第2話 一次試験
受付を済ませた受験生約100人がごった返す境内の騒がしさも時間が来れば静まり返る。
時刻は朝10時丁度。
試験官らしい袴姿の一団が拝殿の前に整列した。
「それでは定刻なので説明を始めさせていただく。諸君ら受付時に札を渡されていると思うが、先ずはそれを見てもらいたい」
札には受付順と思われる番号が振られており甫のモノは76番。
これをどのように使うのかと小首を傾げる受験者たちに向かって説明は続く。
「これからくじ引きで4人ずつ選出するので、諸君らにはこちらの奇剣を用いて腕試しをしていただく。他3人の奇剣を祓った者が合格だ」
試験官が指す奇剣の多くは一般的な打刀形状をしていた。
おそらく強い力を秘めた刀剣である「妖刀」を模して作られた作品模なのだろう。
「だが奇剣でも体調不良などで稀に飲まれる場合がある。その場合も勿論失格となるから注意するように」
(この人数ならいきなり当たることはないか)
説明を聞いて甫はそう思ったわけだが彼の名前が縁を運んだのであろうか。
最初のくじで引き当てられた番号は──
「一組目……76、37、5、17。以上4名は前に出るように」
76番。
いきなりの指名に甫は驚いて身体を跳ねさせた。
甫は呼ばれた順番に前に出て奇剣を選ぶように言われたので早速品定め。
並んでいる奇剣のは多くは妖気が込められただけの妖刀モドキだが10本に一つは見た目にも奇妙な刃がちらほら混じっていた。
その中から甫が選んだモノに対して周囲の反応はまばらだった。
「身の丈にあったヤツにしたようだな。お陰でいいモノを選ばせてもらったぜ」
二番目に奇剣を選んだ37番の男は甫を煽る。
彼の手には漂う妖気から察するに何かしらのからくりが仕込まれた奇剣が握られており早くも勝ち残ったつもりらしい。
「ご遠慮なさらず」
逆に甫には他の答えが浮かばなかった。
そんな甫が選んだ奇剣は鞘のない艷やかな黒い剣。
鍔も刃もなくつるりとした楕円形の刀身をした木刀である。
37番の男のようにしょせん木刀かと軽く見る者もいればそうでない者もちらほら。
甫にもこの剣を選んだ彼なりの理由は存在していた。
「それでは一組目の腕試しを開始する」
全員が奇剣を選び終わると試験官が並ぶ広間に案内されて、そのうちの一人が開始の号令となる雷管ピストルを上空に構えた。
ピストルの音が響けば開始の合図。
甫も下段に構えた木刀を強く握りしめて他3人をじっと見つめた。
(一番危険なのは5番の鎖鎌だな)
(37番の妖気は要注意だ)
5番と37番はお互いを最初に倒すべき脅威と判断していて甫と同様に17番は手槍を構えながらの見。
開始に先立って5番は鎖分銅を振り回して加速を開始して37番もブツブツと祝詞を唱えて開始早々の先手に備えている。
(撃発!)
にらみ合いの状態からピストルの引き金が弾かれて、大きな音とともに腕試しが開始した。
先手を打ったのは発砲と同時に刀を抜いた37番。
彼が選んだ奇剣「陽炎」は鞘に蓄えられた妖気を刀身にまとわせて刀の勢いを使って衝撃波として飛ばす機能が持たされている。
衝撃波が狙う先はもちろん5番。
5番は鎖を波打つ蛇のように操って衝撃波を迎撃。
一方で居合に乗せて妖気が飛ばされたことで抜け殻となった陽炎の刀身を鞘に戻した37番はこの隙を突いて5番を間合いに捕らえる。
勢いを失った鎖が枷となっている鎌と走りがけ抜刀の刀一振り。
どちらが有利かは目に見えているが──
(引っかかったな)
この展開はすべて5番の想定どおりだった。
彼の選んだ奇剣「蟒蛇」は鎖に込められた妖気を用いて物理法則を無視して操ることができる手品のような武器。
衝撃波との衝突で失われたのは振り回しによる加速エネルギーのみであり妖気は万全だった。
後は後頭部に分銅をぶつけて気絶させれば残りはどうとでもなる。
そう思ってニヤリと勝ち誇った彼の油断があっけない結果を呼ぶ。
「間抜けめ」
5番からはノーマークになっていた17番が投擲した手槍が蟒蛇の鎖を地面に縫い付けていた。
「しまった」
5番は咄嗟に37番の駆け抜け抜刀を鎌の柄と鎖で受け止めようとするのだが妖気を纏った陽炎の一閃を止めるのには力不足。
蟒蛇は本体とも言うべき鎖が切られたことで妖気を失い祓われたことで5番は最初の脱落者となった。
そのまま刀身に妖気が残っている37番は鎖を縫い付けるために跳んで空中にいた17番に目掛けて振り下ろしでの衝撃波。
だが17番の「来い」という掛け声に応じた奇剣「番犬」が彼の手元に戻ったことで、それは容易く防がれてしまった。
(投擲しても手元に戻る槍か……よもや鎖鎌より厄介だったか)
