12 ■ 夏休み ■


 ――夏休みに入った。

 ヴァレン君とは一ヶ月以上会えないんだね。


 彼も夏休み前から忙しそうにしてた。たしか自分の会社……というか診療所を作るんだったっけ。

 見に行きたいけど、行き先を家に言わなくてはならなくなる。それは避けたい。


 婚約してない令嬢ではあれ、特定の男の子と懇意にしているのを知られたら、部活をやめなさいって言われるかもしれない。

 従姉妹の事件もあったから、そのあたりはお父様も敏感かもしれない。


 隣の領とは古く強い縁がある。

 従姉妹のおこした事件は、その信頼にヒビを入れるようなものだった。

 だから、部活動仲間だといっても、聞き入れてくれないかもしれない。


 でも、私もせっかくできた部活仲間を大事にしたい。

 少なくとも来年にはお別れする仲だ。せめてそれまでは……。



「じゃあ、行きましょうか。アイリス」

「はい、シモン様」


 今夜は舞踏会だ。

 夏休みはお茶会や舞踏会をいくつか予定を入れられてしまった。

 私も結構忙しい。

 多分それらには、私の婚約者候補がチラホラいるのかもね。

 私は伯爵令嬢としての仮面をかぶる。

 

 エスコートが必要なものはお兄様やシモン様が引き受けてくださった。

 今日は夏だしなー、と気軽に涼しげな水色のドレスにしてもらった。

 あ、よく考えたらシモン様の髪の色に合わせたように見えるかも。


「……会場で一番綺麗だよ。アイリス」

「いやですわ、シモン様。シモン様も素敵です。女性の視線が釘付けですよ」

 貴族スマイル、と私が勝手に呼んでるすました笑顔で、シモン様にも答える。

 

 疲れるな。

 ドレスは綺麗だし着るとそれなりに嬉しいけど、やっぱりあまり好きになれない。

 窮屈で、苦手。

 私が結婚するような家庭は絶対必須だろうな。

 一生お別れできないアイテムなんだな。そう思うと気が重い。


 そういえばヴァレン君と、パーティって行ったことないな。

 ……というか、ヴァレン君の家は、とても行きそうな家柄ではないな、うん。


 でももし、行ったとしたら無愛想な顔でエスコートしてくれるんだろうな。

 その顔を想像したら、ちょっと楽しくなった。

 彼と踊ってみたい。


 シモン様と一度踊った後、シモン様の傍に次々女性がやってくる。

 カッコいいもんね。シモンお兄様。


 うちの従姉妹のせいで危うく『捨てられ令息』みたいな醜聞になるところだったけど、もともと女性に人気があったのに加えて『悲劇の美形令息』みたいな、女性が好きそうな尾ひれがついて、さらに人気がでた。


 そんな事があっても、変わらず我が家と接してくれる優しいお兄様だ。

 どなたか優しくて彼を愛してくれる人が見つかるといいな。

 ん? あれ、バーバラ先生がいる。……あれ、不機嫌そうな顔だ。どうしたんだろう。


 見ていたせいか、目が合った。

 キッと目つきがきつくなった。


 え……?


 しかし、その時、どよめきが起こった。

 そちらを見ると、とても美しい桃色の髪の貴婦人がダークブラウンの髪の男性にエスコートされて入場してきた。

 ……え!? ヴァレン君!? いや、ちがう。

 きっとブラウニーさんだ。ヴァレン君のお父さんだ。

 うわ、かっこいい。初めて見たけど、アドルフさんと同じくらいかっこいい。


 そして会場のどよめきは、その美しい桃色の髪の女性――プラムさんを見た人たちのものだ。

 ヴァレン君のお母さんが会場中の視線を持っていく。

 プラムさんも、着飾るとまたヒースにいる感じとは全然違う。エルフとはまた違った、人間ではない美しさを感じる。

 ……年齢いくつだっけ? やばくない? 


 ふとシモン様も見惚れているのが目にうつった。


 リーブス公爵閣下と婦人がヒース夫妻のところへ向かい、楽しそうに、談笑している。

 噂通り、仲が良い。


 ほんと、不思議な家系だな、ヒース男爵家。

 他の貴族の嫉妬を買いつつも、爵位が男爵家に甘んじていることや、平民同然の生活で脅威になりえないと想わせて溜飲を下げてくる家。

 生まれた子供は、すべて、聖属性。

 どちらかというと、取り込みたい貴族が多いはず。


 それにしてもヒース男爵家がこういった夜会に来るのは珍しいはず。どうしたんだろ。

 私も……挨拶したいな。ブラウニーさんとか話したことないし。

 でも人でいっぱいだ。



「ジェード伯爵令嬢」

 その時、聞き慣れた声がした。

 ――見ると、正装したヴァレン君がいた。


「ヴァレン君」

 まさか、会えるとは思ってなかった。それもそんな、正装した姿で。

 ……かっこ、いいですね。

 普段の制服姿と全然ちがう。いつも無造作に流している髪も、綺麗にセットして、制服もいつもタイを緩めてラフな着こなししているのに、今日はキッチリと……まるで貴公子のお手本であるかのように立ち姿も美しい。

