第31話 週刊誌

 激動の3日間を終えての翌朝。

 6時に起きて手早く身支度を整えているのは学校に遅刻しないためである。

 7時40分到着の特急に乗り、駅まで迎えに来た母親と合流しなければ間に合わないので慌ただしい。

 律子は不真面目なところがあるので

「士としての仕事を理由に1日サボるくらい」とは思うわけだが、甫の両親や天樹からすれば言語道断だという。

 この3日間は仕事の話ばかりだったこともあり、もう少しプライベートの話もしたかったと律子は思うのだが、また来週があると甫を地元へ送り出す。

 そんなちょっとした別れを迎えた男女の横をある少女は通り過ぎた。

 甫からすればあのときの娘と同一人物だと認識していないので仮に顔を注視していても気づかなかったであろう彼女はアマミヤ。

 昨日一昨日と2日続けて甫と戦った兎小屋の姫である。

 彼女の方は甫の存在には気づいていたがわざわざ声を掛ける道理はないと無視して通り過ぎた。

 むしろ一方的に知っている立場で話しかけるほうが不自然という当然の話である。

 そんなアマミヤが早朝の上野駅で時間を潰してから向かったのは都立白瀧高校。

 彼女も甫と同様に高校生というわけだ。

 早く登校していた生徒の多くは昨日の事件を話題にしている。

 各種マスコミの大半がトップニュースとして報道しているのだからさもありなん。

 アマミヤは自分が当事者であることを吹聴するつもりはなく、むしろこうして話題になる中でも理人のように札付きの浪人以外の情報が出回っていないことに安堵していた。

 そんな彼女の平穏を乱す男が思わぬ場所から現れる。

 顔立ちの良さと人格面の問題から評価が2つに分かれる男子生徒。

 下須(しもす)ロウヤというクラスメイトがアマミヤに顔を近づけてきた。


「なあ雨宮。ちょっと来てくれねえか?」


 彼が動いたのはお昼休みの開始に合わせて。

 肯定派の女生徒はアマミヤがアプローチされているという事態に嫉妬と羨望の目を向けた。

 だがアマミヤは否定的な側の生徒。

 話しかけられたくないのが態度からもあからさまだった。


「嫌よ。あたしなんかよりも他の子を誘えば良いじゃない」

「オレのお誘いを断るだなんてイケないヤツだなあ。どうなっても知らねぞ?」


 だが下須もアマミヤがそのような態度をとることなど承知済み。

 それでも手を出したいと思っていた彼は昨夜とあるツテから入手した武器を彼女にチラつかせた。

 右手に持った端末の画面に映っているのは昨日の事件中、妖刀に操られたていで大立ち回りの最中だったアマミヤの姿。

 面倒を避けるべく混乱に乗じて立ち去っていたので警察も行方を把握していない被害者少女の姿がそこにはあった。

 この場限りのつもりだったゴシック衣装。

 胸のサイズを誤魔化すためのパッドが厚い下着。

 そして髪型を偽るためのエクステ。

 普段の彼女を知る人間には別人だと言い放っても疑われない格好をしていた。


「その写真がどうしたの?」

「誤魔化すなよ。お前だろう? ユウちゃん。こんな格好をして大事件の片棒を担ぐだなんて、イケナイなあ」

「な⁉」

「バラされたくなければ付いてこいよ」


 下須の目的は下心が見え見えの脅し。

 すけべな漫画でしか見ないような接し方である以上、彼の目的も往々にして読めてしまう。

 このときのアマミヤは仮に警察に保護された場合には「衣装も操られた状態で着たものであり自分のモノではない」と証言するつもりでいた。

 それをアマミヤ本人だと断定して、あげく脅しの材料にする下須の頭はおかしい。

 狂人を相手に正論は無意味だと判断したアマミヤはひとまず彼に従うことにした。


「わかったわよ。だけど恥ずかしいから人目につかないところでお願いね」

「それはオレも望む通りだ」


 舌なめずりをする下須はじゅるりと生唾を飲み込む。

 彼も脅しの先にやりたいコトを踏まえれば人目は避けたいのだろう。

