第32話 フォー・カス

 下須が持っていた証拠を隠滅したアマミヤは理人に一報をいれる。

 昨日また警察からのマークが強まった直後で動けないであろう彼に求めるのは頭脳労働。

 蛇の道は蛇と言うように、彼なら下須の叔父について詳しい情報が手に入るであろうという考えだ。

 放課後、早速理人の隠れ家に向かったアマミヤを出迎えたのは彼だけではない。

 浪人としては最新科学と融合した装甲奇剣を纏う「ウンゲ」こと海下哲(うみした てつ)と赤荊棘の使い手であるジョンが理人に呼び出されていた。


「待っていましたよ、お嬢」

「そうだぜユウ。こんなときくれえ、ガッコなんてシケちまえば良かったじゃねえか」

「お嬢様はお前みたいな不良じゃないんだ。ウチらが動けば良い問題で勉学の邪魔をするべきじゃない」

「でもよぉ……これはユウにとっても一大事だぜ。危うくヤられるところだったって言うじゃねぇか。問題のガキはちゃんと始末したか? 未だだったら俺が代わりにヤッておくぜ」

「そんな物騒なことはしなくていいよ。先生に証拠は突き出してミキちゃんには細かい話は伝えてある。だから無罪放免にはならないと思うし」

「すぐに殺したがるジョンはやり過ぎにしてもお嬢は少し優しすぎる。自分の手を汚したく無いだけだったらワシらがいくらでも代わると言うのに」

「そうボヤくなよドクター。お嬢様がこういう人だからこそウチらはお嬢様を中心に纏まっているんだから」

「ありがとう哲さん」


 到着して早々、哲が居なければ理人とジョンが下須ロウヤの命の火を消そうとしていたのにはアマミヤも苦笑い。

 この3人の中では浪人としての身バレ顔バレなんのその状態の理人やジョンとは異なり、ウンゲというペルソナを使い分ける哲のほうが慎重のようだ。


「……そろそろ本題に入ろうじゃないか。まずはお嬢から連絡を受けた下須フミハルという記者についてだ」


 説明のためなのだろう。

 苦虫をかじるような顔で理人がアマミヤに差し出したのは「フォー・カス」という週刊誌。

 表紙には「松田月(まつだ るな)──双子アイドルの裏の顔」という文字が一番大きく書かれていた。


「コイツは典型的な出歯亀記者で有名人の下半身スキャンダルばかり追っているゲス野郎だ。このフォー・カスとは昵懇の仲で最近よく聞く松田姉弟のスキャンダルもコイツの仕事。恐らくお嬢の記事もここで書くつもりだろう」


 松田姉弟は姉の月と弟の太陽(ライト)で活動している姉弟アイドル。

 動画配信とティーンズモデルからスタートして3年で一角のアイドルとして扱われる程度に人気を得ていた。

 今年は上り調子で大事な時期というやつだったのだが、春先に入ってフォー・カスからのバッシング記事が続いて活動自粛の真っ最中。

 人気の中心はティーンズのためアマミヤも彼女たちの事はよく知っていた。


「普段は他人様のプライベートなんて知るすべもない以上、腹を立てても文句を言うのは控えていたが、松田の子供たちについては全部嘘っぱちだ。ワシもそろそろコイツらには一言物申したいと思っていたところで今回の一件……コレはもう徹底的に潰さなければ気が治まらん!」