37番はリーチで勝る鎖鎌を警戒していたわけだが、奥の手を隠していた手槍の使い手こそがこの場で一番の強敵かと考え直す。
次の標的を17番に切り替えた37番は再び刀身を鞘に納めたわけだがこれが彼の最後となった。
(どうなっている⁉)
鞘から刀身に移そうとした妖気が失われていたからだ。
試験官も困惑から立ち直る暇もない37番に対して失格を言い渡す。
何が起きたのかと立ち尽くす37番をよそに一騎打ちとなって向かい合う甫と17番。
17番は何が起きたのかを見ているからこそ甫の技を警戒し迂闊には仕掛けない。
「その若さで壊さずに祓えるとはな。だからこそ、その奇剣を選んだか」
甫がやったことは背後から37番に近づいた後、陽炎の核である鞘に向けての寸止めだった。
直接は触れていないが元々奇剣「黒壇」に含まれていた妖気に彼自身の剣気を混ぜた一閃は寸止めしてもなお、陽炎の衝撃波めいて鞘に込められていた妖気を断ち切っていた。
妖刀奇剣は妖気を失えばただの刀剣に過ぎない。
最も容易な祓い方が核となる部位の破壊というだけで高度な技を用いれば物質的には傷をつけずに祓うことも可能である。
甫にこれだけ技量があるということは言ってしまえば打ち合って武器同士が触れるだけで一方的に祓われる可能性があることを指す。
この技術への対抗手段は同種の技を身につけることだけ。
「これじゃあ俺の奇剣の利点が無くなるじゃねえか」
番犬を手槍としての突くための持ち方ではなく、打ち付ける短杖のように握り変えた17番は全体を気で包みこんだ。
(やっぱり都会には腕っこきが集まるんだな)
それを見て甫は感激の笑みで口元が上がっていた。
17番はだらりと槍の穂先を下ろしながら間合いを詰めるのに対して甫は中段に構えて迎え撃つ。
双方とも狙いは相手が握る奇剣のみ。
妖刀奇剣を祓うのに使い手自信を痛めつけるのはあくまで手段。
鍔迫り合いのつもりで祓えてしまえば最善かつ最も効率がいい。
片や木刀。
片や手槍。
リーチの面では甫が有利か。
(脛砕きで体を崩す)
握りを逆手に持ち替えて17番は甫の脛を狙う。
本来は先に上段に打たせた上で懐に飛び込んで打ち付ける技だが17番が先手を取ったのでどう受けるかは甫次第。
だがこの一撃には彼の剣気が込められている。
半端な奇剣では容易く祓える一撃のため下手に剣で受け止めにくい。
かといって脛を強打すれば機動力を欠いて格好の餌食。
これに対して甫はどう出るか。
「ふんっ!」
二択に対して甫は前者を選んでいた。
切っ先を力強く地面に突き刺せるのは刃などない木刀故の気軽さか。
剣気には剣気で応える。
(この距離では近すぎる)
左手を柄から離した甫は拳を軽く握り、右手で刀を振り上げながら左の縦拳で鳩尾を狙う。
打撃によるダメージよりも間合いを取って相手の有利を消すための拳打。
身体が離れたことで手の内を滑らせて穂先の近くを握り、石突側で脇腹を狙った17番の一閃は空振った。
これで間合いが離れて甫の有利。
右手一本で振り下ろしながら迎えるように添えた左手を合流させて木黒壇を真っ向に切り下ろした。
頭に当たれば脳震盪するであろうそれに対して17番は払うように番犬を打ち付けて軌道を逸らす。
そのまま両手を用いて上から押さえつけることで二人の動きが止まった。
(何か来る⁉)
押さえつけられた甫は剣気を感じて身構える。
その予感の通り17番は秘技を準備していた。
(田中流祓剣術──偉大十字!)
自分が持つ手槍と甫の木刀。
これらが描く十字を起点にして17番は渾身の剣気を放出した。
この偉大十字は甫が陽炎を祓際に用いた「妖気を断ち切る」技術を先鋭化させた秘術。
呪術的な浄化作用のある十字模様を用いることで成立する妖刀奇剣を祓うことに特化した技であり試験のために用意された低レベルの奇剣ではひとたまりもない。
技の性質もあり17番は勝ちを確信している。
だが彼も甫と同じ帯刀許可証試験の受験者。
未熟故にこぼれた小さな緩みを甫は見逃さなかった。
(今だ)
抵抗する力の向きを一瞬変えることで緩んだロックをかいくぐって甫は黒壇を引き抜く。
そのまま偉大十字が空打ちになり剣気や妖気が乏しくなった番犬の柄を甫は逃さない。
「カシン!」
と、木と木がぶつかる乾いた音と共に打ち付けられた剣気により番犬は祓われた。
「そこまで!」
試験官も甫の勝ち残りを宣言して彼は次の試験に進めることとなった。
その後も同じ腕試しの試験は続いて2時間程が経過する。
数えたところ総勢97人。
うち24人が一次試験の合格者となった。
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