24 ■ 後悔しないって言ったよね ■
その後、アポもなかったけれど、ヒースで身なりを整えてもらったあと、ヴァレン君と、ブラウニーさん夫妻と私とで両親を訪問した。
「アイリス……なんということだ」
「ああ……なんということ」
しかし父も母も、まず欠損だらけの私を見て、卒倒しそうになった。
まあ、そうだよね。
でも、そこから私のことを、視界にいれることすら、なくなった。
私は、シモン様がやったことは殿下もご存知だということを伝え、婚約破棄をしたいということと、改めてこんな傷物になってしまったから、他の高位貴族との婚約も無理だ、という事を伝えた。
「ショックなところ、申し訳ありませんが。サイプレス家と破談になるならば、アイリス嬢とうちのヴァレンを婚約させて頂きたい」
ブラウニーさんがうちの父母にそう伝える。
「……いいだろう。婚約者とは言っていたが、婚約式もまだで正式にはまだ書類は交わしていなかった。いや、もう即、籍を入れるので構わない。連れて帰ってくれ」
「は……?」
「えっ?」
ブラウニーさんとプラムさんが、信じられないといった顔になった。
「書類をすぐに用意する。それを預けるからそっちで役所へ出してくれ」
「こんな醜い子……うちの娘だなんて思いたくもない!」
「醜いだと……っ!?」
「ヴァレン君……っ」
ヴァレン君が立ち上がろうとしたのを、私は抱きついて止めた。
「しつけがなってないようだな。……知っているぞ、君がうちの娘に近づいて来ていたのを。何か文句がありそうだが、君は望み通りうちの娘を手に入れたのだから、不満を持つのはおかしいと思うがね」
「まったく、うちの子がこんなになった隙を狙って婚約を申し込んでくるなんて、ほんと身分が低い貴族は嫌だわ……あなた、早くおかえり頂いて」
私の、望み通りの展開だ。
なのに胸が痛くて、涙が滲んできた。
「……」
プラムさんが、珍しく厳しい顔をして両親の様子を見ている。
「……失礼致しました」
ヴァレン君も、私が止めたあとは、少しハッとしたあと顔をひきしめて私の肩を抱いて座り直した。
ああ、ヴァレン君が謝ることなにも無いのに。
ブラウニーさんは怒るでもなく、ずっと淡々とした表情でうちの両親の話を聞いて、婚姻の書類を受け取った。
「確かに。では今後、アイリス嬢……アイリスはヒースで預からせてもらう。二度とこちらには帰しませんが――後悔、しませんね?」
そこではじめて、ブラウニーさんの極めて低い声を聞いた。
「それはない。お前たちが引き取らなければ、どのみち修道院行きだった。アイリスの処遇はさほど変わらない。そうそう、結婚式などもこちらでは行うつもりもない。そちらで行うなら勝手にするといいが、私達に招待状は送らないように。ただ、うちの娘をくれてやるのだ。結納品等はよこすように」
それはもう縁を切るということですね。
サティアお姉様のこともあるから、余計に私に腹を立ててるんだろう。
人としてどうか、という点を除けば……彼らにしては、家門の為の道具として育ててきた私をロストするわけだから、怒っても仕方ないんだろう。
それにしても修道院行きとヒースに嫁ぐことをイコールにするなんて……。
「まったく……男爵家の子に懸想したかと思えば、まさか傷物にまでなるなんて……。ああ、ありえない……! サティアの件でよく言い聞かせて育てたつもりだったのに……まったく……!!」
痛い。言葉が痛い。
でも、これは私が自由になるためには乗り越えなくてはいけない痛みだ……そう思って目を伏せていたら、ヴァレン君が手をギュッと握ってくれた。
「……そうですか。了承しました。ではそろそろ失礼しよう。ヴァレン、アイリス。帰るぞ。……プラム」
そう言ってプラムさんの手をとるブラウニーさん。
出ていこうとした時、ふと、ブラウニーさんにエスコートされたプラムさんが足を止めて、父を見た。
そして、すごく綺麗なほほえみを浮かべて言った。
「そういえば、ジェード伯爵……」
「な、なんですかな」
父が動揺した。横にいた母が訝しげな目で二人を見る。
そして何故かブラウニーさんが何かを察したかのように――え! 顔、怖!?