 理人は松田姉弟の父親とは友人であり、これらの記事が嘘である確証を持っている。

 そのため以前からフォー・カス編集部には兎小屋の一員ではなく一人の浪人として脅しを入れよう考えていた。

 ただ半端に刺激しても逆効果になるという冷静な判断から踏みとどまっていたのだが、大事なお嬢様まで毒牙にかけようとしているのであれば止まらない。

 理人はいっそ編集部の人間を皆殺しにしてしまおうかとさえ考えていた。


「俺もドクターの意見には同意だぜ。この手の奴らは前々から気に入らねえ連中だと思っていたからよ」

「気持ちはわからんでもないが……」

「下須の口封じは良いにしても流石にやり過ぎはダメだよ。あたしらは鬼畜じゃないんだし」

「でもよぉ、鬼畜なのは向こうだぜ。金になれば嘘でも騒ぎ立てる。金にならなきゃ真実でも隠蔽する。そんなの政治屋のクソ野郎どもよりタチが悪いじゃねぇか」


 今回の一件では通常ならば冷静で狡猾な態度で作戦を立て、昨日の大臣暗殺も「表向きには失敗という体裁を作りつつ」成功させている理人も頭に血が登っていた。

 普段ならこれでもなんとかなるかもしれない。

 だが大臣を襲撃して警戒が強まっているこのタイミングでは最悪別件逮捕もあり得るだろう。

 それにいくら気に入らないデマを振りまいている相手とはいえ、皆殺しにすればカタがつくのならとっくの昔に誰かがやっている。

 ゴシップ記事の犠牲者なんてものはフォー・カスの歴史だけに限ってもごまんといるのだから。


「みんな落ち着いて。いったん状況を整理しよう」


 思っていた以上に加熱している理人の代わりとして統率を取ることにしたアマミヤはこの事案に対しての対応を固めることにした。


「今どうにかしないといけないのは、昨日の写真をあたしと結びつけた記事が書かれかねないのを止めること。あたしを脅した下須への落とし前とか、ドクターの知り合いをデマで陥れている雑誌への報復は二の次だよ」

「だから全部まとめてぶっ壊そうぜって話じゃねえか。悪党をぶっ殺すって意味では政治家を襲うのと大差ないぜ」

「しかしだなジョン。たとえフォー・カス編集部を潰したところで下須の記事が他所から出たら意味がないぞ。まずは下須を確保することが優先だ」

「ふむ……」

「ドクターには何か良い案はない?」


 アマミヤに話を振られた理人は彼女の振る舞いに冷静さを取り戻した様子で顎に手を付ける。

 その姿勢でしばらく唸ったあと、いつもの冴えを取り戻した様子で策を出した。


「とりあえず最優先は下須フミハルの拉致だな。尋問や口封じの専門家が我らにはいるのだから」

「トートか……確かに拷問はヤツの十八番だが……」

「俺もテツが言いたいこともわかるぜ。いくら同じ虚数の兎とはいえアイツは好かん」


 昨日の襲撃では恵比寿に出向いていたトート・クラウザーは兎小屋の一員とはいえ本職は浪人以上に後ろめたい人物。

 拷問をはじめとしたグロテスクな尋問の専門家であり、かつて自分の引き出しに妖刀の力を取り入れるべく芒終月に接触していた狂人である。

 仲間内でも彼を信用しているのは理人くらいのもので、故に大きな作戦以外では積極的に声をかけることは少なかった。

 理人はそれでも今回は彼を頼るべきだと主張している。

 実際、人心掌握の応酬において彼の力は反則に近い。


「あたしもジョンや哲さんがトートを苦手にしているのは知っているけれど、それでもドクターの意見には賛成だな」

「良いのか? ユウ。アイツの拷問は皆殺しにするよりもエグいぞ」

「ドクターがいればなんとかなるよ。そうでしょう?」


 否定的なジョンや哲をよそに、理人の案に賛成の意を示したのはアマミヤ。

 若い男二人は少女の決断に驚きつつも、それ以上に念押しをされた理人は「トートがやり過ぎた場合のストッパー」を期待されていることに唾を呑む。

 他に良案がないからこその提案ではあるので仕方がないとは思いつつも、アマミヤが浪人集団を統率する姫としての胆力を見せたことに暫定的なリーダーである理人はポーカーフェイスの裏で喜んだ。


「ええ、もちろん。それでは話もまとまったからそろそろ行こうか。ああ……もちろんお嬢はここで待っていてください。襲撃への関与が疑われている本人が出張ったら本末転倒なので」


 話がまとまり、まずは下須フミハルの身柄を確保すべく理人とジョンが彼が住むアパートに向かうことにした。

 人選の理由は浪人として素顔で札付きの理人やジョンとは異なり、あくまで装甲奇剣を纏った姿が浪人として認知された姿である哲が行動をともにするのはリスクがあるからである。

 幸い下須ロウヤとは今晩自宅で合う約束をしていたようなので絶好のタイミング。

 この機を逃すと逆に面倒が起きそうなほどだ。

 

「お嬢様ほどはうまく扱えないが、海砂利を借りても良いか?」

「構わないけれど大事に使ってね。壊したらメッだから」

「肝に銘じておくよ」


 別行動の哲は気配を遮断する奇剣「海砂利」を携えて準備は万端。

 学校での悪ふざけが問題となり、来られないであろう甥を待っているであろう記者の寝込みを襲うのには過剰な戦力であろう。

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