第37話 ピザ屋と浮かれた名探偵

 タコでゴツゴツとした手が淑女を導いた先は老舗のピザ屋。

 ピザやサラダを自由に取り分けるバイキング方式を採用し、リーズナブルな値段設定で若者にも人気が高い店である。

 若者二人のデート先としては妥当ではあるが、係長としてそれなりの稼ぎもあり今回のデートには意気込みがある銀時としては傍目には安すぎるチョイス。

 だが彼は行ったことのない高級店よりも思い出の大衆店に勝負を賭けた。


「ポテトは楓華のぶんも持ってきておいたぞ」


 両手に持つ皿に盛られているのは具が1種類のシンプルなピザと山盛りのフライドポテト。

 特に分厚い輪切りのポテトは絶妙な味付けでファンも多く、楓華も恥ずかしく思いながらもフォークを持つ手が止まらない味だ。

 銀時が配膳を買って出たことでこれで飲食の時間なのだが、ここで彼は行動を起こす。

 さきほど心に決めたことを楓華に伝えるために。


「ありがとうございます。では早速いただきましょうか」

「その前に聞いくれないか」

「何でしょう?」


 突然改まった銀時の態度に楓華も胸と喉を鳴らす。


「食事が終わったら灘(なだ)のおじさんに会いに行こう。勿論無理にとは言わないが」

「構いませんが……何故ですの? もしや先日の戦闘で銀刀が欠けるようなことがありましたか?」


 銀時が言う灘金時(きんとき)は彼の親類の妖刀鍛冶で銀刀の手入れを行っている人物。

 普段は忙しさにかまけて顔を見せない叔父にわざわざ挨拶に行く意味として刀の不備を疑うのも無理のない話である。


「そうじゃない」

(ということは……もしやわたくしを婚約者として叔父様に紹介することが目的ですの? でも流石にそれはわたくしの妄想が過ぎますわね)

「おじさんに楓華のことを見てもらいたいんだ」

(ですわよね……って、見てもらう⁉)


 この見てもらうと言うのは「楓華の刀を」という意味なのだが、親戚に女性同伴で挨拶に行くのは婚約者としてかと軽く妄想した楓華は「願望通りと解釈可能な一言」に顔を赤らめた。

 銀時もムッツリしているだけで願ったりかなったりの恋人未満な両片思いなので、ここで楓華の妄想を肯定してしまえば恋愛成就なのだがうっかり否定してしまう。


「いくら予備の刀があると言っても、そろそろ楓華も自分専用の調整をした上級妖刀のひとつやふたつは持ち歩いていいと思う。なんなら費用は僕がプレゼントとして用立てるし、使ってくれないか?」

(え……やっぱりわたくしの早とちりでしたか)


 これには赤らめた頬も少し青ざめて戻ってしまった。

 だが銀時からのプレゼントと聞いて楓華は思い直す。

 自分のためにと好きな人から言われたら誰だって嬉しいものだ。


「お気持ちは嬉しいですが……」

「遠慮は要らないよ。もしまた折れたときのことも踏まえて、おじさんには協力をお願いするつもりだ。楓華は安心して……僕と一緒に選んだ刀を使って欲しい」

「そういうことならば是非」

「では決まりだ。でもその前に腹ごしらえと行こう。楓華はもっとお洒落なレストランを知っているんだろうけれど僕も普段は駅前の大衆店にしか行かないからね。こういう子供の頃から知っている店にしか案内できなくて申し訳ない」

「お気になさらず。それにわたくしも銀時様が思っている以上に此処のポテトは好物ですので。部下の前では恥ずかしくて遠慮しちゃいますが」

「なら丁度良かった。僕が取ってくるから、今日くらいは思う存分食べるといいさ」


 この刀を自分だと思って持ち歩いてくれ。

 そんな含みを銀時はプレゼントに託し、楓華もまた一方的に似たことを胸に秘めて頷いた。

 話がまとまったことで食事を始めた二人であったが流石は剣士として身体をよく動かしていることもある。

 最近のオーバーワークによる疲労がエネルギーを欲したのか、ちょっとした大食いタレントのような食べっぷりは周囲の目を引いてしまう。

 多くの人は動画の撮影でもない様子に遠慮してチラリと覗くくらいであるが、そんな群衆に紛れていたのは名探偵。

 一度しか会っていない相手でありながら彼の存在をハッキリと憶えていた。


(流石に物珍しいモノを見る目線が増えましたわね。ちょっとハメを外しすぎましたわ)

「あ!」

(見るまでは我慢しますが……流石に絡まれたくありませんわよ)