 き、きちんとしたら、こんなに……ステキなんですね。

 ちょっとびっくりしたよ。

 いや、元からかっこいい子だな、とは思ってはいたけども。


「久しぶりですね、お元気でしたか?」

 ヴァレン君が、私の手の甲にキスをする。

 うあ。


「なんてな。普通に喋っていいか?」

「も、もちろん」


 むしろ普通に喋ってほしい。

 かっこよすぎてドキドキしすぎてしまう。


「げ、元気だったよ。ヴァレン君は? 診療所はうまくいきそう?」

「おう。ノープロブレムだ。……なんで目を逸らすんだ?」

「い、いやちょっと、目が疲れてて」

「ふーん?」

 癒やしの光をサッと流される。

 しまった、癒し系男子だった!


「どうだ? 調子良くなったか?」

 笑顔が優しい。ヴァレン君じゃないみたいだ。

「う、うん。ありがとう」

「今度は俯いてるのか」

「あ、えと。こういう所で会うのってはじめてだから、その気恥ずかしくて」

「慣れてそうなのにな。へんなやつ」

 ヴァレン君に言われたくないよ!? 


「踊ってくれますか?」

 手を取られたまま、放さずそう言う。どっちみち連れて行く癖に。

「良いですよ」


 私達は曲の途中だったけれど、踊りに加わった。

「足踏んだらごめんね」

「構わない。その代わり一回につき1ドリンク奢ってもらう」

「そんな約束したら、お小遣いなくなっちゃう」

「そんなに踏むのか!?」

 驚愕した顔が面白い。


「そんなに踏むわけないじゃない。へんなの」

「てか、お世辞抜きに上手いよ、お前」

「貴族教育ちゃんと受けてますからね。ヴァレン君だって、ちゃんと踊れてるんじゃない」

「まあな。仕込みはじいさんだ」

「アドルフさんてなんでも教えてくれるんだね」

「器用貧乏な生き字引だな。まさにジジイ」

「それは褒めてるのかな……?」

 アドルフさんがいない所でもアドルフさんをいじっていくスタイルなの?


「そういえば、ヒース家が夜会にくるなんて珍しいね」

「おう。オレが頼んで連れてきてもらった」

「え、ヴァレン君が夜会に参加したがるイメージないな? 顧客獲得とか?」


「……いや、アイリスに会いたくて」

「――」

 ま、真顔でこっち見ないで欲しい!


「今日のは規模がでかいって言うから、来てるかなってふと。夏休み長いし……会う理由もないか……たっ!?」

「あ、ごめん!」

 へ、変なこというから! 足踏んじゃったよ!


「問題ない、オレは聖属性だ」

「それでもごめんね。

 あと、会いに来てくれてありがとう。ヴァレン君いると退屈しなくて、楽しいんだよ。私」

「そか」

 この曲、こんなに心拍数あがるやつだったっけ。

 少し息が苦しい気がする。


「綺麗だ」

「えっ」

 曲が終わる寸前に囁かれた。

 顔が熱い。

 さっきシモン様にも言ってもらったのに、なんだか全然違う言葉のように感じる。

 なんでこんなに心臓がぎゅっとするの。


 ――曲が終わった。

 夜会の終わりまで一緒に話したいと思っていた所に――


「アイリス、そろそろ帰りましょう」

 その場から引き剥がされるように、私を強めに引き寄せる手があった。

「あ、シモン様」


 あ、そうだった。シモン様にエスコートしてもらってたんだった。

 パートナーほったらかしにしてしまったかな?

 でもシモン様もひくて数多だったはずだから……大丈夫だよね?


「あれ、先生」

「どうも、こんばんは。ヒース君」

「先生がパートナーだったのか?」

「うん。いつもお兄様かシモン様がパートナーなんだ」

「へえ……」


「では、馬車が待ってますので」

「もうそんな時間? ヴァレン君、また、学校でね」

 私はにっこり笑って手を振った。


「……おう、じゃあな」

 ヴァレン君は手を振って見送ってくれた。


 ちょっとしか一緒にいられなかった。

 夏休みあけが待ち遠しい。


 早く夏休み、終わらないかな……。




※※※


 その後の夏休みは、シモン様と約束していた通り、お兄様と3人でお茶したり私がやりたかった魚釣りをしたり、ピクニックに連れてってもらったりした。


 そういえばシモン様ともいつまでこんな風に遊んでもらえるんだろう。

 シモン様か私に婚約者ができるまでかな。


 婚約者か……。

 おそらく知らない人と婚約するんだろうけれど、その場合、知らない家に嫁いで、知らない人たちと仲良くして……怖い。


 バルコニーで一人ぼんやり空を眺める。


 ふと、ヴァレン君の顔が浮かぶ。

 ヴァレン君のおうちみたいなとこがいいな……。


「(はっ)」

 私は何を考えてるんだろう。

 誰もいないのに赤面してしまう。

 うつむいていたら、コツ、と何かが頭にあたって、パサ、と落ちた。


 どこからか飛んできた紙飛行機が頭にあたって落ちたようだ。

 え、こんなものどこから。


「ん? なにこれ」

 私は拾い上げた。文字が見える。


『8月12日にルチアん家に見舞いに行きたい。こないだ途中で帰ったカフェで待ってる。連れて行ってくれ。サプライズにするからルチアには言うな ヴァレン=ヒース』


「……」

 な。人の都合を一切無視した手紙内容……!! てかこの手紙何!? 魔法か何かで飛んできたの!?