「そういえば、どこかで見たと思ったんだけど。あなた、昔、どこかの舞踏会で会ったよね?」
「……お、覚えて、いたのか」
「いま、なんとなく思い出したよ――たしか、私に婚約申し込みにきたよね?」
「……あ、いや。それは」
「なんですって……?」
母が声をあげる。
父と母は、子供の頃に婚約したはずだ。つまりそれは。
「私にはここにいる大好きな彼がいるから無理って断ったのに結構しつこかったよね? リンデンお兄様にその事を言ったら、たしかお腹に子供がいる婚約者がいたはずだけどなぁって言ってたんだけど……まさか、そんな。ね? それはそうと、こんな美しい奥様と結婚できてよかったね~」
ジェード家の居間がその言葉に一瞬静まり返った。
最後に大きな爆弾おとした!?
「お父様……。 それってプラム様がもしもOKしたらお母様を捨ててプラム様と婚約してたってことですか……?」
私はその爆弾を見過ごせなかった。
おしどり夫婦として有名だったし、浮気なんてしない清廉潔白な父だと信じていたのに!
「あ、アイリスその発言はやばい。追い爆弾やめろ……!」
ヴァレン君が青い顔して私に言う。追い爆弾って何!?
「もしもなど、ない……!」
うあ!?
誰に言うでもなくその場でドス低い声で言うブラウニーさん。……ブラウニーさん!? 顔が超怖い!!
「ひい!」
爆弾落としたプラムさんが横で涙目になった。
「うるさい! もう話しは終わったはずだ! 帰れ!!!」
父が顔を真っ赤にして、母は横でわなわなと全身震えていた。
さっきから、顔が怖いまま固まっているブラウニーさんからまるで瘴気のような黒いオーラが出ている気がする……そして、ヴァレン君がドアの方をむいたまま無愛想な顔のまま、べー、と舌をだしている。
「か、かかかかかえろーか!」
……プラムさんが明るく言う。
「プラムに今後近づいたら、殺」
プラムさんが背伸びして後ろから口塞いだ……。
プラムさんが後ろから押して、そのまま先に出ていく二人。
「お義父さんお義母さん、末永くお幸せにどうぞ」
少しため息をついたヴァレン君が薄笑みを浮かべて私の手を引っ張っていく。
「……え、え?」
私は唖然としてしまい、最後に父と母の顔を見ようかとか、そういう事を考えることもなく、その場を後にした。
あっというまのサヨナラだった。
※※※
ヒースの屋敷にもどって、書類を受け取ったアドルフさんが、私達の婚姻届けをあっというまに仕上げた。
「じゃあ、もうあっちの気が変わらんうちに、オレ役所行って出してくるわ」
「はやい……!」
私は思わず言った。
「お、おう」
ヴァレン君が、ちょっと戸惑った顔をしている。
「わーい、おねえちゃんがふえたー」
ブラッド君が私に抱きつく。可愛い、可愛い、けど!
え……、あれ?
実感なかったけど、いま、改めて思ったけど……。
いつのまにか籍を入れることになってる!?
これは、現実なのか?、というくらい目の前の状況がどんどん進んで流れていってる感じだ。
「あーそういえば、あの二人……後悔しないって言ったな……」
顔が怖いまんまのブラウニーさんがポツリという。
「何を後悔しないのかわからないが、後悔しないならちょっと、それが本当か試すか。試していい? ブラウニー」
なんですか、アドルフさん、その笑顔。
「奇遇だな。オレも試してみたいんだ、アドルフさん」
何を試すんです……?
「……そうだなあ。そういえばオレちょっと調べたんだけど、ジェードの特産品の翡翠ってうちの製品つかって磨きかけてるんだってさ」
ヴァレン君が言う。
確かにジェードは翡翠の産地だし、それが一番の収入源だけど……。
不穏な空気を感じる。
「あー。アレなー。知ってた知ってた。」
「アレかー。そうかー。なくなったら困るだろうなー。ははは」
「世の中うちの製品だけじゃないから、大丈夫だろ。質は落ちるかもしれないけど」
……この人たち、まさか。
「ははは、ピン、と来た顔してるなアイリス。お前は賢いこだなー」
アドルフさんに頭をワシャワシャされて撫でられる。
アドルフさんがニッコリと笑ってうんうん、と頷いた。
「じゃあ、役所によった後、ちょっと会社に寄るか。他にもうちの製品流れてるだろうし」
そう言ったアドルフさんの笑顔は少し黒かった。
……アドルフさん!?