「キミは……」

「こんな所で会うなんて奇遇ですね。今日はお休みですか?」

「誰ですの?」


 銀時が偶然同じ店に居ることに気がついて挨拶してきたのは律子だった。

 楓華は見知らぬ女性に少し頬を膨らませてから銀時に耳打ちし、それをチラリと見た名探偵は自分のことを棚上げに関係を察する。

 律子としては仕事だけの関係で彼女を苛立たせる意図などまったくないので、誤解を解くべく立場を名乗ることにした。


「お休み中にご挨拶してすみません。わたしは……あった……真田探偵事務所の真田律子です」


 鞄をあさって楓華に差し出した名刺には住所等の情報が書かれていた。

 事務所を立ち上げたときに用意したが配る機会が少なくて余らせていたモノが役に立ったのには律子も少し嬉しげである。


「ああ……貴女が例の。ならばこちらも挨拶をしなければ失礼ですわね。わたくしは池袋署の係長で左楓華と申します。以後お見知りおきを」

「こちらこそ──」


 銀時の格好から楓華を恋人かそれに近い懇意の女性だと思っていた律子は心の中で小首を傾げるが、首を横に一周回して関係を飲み込む。

 おそらく休日にはデートするくらいに親しいのだろうと。

 そうなると自分は邪魔者でしかない。

 挨拶は済ませたわけだし、ここはもう去るべきと律子は思ったのだが、そんな彼女の遠慮も無視して銀時はあることに気がついた。


「──では……お邪魔でしょうから、わたしはこれで」

「その前に一つ良いですか」

「?」

「所持品から嫌な妖気を感じるあたり仕事中のようですが石神くんはどうしましたか? 平日なら彼は学校でしょうに」

「今日の仕事はわたしだけですよ。仕事と言っても人探しですので。でも流石ですね。おまもりと言う割に気色が悪いから黄布で包んでいたのに」


 これがその品だと態度で示す律子はポーチから例のブレスレットを取り出した。

 食事中というのもあり、黄布に包んだまま妖気を封じた状態で、である。

 試しにチラリと黄布を開いて形を少し確認すると、包まれていたブレスレットから漏れる妖気は楓華の感受性で見ても如何わしい。

 これには思わず銀時と楓華は身を引き締めた。

 この品の危険度を一目に見抜いたのは士としての経験則に他ならない。


「真田さん……これを何処で?」

「今朝舞い込んだフォー・カスという雑誌の編集部からの依頼で、同じモノを所持している記者が行方不明だから探して欲しいと。音信不通というのは引っかかるし、品の妖気はおまもりと言う割にはたしかにアレですけれど、あくまで人探しならわたしだけでも大丈夫かなと、引き受けたんですよ」

(これがおまもりですって⁉ この妖気は裏切り防止の為に使う呪具と同じものですわ)

「その仕事……今すぐ学校から石神くんを呼ぶか、彼が研修に来る週末まで先延ばしすることは出来ませんか? 貴女だけでやるのは危険です」

「心配してもらうのは嬉しいですが大丈夫ですよ。そりゃあ危険を感じたらあの子を待ちますが、やれるだけのことはわたし一人でやりますって。先方も出来るだけ早くと言ってますし」

「だったら対象を見つけ次第すぐに知らせてください。そのおまもりはそれだけ危険な代物です」

「ハハハ、変な妖気を帯びているからと言って、こんな妖刀でもない小物に心配しすぎですって。もしものときは頼るかもしれませんが、お二人の邪魔はしませんから」

「ですが……」

「それではわたしはこれで」

「まっ!」


 銀時は注意を促したのだが律子は聞く耳を持たない。

 彼女の頭の中は「デート中の二人を邪魔したくない」という配慮と「警察沙汰にはしたくないので、もしそうなった場合は依頼を打ち切る」という依頼主からのオーダーにもとづく打算に囚われており、危険性甘く見ていた。

 そそくさと立ち去った律子は自席について昼食の真っ最中であり、先に食事をあらかた済ませている二人ならば待ち伏せ尾行も難くない。

 だが士として律子を心配する気持ちがあるのは嘘ではないうえで、銀時は眼の前に居る彼女をないがしろにしたくはない思いもある。

 葛藤を解決する策は、取り出した端末に表示された彼に彼女を委ねることだった。


「──では」


 連絡を終えた銀時が楓華に目線を向けると彼女の表情は何処か複雑そうである。

 おそらく彼女も律子の楽天的な態度が気になったのだろう。


「ちょうど昼時で連絡が取れたから良かったよ。あとは彼に任せよう」

「本当に大丈夫なのでしょうか?」

「僕も気になるがこれ以上の干渉は彼女たちのためにはならないからね。彼が合流すれば問題ないだろう。それにもしもの場合も責任は僕の判断にあるから楓華は気にしなくていい」


 楓華は律子の無事が気がかりのようだが銀時は彼を信頼してすべてを任せた。

 先に会計を済ませて店を出る銀時は後ろ髪を引かれる楓華の手を引いて叔父の元へと足を向ける。

 中途半端な出会いのせいで気を揉んだとはいえ言い換えれば律子の状況は経験の浅い士の勇み足と変わらない。

 ある程度は咎めるとはいえ最終的な面倒もすべて自分が引き受けるのは上司の身が保たないと、銀時は楓華を説得した。

 一つ気になると言えば彼が合流する前に危険な状況になるくらいだが、到着までの2、3時間ほどで活動できる範囲は渋谷署の管轄だけだろう。

 そこはこの街を守っている楓華の部下たちを信じる他にないが、それこそ楓華には愚問だった。

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