「ま、まあ、いいか」

 12日は……。

 特に予定、何もなかったよね。

 絶対必ず行きたい。なんてね。


※※※


 そして12日。

 私はルチアの見舞いに出かけると言って、家を出た。

 馬車には夕方、王都の馬車待合場に迎えにくるように伝えた。


 約束のカフェに向かう。

 あれ? 街を見るとお祭りの準備してる。

 いいな、楽しそう。


 カフェに付いて、ヴァレン君を探そうとしたら、声をかけられた。


「よう。久しぶり」

 振り返ると私服のヴァレン君がいた。……シャツにズボンといったラフな格好だ。

 まあ、私も普通にワンピースだし。


「あ、ヴァレン君。こないだぶりー」

「かわいいな」

「え」

「服」

「普通のワンピースだけど、ありがと。ヴァレン君も制服じゃないとか新鮮だね」

「思い切りカジュアルだがな」

 ヴァレン君って、言葉短いけど、しょっちゅう褒め言葉くれる気がする。

 無愛想な顔で損してない?


 席について、メニューを見る。

「こないだ頼みそこなったやつでいい?」

「おう、頼む」


 アイスカフェオレとミルクティとマカロンがテーブルにならんだ。

「みっ!!」

 マカロンを見つけたマルちゃんが、飛び出てきた。

 私は一つ、マルちゃんに取ってあげた。マカロン好きなんだね。可愛い。


「ところで、お見舞いの品物なに買っていこう?」

「行かない」

「え」

「お見舞い行かない」

「ええ!?」

「お見舞いは今度にして、祭りに行きたい」

 アイスカフェオレをストローでジューっとすするヴァレン君。


「でも」

「ルチアには、そのように言ってある」

「ええ!? ルチアに悪くない!?」

「つわりの無料治療を引き受けている。問題ない」

「どういう取引してるの!?」

 聞けば、夏休みに入ってからもルチアを無料で往診してるらしい。

 意外と、お人好しというか友達思いというか。


「聖属性魔法の活用による無痛分娩も無償で引き受けている。だからヤツはオレに頭が上がらない。見舞いをブッチしたところで怒ることは不可能」

「ルチアの出産にまで立ち会う気だ!? 産院でも開業するつもりなの!?」


 ……で、結局。

 私は祭りに駆り出された。



 ――祭りは楽しかった。

 屋台を食べ歩きしたり、イベントに参加したり。ダンスしたり。


 あ、また一緒にダンスできた。楽しい。

 ラフな格好で気軽な街祭りのダンス。

 舞踏会よりもずっとずっと楽しい。


 楽しい時間というのはあっという間だ。

 夕焼けが近づいてきて、馬車との待ち合わせ場所へ行こうとした時。

「そういえば夏休みに誕生日だって聞いた」

「ひょっとしてルチア情報?」

 そうとしか思えない。

 治療を代価に私の情報がやり取りされている気がする。


「その通りだ。誕生日パーティとかないのか」

「ああ、家族だけの簡単なパーティならしたよ」

「そうか、なら今渡す。ささやかだがプレゼントだ、誕生日おめ」

 言葉はそっけなく。ヴァレン君は小さな箱を取り出した。


 中には月長石のピアスが入っていた。

 金色のアイリスの花に、丸くなった月長石が散りばめられている。

「……かわいい」

「じいさんにドヤされながら、初めてこういう細工を作ってみた」


「え、ヴァレン君が作ったの!? しかも初めて!? すご!? でもなんで月長石?」

「別にそんなに深い意味はない。なんとなくお前の髪色が月色だと思ったから。月が入った名前の石にしただけ」

「月色……はじめて言われたかも。そっか、色々考えてデザインしてくれたんだね。ありがとう大切にする」

 どうしよう、本気で嬉しい。


「おう」

「そうだ、ヴァレン君は誕生日はいつなの?」

「2月だ。なにかくれるのか」

「おう。たのしみにしとけー」


 私はヴァレン君の口調を真似して答えた。

 頭を軽く小突かれた。


「いたー」

「真似すんな」

 でも、笑ってる。ヴァレン君の笑顔を見るのが嬉しい。


 どうして日は沈んでしまうのか、と考えてしまうくらい、とても楽しい一日だった。


 次の日からまた退屈だったけど、貰ったピアスを身に着けたり眺めたりしたら、なんだか気分が上がる感じがした。


 早く学校行きたい。


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