 おあつらえ向きの場所があると連れ出された先は図書室奥の小部屋。

 本来は図書委員用の備品を入れておく物置部屋なのだが人の出入りは滅多にない。

 そこでこの部屋の合鍵を入手した下須はゆすりの種を仕入れる度にいかがわしい目的で使用していた。

 今回仕入れた写真はゴシップ雑誌の記者をしている叔父からの提供。

 昨日の現場に記者が居たのは必然的とはいえ、そこで撮られた写真をアマミヤを脅すために使おうと言うのは下劣の一言。

 実のところ彼自身、この写真が本人かどうかを求めていない。

 ただ嫌ならば本人であると断定した記事を叔父に書いてもらうだけ。

 この手段で手出しをした女生徒は既に一定数おり、元よりアマミヤを狙っていた彼からすれば「都合の良い似た人物の写真」が偶然当人のモノだったわけだ。

 そんな下須の事情を知ればさもありなん状況だがアマミヤには当然ながら知る由もない。


「早速だが……わかっているよな?」


 アマミヤの顎を掴もうとして伸びる下須の右手。

 彼女はそれを振り払うと掌に隠していた細長い針を指先に挟んだ。


「止めて。あんたには触られたくない」

「オイオイ。そんな物騒なモンを持ち出して何をする気だよ、ユウちゃん。心配するなって。言うことを聞けば言いふらさねえから」

「あんたねぇ……噂には聞いていたけど、本当にこういうコトをしていたんだ」

「噂で聞いていたってことは、こうしてオレから迫られるのを待ちわびていたってコトじゃん。なぁに照れてんだよ」

「アホか!」


 再び伸びた手を空の左手で払うアマミヤ。

 下須は自分が脅している立場でありながら気丈に振る舞って拒絶してくる彼女の態度に「むしろウェルカム」とでも言いたげな笑みを浮かべている。

 彼からすればに断ろうモノなら次回の週刊誌には大規模騒乱を起こした浪人集団の一人が女子高生という特集が組まれるだけ。

 そうなればアマミヤの身体は惜しいとはいえ叔父の写真がスクープになれば情報提供者として分け前がもらえるハズだ。

 どちらに転んでも徳をするのなら気になるクラスメイトを抱くことが最優先。

 同じ手で何度も成功しているからこそタガが外れている下須は今回の犯罪行為も成功すると盲信していた。


「痛てぇなぁ。悪い子はこうしてやる」


 そろそろ力で押さえつけて、一発かまして黙らせよう。

 優しくねちっこく行くのは2回目以降にするかと狙いを切り替えた下須は針を持った右手の手首を掴む。

 そのまま体重をかけて押し倒せば女子には何もできない。

 悲鳴を上げるであろう口は己が口で押さえればいい。

 固くなった身体の一部を誇張しながら強引に押し倒す感触に酔う下須は自分が置かれた状況み気づいていなかった。


「まったく……とんでもないクソ野郎だわ」


 アマミヤがチラつかせていた針は下須の注意を引き付ける囮。

 本命は剣気を爪の先に集めていた左手中指だった。

 押し倒そうとする下須の動きも利用してつむじを指で一突きしたことで、訓練を受けていない下須はたちまちに気を失っていた。

 下須のポケットを漁って彼の端末を取り出したアマミヤは自分への脅しに使った写真等の情報を抜き取ると、あえて他の事案の証拠がわかりやすい状態にして教師のもとに向かう。

 気絶した下須は図書室の片隅に放置したまま。

 落とし物を発見したてい渡された端末を通して教師の目に触れた彼の悪行がどのような判断をくだされるのかは大人たちに任せるしかないだろう。

 あくまでアマミヤは自分に降りかかる火の粉を払いたいだけなので、これまで下須に弄ばれた生徒の仇討ちのつもりなどないのだから。

 ただこうなると、写真のマスターデータを持つ下須の叔父は口封じをしなければいけない。

 これは流石に自分一人では骨が折れる作業なので、兎小屋の手を借りたいところだった。

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