言われたとして、こんなの、なんて返せばいいのよ。


 ヴァレン君が手を挙げた。 ……はい!?


「はい、ヒース君」

「これ、なんて返すんですか」

「古い詩なので、色々と説があります。有名なものだと "死んでもいいです" と言い表す場合もありますね」


 ……し、……死っ!?


 それは死ぬほど愛してるってことだろうか。それとも違う意味なんだろうか。

 どちらにせよ、私にはヘビィな話で、聞いたら胃が重くなった。


 周りの女子がまた色めき立っている。

 みんな恋バナ好きですね!!


 これ……私解釈ですと、恋したら死ぬって事になるんですけど!

 飛躍しすぎ? 私おかしいのかな!?


 目の端に着席するヴァレン君が映る。

 ――目が合った。


「(ニコ)」


 微笑まれた!  ……う、うううっ。

 そして、多分。

 私は引きつった笑顔を返した。


 

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