第33話 女郎屋敷

 虚数の兎が向かった先は向かった先は浅草のとある地区。

 風俗街として知られる吉原とは目と鼻の先にある古いアパートだった。

 古いと言っても建築当初はそれなりに金のかかった作りだったのだろう。

 一戸あたりの広さや各部屋の間に設けられた遮音性は高く、玄関前まで来ても中の音は一切漏れていなかった。


「居るのは確実なんだろう? こじ開けちまおうぜ」


 ジョンはスっと取り出した赤荊棘で玄関を破壊することを提案したが、いくらなんでもと理人は手を差し出してそれを止めた。

 ではどうするのか。

 小首を傾げるジョンに理人は助言する。


「良いじゃねえか。どうせ時間勝負だろう?」

「派手に壊して事件沙汰にするのは面倒だ。それに赤荊棘を使うのならもっと頭を使いたまえ」

「ん⁉ ああ……そういうコトか」


 理人が鍵穴を指差したのを見てジョンも彼の考えを理解した。

 赤荊棘の力によって精製できる鉄血は変幻自在。

 つまり鍵穴に対して鍵を回せる正解の形になるように注ぎ込むことも容易だった。

 気づいてしまえば簡単なもの。

 軽々とピッキングをしたジョンの手腕で開かれた戸の先に進むと、奥から僅かに女性の声が溢れていた。


「なんだ?」

「静かに」


 小声で話す二人だったが玄関が閉まる音で来客に気づいたのだろう。

 フミハルと思われる男の声が木霊する。


「もう少しで終わるからダイニングで待っててくれ。それとも例の子も連れてきたのか? だったらお前も混ざっていいぜ。久々に2ケツも悪くない」


 声が聞こえたのは玄関入口からみて右手側にあるドアが閉じられている部屋。

 左手側のドアが開いた部屋にはカメラやパソコン等が置かれており、恐らく仕事用の書斎なのだろう。

 廊下を真っすぐ進んだ突き当たりにあるダイニングキッチンには食卓があり、その上には「冷蔵庫に新しいドリンクがある」というメモ書き。

 試しにジョンが冷蔵庫を開けてみると、中にはトンカットアリやらオットセイのエキスが過剰に入った怪しいドリンクがぎっしりと冷やされていた。

 恐らく例の子とはアマミヤのことだろう。

 それに用意された大量の精力剤。

 状況証拠の山を前にして姫を護る従者として怒りをこみ上げさせた二人は逆に冷静になっていた。

 まずは怪我人で頭脳労働担当の理人が片腕で書斎をあさり、力仕事担当のジョンが下郎を捕らえる算段。

 予想通りと言えばよいか。

 冷蔵庫のドリンクを片手にドアを開けたジョンの目には下半身を裸にした姿で上下運動をしている中年男性が飛び込んできた。

 彼に押し倒されている若い女性は涙目を浮かべており目の光がない。

 失意に染まっているのだろう。


「早速ロウヤも混ざりたいだなんてそんなに今回のドリンクが効いたのか……って、誰だお前は⁉」

「当ててみな。イイトコロにご案内してやるぜ」


 甥が来たと思いこんでいたフミハルからすれば影になって見えない何かを担いだ金髪の男の姿には驚きしかない。

 ジョンの目線で言えば外道働きをしている割に警戒心がなさすぎるため複雑な気持ちをしかめっ面で覆い隠していた。

 エグい拷問も当然と感じる鬼畜でありながら馬鹿らしいと思うほどに間が抜けた姿。

 間違いないのは彼が女の敵という点だけだろうか。


「──ここまで呆気ないと怒りを通り越して白けるわ」


 小粋なジョークにも言葉が詰まったフミハルの頭を呆れ顔で撃ち抜いたジョンは鉄血でワイヤーロープを生成して気絶した彼を縛り上げた。

 女性の方は呆然としているので意識がないのだろうか。

 床に転がっていたタオルを拾い上げたジョンが露わになった肢体に柔らかくかけても反応がなかった。


「予想よりも簡単だったぜ。そっちはどうだ? ドクター」


 目標を早々に確保したことで手隙になったジョンは理人の様子を伺うわけだが、保存されていた画像や動画のデータを広げた状態で理人は固まっている。

 何事かと画面を覗き込むジョンはすぐにその理由に気がついた。

 リストで管理されていたのは若い女性の名前と写真、そしてフミハルが掴んでいる彼女たちの弱み。

 隣の部屋にいた女性はリストの中でも最新のためか「慰み物」という立場に居るのがまだマシのようだ。

 店舗型や出張型、果ては誰かの愛人と、フミハルは取材の名目で得たプライバシー情報を駆使して心を縛った女性たちを用いた女郎屋敷を作っていた。

 リストに書かれた女性の情報から彼が昨日の事件現場にいた理由も浮き出てくる。

 品川で演説をしていた議員候補が揺れていた若い女性秘書。

 彼女もまたフミハルが送り込んだハニートラップだったようだ。

 下半身スキャンダルを仕込む過程として演説中の姿を写真に収めようとしていた中で、突如現れた妖刀に操られた女子高生。

 あとは捏造でもなんでもいいから似た子がいれば脅しに入れるし、それを探すのは甥ロウヤの担当。

 白瀧高校の生徒に限らず、お小遣い稼ぎで火遊びをする女子高生は一定数おり、それらを貶めたノウハウがあれば無実の美少女の一人や二人は軽く手籠めに出来るというわけだった。

 実際リストアップされていたアマミヤの写真には他の子とは異なり個人情報が抜け落ちている。

 これはアンノウン──相手がわからないのならば似た娘を探して脅しの材料にする目的のようで、同様の個人情報不明の写真にリンクされた情報の中には過去にフミハルがでっち上げた捏造記事のことまで書かれていた。


「ここまで過去の事案を詳細にまとめている男がお嬢の写真をアンノウンとしているあたり、まだ他所に脅し用の記事を出したりはしていないようだな」

「だからといって、このまま無罪放免はナシだぜ。ユウのことを度外視しても、コイツは胸糞が悪すぎる」

「ああ。まさしくコイツは世界の歪みだ」


 理人は持ち込んでいた記憶媒体にフミハルのパソコンにあったデータを全てコピーし、終わり次第ジョンの手で彼を運び出す。

 拘束具を兼ねた鉄血によるケースは隙間のない檻のようなもの。

 意識を取り戻したフミハルが錯乱して暴れようとも声が漏れなかった。

 大荷物を持って部屋を出た二人は強い視線を受けてその方角に目を向ける。

 どうやらここから先は簡単ではないらしい。

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