第34話 魔弾

 深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗いているとはよく言ったもの。

 陥れた女性を最終的に出荷しているフミハルの家をゴロツキは監視していた。

 その状態で彼の家に見知らぬ男たちが押し入ったわけだ。

 金ヅルを横取りしに来た同類だと勘ぐるのは自然であろう。


「見たところサツじゃないな。何者だ?」

「極道者って感じもしないがカタギにも見えん。となると浪人では?」

「む……浪人が相手ならこっちも浪人をぶつけるのが正解だ。魔弾の旦那をすぐに呼んで来るんだよ」


 理人らの突入に合わせてお抱えの浪人を呼び出して、件の人物が到着したのはちょうど理人らが部屋を出る頃。

 監視カメラの録画映像で面通しをしようとしていた矢先のことだった。


「アイツはドクターリヒターじゃねぇか。しかも右腕を怪我している」


 この浪人──魔弾のピノキオはオペラグラスで出てきた二人を一目みて相手の正体を看破した。

 見抜いたと言うより知っていたと言うのが正しい。

 理人も浪人としては古強者であり、そうなれば兎小屋の外で協力関係を築いた同業者も居れば敵対者も居る。

 ピノキオの場合は勿論後者だった。

 恨みを買った理由は些細なイザコザなのだが売った側ほど恨みは大きい。

 そんな相手が目の前に居て、しかも弱っているわけだ。

 ピノキオからすれば千載一遇の機会である。


「知っているのか、魔弾の旦那⁉」

「札付きの中でも札付きの浪人よ。アイツが関わっているということは下須は無事じゃねえ。あの金髪の付き人がデカい箱を引きずっているだろう。あの中に詰めて拉致るつもりなんじゃねえか?」

「ソイツは一大事だ」

「お前はアイツらが立ち去り次第、下須の部屋に入れ。俺はあの二人をつける」

「了解っス」


 怪我をした宿敵を襲うために殺気を漏らすピノキオだったが既に彼らにはお見通し。

 拷問屋との合流を前にした露払いに誘い出されていた。

 人気のないビルの合間に立ち入る理人らを好都合だとほくそ笑むピノキオは動く。

 腰に刀を携えて束ねた長い髪を揺らした姿で二人を呼び止めた。


「待てよドクター。ソイツを置いていけ」

「先に言っててくれ」

「お前もだ。だから止まれと……」


 声に反応した理人はピタリと足を止めたが横を歩くジョンは止まらない。

 彼の相手をするつもりがあるのは理人だけのようだ。


「──そうがなり立てるなよ、日野。ええとたしか……最近は魔弾のピノキオとか名乗っているんだったか? 出世したな、ホラ吹き」

「ホラ吹きでピノキオ? だったらアイツ……嘘をついたら鼻が伸びるってのか」

「似たようなものさ」

「テメェ……!!」


 丸腰でありながら刀に手を伸ばして身構えるピノキオを片腕が封じられていても恐れる様子のない理人。

 愚弄されていることを強く感じたピノキオは二人を睨みつけた。

 その殺気に対してジョンも歩みを止めて振り向いたわけだが、理由はホラ吹きという話が気になってのもの。

 脅威に対して隻腕の理人では配色濃厚だからという心配など微塵もしていなかった。


「俺の目的はそのケースの中身だ。ソコに下須を入れて拉致るつもりなのはお見通しだぜ。ソイツは俺のパトロンには大事な金ヅルなんだ。お前らに渡すわけにはいかねえよ」

「へぇ、だったらオマエもついてこいよ。コイツとの関係を洗いざらい歌ってもらうぜ」

「調子に乗るなよ金髪。テメェはドクターの後にするつもりだったが先に居合のサビにしてやる!」


 ピノキオが腰に下げている刀は鞘の太さからなかなかの剛刀なのだろう。

 だが妖気を微塵も感じないあたり特殊な力はない。

 それにピノキオが纏う剣気も強くなかった。

 一見すると見掛け倒しな弱き者。

 一角の浪人である理人やジョンから愚弄されるのも当然の虚仮威し。

 だが彼の実力は極道者が用心棒として雇う程度には確かなものがあった。

 彼自身、ジョンの剣気は自分を上回るモノがあると見抜いたうえで「故に与し易い」と考えていた。

 理人が最優先なのはあくまで怨恨の差。

 戦力的には手の内を知られる前にやるべきはジョンであり、背後狙いの不意打ちが正面からの奇手に変わっただけ。

 駆け抜け抜刀の要領で近づいたピノキオがあと3歩で間合いに入るという刹那。

 赤荊棘を持ち出して迎え撃とうとしたジョンの虚を突く小さな銃声が鳴いた。

 ピノキオが腰に差していた刀は偽装した消音器内臓の銃。

 抜刀術と見せかけた銃撃という種を明かせばペテン以外に言いようがない彼の秘技。

 装填された45口径スラッグ弾の殺傷力は刀傷に慣れた剣士であっても致命的である。


「どおりで妖気を感じられなかった訳だ。魔弾というのも今のお前にピッタリな名前だよ。成長したじゃないか、ホラ吹き」

「余裕ぶるのもここまでだ」


 ピノキオがかつて「ホラ吹き」と呼ばれていたのはその力量と性分によるモノ。

 半端に低級の妖刀を操れるだけの剣気を身につけた結果、士として妖刀を静めるヒーローにもなれず、かといって浪人に身を落としても自分の実力を過大に吹聴して悪銭を稼ぐだけの小悪党。