「やれ、じーさん。全部止めちまえ。おそようからはやすみまで見守るヒースに楯突いたんだから」
ああ! やっぱり!!
ヴァレン君がニヤニヤ笑う。
「……いつまでも貴族のちいにあぐらかいて、トノさましょうばいしていると、せけんの流れをよみそこなって、いつのまにかあしをすくわれるんだねぇ」
ブラッドくん……!
「ブラッドくん、君、5歳だよね?」
「うん、そうだよー?」
嘘に聞こえる……けど、実際彼は5歳だ。
「さて、オレはちょっとプラムに聞きたい話しがあるから、まかせる。アドルフさん」
「ひっ!?」
プラムさんが何故か悲鳴をあげた。
「おういってくるわ。アイリス、疲れたな。今日からゆっくりやすめるぞ。オレが帰ってきたらお前はもうアイリス=ヒースだ。プラム乙」
「よ、よろしくお願いしま…す」
よ、嫁……。彼氏彼女婚約者すっとばして嫁になってしまうんだ!
「コンゴトモヨロシク……オネガイシマス……」
横でヴァレン君がカタコトだった。
酷いことと嬉しいことが濃縮された一日だな今日は……。
ちなみに。アドルフさん達がジェードにしたことをまとめると。
ジェードは、今まで国内でトップの翡翠の産地だった。
その翡翠を磨くために使用されていた良質のヤスリがヒースの作ったものだった。
ジェードにとって、翡翠製品を作るための道具のほとんどが、ヒースが開発したもので、他の領地を経由しないと購入できなくなった。
結果、他の翡翠の産地に遅れを取り、トップからは転落し貧乏まではいかないけど、収入が激減した。
おまけに、今まで当たり前のように流通していたヒースの製品が入手できなくなり、領地の全体的な生活水準が落ちたらしい。
そのヒースが仕込んだ経済的制裁が効力を発揮した頃、両親が謝りにヒースの会社まで来たが。
「今更謝ってももう遅い!!」
と、アドルフさんとブラウニーさんが門前払いしたと聞いた。
私が、おずおずと
「その、ジェード家は良いんですけど、領民が心配で……」
と言うと、渋々二人は、じゃあヴァレンとの結婚式が終わったら全部は駄目だが、いくらかは緩める、と言ってくれた。
――そして……シモン様は。
殿下の録音はかなり有効で、シモン様は殺人未遂罪で投獄される事になった。
サイプレス家には見放されたらしく、勘当された。
平民になった彼を弁護するものはいなかった。
5年ほど、採掘の強制労働を課せられるとのこと。
魔力は使わせてもらえない肉体労働なのでかなりハードだろう。
バーバラ先生もだ。私を吹き抜けに突き落とした、これまた殺人未遂罪。
こっちはもう目撃者だらけなので反論の余地はなかった。
けれど、私は彼女の罪を軽くするように――情状酌量をお願いした。
彼女を許すわけじゃないけれど、お腹の赤ちゃんが可哀想だと思っての事だった。
生まれた後、赤ちゃんはサイプレス家に引き取られ、バーバラ先生は、産後に刑を受けることになるらしい。結局は赤ちゃんとられちゃうんだね。
被害者の私が情状酌量をお願いした為、減刑されたけれど、それでも3年ちかく牢には入る。
なお、彼女のあの時の本意は、脅しだったらしく風魔法で私を突き飛ばしたあと、また風を使って私を結局助けるつもりではあったらしい。
他人には私が誤って落ちたのを風魔法で助けたふうにするつもりだったらしいけど、あまりにもふっとばし過ぎでしたよ、先生。
そして、サティアお姉様のことが気になった私は、ヴァレン君にお願いして調べてもらった。
どうやらお姉様は、しばらく前に修道院を抜け出していたらしい。
そして炭鉱送りになった平民の彼もかなり前に行方不明。――ああ。
きっと二人は一緒なんだろう。
……どうか、お幸せに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます