第16話 兎小屋

 斬九郎は取り調べのために捕縛した須賀勉を連行し、残された甫と律子はひとまずさきほどの少女を探すわけだが、ろくな手がかりもないこの状況では見つかるわけもなし。

 いちおう刃物で裂かれたパーカーという目印があるとはいえ逃走途中に脱いでいるだろう。

 小太刀二振りも脱いだソレで覆い隠せば一石二鳥である。

 そもそも妖刀の力で奇襲を仕掛けて口封じという策を弄した相手なのを考えると、しばらくトイレにでも隠れてからの再使用で確実に逃げられるだろう。

 聞き込みをしても当たり前のように徒労に終わる裏では斬九郎による取り調べが進められていた。


「──そろそろ白状しねえか?」


 連行された勉は取調室で黙秘を続けてそのまま数時間。

 回収した妖気が没収された以上、さらなる取り調べを受けるのは筋合いは無いという態度である。

 浪人としての活動を悪びれない被疑者に苛立ちを覚えつつも、斬九郎は話を聞き出そうと堪えていた。


「お前は今までの聴取資料では他人とつるむことなんてなかった。それが今日は何だ。兎小屋とか言う連中と組むなんて落ちぶれたもんだ」

「だから……兎小屋なんて知らないと言っているじゃないか」

「殺されそうになったにもかかわらず義理を遠そうだなんて、それだけ恐ろしい相手なんか?」


 顔を背ける勉は兎小屋について一切唄う様子無し。

 流石にこれ以上、長期戦がすぎるようでは係長である自分が担当するのは人材の無駄だろうと斬九郎も諦め顔である。

 そんな中、部下の一人が新たな資料を持って来て斬九郎に報告した。

 彼はそれを踏まえて勉を揺さぶる。


「なあ須賀。過去のお前の聴取資料を持ってきたわけだが、このときに嘘はついていねえよな?」

「さあね」

「まあいい。とりあえずその中で、お前にひとつ確認したいことがある。お前が妖刀鍛冶としての技術を学んだ師匠について、自分で何て言ったか覚えているか?」

「そんなことを聞かれた記憶は無いな」

「シラを切っても無駄だぜ。お前さんも含めて妖刀鍛冶ってのは基本的にはAKMで名簿を管理しているからな。お前が自作の奇剣を振り回して逮捕されたときに、根掘り葉掘り聞き出していたぞ」

「ふぅん。光栄だね。まあ、むしろ乗せていなかったら失礼だけど」

「そこでだ。お前さんが初めて逮捕されて、名簿に載ったときの取り調べの資料だ。そのときお前が師匠として名前を出した人物は芒……あの芒終月(のぎ しゅうげつ)だったんだよ。当然知っているだろう?」

「モチのロンさ。あの人は自分勝手に妖刀を作って振り回して伝説になった人だ。うろ覚えだが……10年前なら俺も勢いで勝手に師匠だと言ったんじゃないかな。ちょうど映画になった頃だろ」


 芒終月は若き日の天樹と同じくAKM発足前の時代に活動していた剣士で、自分が満足するために自分で妖刀を作るに至った妖刀鍛冶でもある。

 既に亡くなっており、仮に生きていれば100歳に近い。

 彼をモデルに映画が作られるだけのこともあり、その人生はわかっている範囲だけでも講談紛いである。

 だがその反面で裏の顔もあり、創作に起用される際にもダークヒーローとしての需要がメインになるくらいには闇を隠しきれていない人物。

 それが芒終月だった。


「ラスト・ムーン……あれは良い映画だったよな。特に最後の果たし合いに乗り込む前にある妖刀を打つシーンがさ。アンタも剣士だ。当然見ただろ?」

「悪いな浪人。今は映画談義の時間じゃねえ」

「振ったのはそっちだろうに」

「勝手に食いついたくせによく言う」


 終月の話題から勉が脱線仕掛けたのを諌めるため、斬九郎はここで一呼吸。

 すうっと息を大きく吸いこんでから本題へと入った。


「それでだ。当時のお前さんが語った内容ってのが、『俺は芒が残した鍛冶場で技術を学んだ。だから芒の弟子と言っても過言じゃない』だ。妖刀鍛冶としての箔付けを誇るんなら、今になって隠すことはあるまい」

「隠しちゃいないさ。たぶん昔の俺が酔って適当なことを口走っただけだろう。芒の鍛冶場なんて俺は知らねえ」

「そんなハズは無いんだがなあ」


 ここで証拠とばかりに斬九郎が見せたのは、当時押収した勉が打った奇剣の資料。

 その刀には特徴的な点として、兎の模様が彫り込まれていた。


「この刻印は芒が好んで使っていたモンだ。これを打つために使う鏨は芒の関係者しか持っていない物でお前さんが芒の弟子として登録されたのもそのためなんだよ。そろそろ白状しな。兎小屋ってのは芒の関係者の事なんだろう?」


 斬九郎の指摘に勉額には薄っすらと汗が滲んで匂いがたつ。

 そして一流の士は小さな変化に敏感である。

 図星を突かれた事による焦りが生んだ生理現象を斬九郎は見逃さなかった。


「図星か」


 この一言がダメ押しとなり、見抜かれたと観念した勉は自分が知る限りを白状する。

 曰く、兎小屋とは予想どうり芒の縁者のこと。

 元々は過去の供述通り、勉が妖刀鍛冶の基本を教わった集団を指していた。

 勉は奇妙な縁で彼らの師事を受けたものの、しょせんは運だけで一員となった生半可な男──控えめにいえば莫迦として追い出されており最近まで接触していない。

 そんな最中、勉は約10年ぶりに兎小屋から接触を受けて妖気回収を依頼されたそうだ。

 勉とやり取りをしていたのはアマミヤと名乗る若い女で、かつての兎小屋では見かけなかった人物。

 確実なのは勉を口封じしようとした小太刀の少女と同一人物らしい。

 彼女が持っていた意識と無意識を操る妖刀の特性を踏まえれば鵜呑みにできないとはいえ、これで一つ前進だろう。

 勉が知る限り上野の事件には兎小屋が関わっている。

 この情報を銀時に伝えた斬九郎は、勉が彼らと接触する際に使用していたというバーに踏み込むこととした。

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