 その嘘を戯れに暴いたのが3年前の理人だった。

 それにより当時寄り添っていた神奈川のゴロツキから追われる日々を過ごした彼が魔弾を引っ提げて再び浪人として活動を始めたのが1年前。

 いくら妖刀が扱えるとはいえ、剣士崩れの用心棒であれば戦う相手も剣士やゴロツキ。

 ならば必要なのは人間相手の殺し技と割り切った今の彼は、殺し屋という尺度で考えた場合には新しい名と自信に溢れた態度もまんざら嘘ではない。


「片腕ではなあ!」


 そしてジョンに向けて引き金を弾いた時点で種は明かされているわけだ。

 脳波デバイスで手首に仕込んだロックスイッチを解除したピノキオはせり出した仕込みナイフを握りしめて理人の首筋を狙う。

 もちろん仕込み銃は連発可能かつ引き金は左手側。

 ナイフを避けても避けなくても、射撃とのコンビネーションが降りかかる状況に、ピノキオは雪辱を晴らす勝利を確信していた。


(仕込み銃に仕込みナイフ……同じ嘘でも昔の嘘とは違って意味がある。あのホラ吹き小僧が随分と腕を上げたものだよ。だがそれはあくまで騙し討ちの技術。ワシへの復讐を優先するつもりだったら、問答無用でワシを狙うべきだったな。まあ……彼の役目が下須の奪還であるならば、ジョンを倒す機会は今しか無かったのも理解できるが)


 一方でジョンヘの攻撃を経てピノキオの手札を見切った理人は冷静に状況を分析している。

 他にも隠された攻撃手段があるにせよ、ピノキオの流儀は暗器を用いた奇襲に他ならないと。

 黒スーツの袖のうち右手側がナイフということは左手側もおそらく同様。

 強いて言うならば飛び出しナイフには警戒が必要なくらいか。

 問題は右腕が昨日切断されたモノを縫合したばかりという点。

 いかにギプスで固定されており下手な刃物より頑丈といえども動かすことすら叶わない。

 つまりナイフも銃も片腕で対処しなければならないわけだ。

 理人は三角巾の中に仕込んでいたドスを抜き放つと、ピノキオのナイフを鎬で受け流す。

 合気道の要領で体制が崩れて空振る銃弾がビルの壁に突き刺さり、密着して次弾を撃とうとするピノキオの意識よりも速く理人は背面に回り込んでいた。

 再び空を舞うスラッグ弾。

 怪我人がここまで機敏に動けるのかと焦るピノキオだったが、ジョンは彼を更に驚かせる。


「そこまでだぜドクター。あとは俺がやる」

(腹に銃弾を食らわせたんだぞ。息があるにしても効いていないのか?)


 立ち上がったジョンは赤荊棘を肩に担いでピノキオを見下した。

 ジョンが長身なのもあるが身長差は20センチ近くあり直立すればこうもなる。

 ジョンのシャツには銃弾が貫いた穴が確かに空いてはいたのだが、血は一滴も流れていない。

 それどころか弾丸も衣服の下に仕込まれた何かによって阻まれていた。

 これも赤荊棘による鉄血を用いたガード。

 仕込み銃に気づいた刹那に出した赤い鉄板である。


「助かるよ。だが殺すなよ」

「わかっているよ」


 不殺の忠告も「伊達にする」までは構わない不文律。

 ジョンが作り出した地面から湧き出るほどの鉄血の沼に足を取られた時点でピノキオの負けは決まっていた。


「何だこれは……ぬ……痛っ……あががっ……」


 纏わりついた鉄血による締めつけはピノキオの足を折るのに充分。

 指先から脛の腓骨まで一気に砕かれたのだからその痛みは悶絶の一言。

 ショック死や気絶をしないだけピノキオも曲がりなりには浪人を名乗るだけの実力者ということだろう。


「ここでは黙ってろ」


 だが気絶しないということは、痛みにのたうち回るということ。

 その口を塞ぐ目的も含めてジョンはピノキオをフミハルと同じ箱に納めた。

 合体して男二人分が入った鉄の箱は重くて大きい。

 いかに車輪をつけても少しの段差で足止めを食らう。


「流石に一つにするには大きすぎやしないか?」

「かと言ってあの大きさを俺一人で2つ運ぶのはかさばりすぎるぜ。このほうがまだマシだ」


 ボヤくジョンがせっせと運んでしばらく。

 大通りに出て周囲の目が少し気になってくるタイミングで迎えの車が到着した。

 運転しているのはトート。

 彼が運転するワンボックスカーに拉致した二人を詰め込むと車は人気のない山奥に消えていった。

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