第36話 博物館
トランス能力による妖気の追跡に必要なのは集中力。
大机の上に地図を広げた律子は、その上におまもりを置いて気を張り詰めた。
囁くのは力を使う際に漏れ出る祝詞。
祈るのは対象の姿。
唱えるは「下須フミハル」の名。
念じるは彼の位置。
わずかとは言えおまもりに宿る妖気は邪なものであり、たぐる気配もジャミングだらけ。
その中からピックアップした最も触媒に近い妖気は2箇所に絞られた。
「千束と池袋だったら、やっぱりこっちだよね」
ひとまず律子は華やかな場所を優先する。
距離で言えば千束の方が近いわけだが、それ故に反応がある場所がいかがわしいことも理解しており、行かなくて済むのならばという考えだった。
同刻──午前10時10分、池袋駅。
並んで歩く若い男女が周囲の注目を浴びていた。
銀髪眼鏡の男性は薄手のジャケットとスラックを上下ともに濃い藍色で揃えており、開けた上着から見える白のシャツが涼しげである。
対する青髪の女性はライトブルーの上着にスカートには薄っすらと青みがかったの青白磁のロングをチョイス。
アクセントとして胸元には薄いピンクのリボンタイを結んでいた。
「久々の休みなんだ。たまには学生気分で羽根を伸ばそうじゃないか」
「賛成ですわ」
デートスポットが職場の近くと言うのは交替勤務の警察勤めなことを踏まえれば気が利かない銀時のチョイス。
彼も剣士としては完全無欠であると認識する者が多い一方で、男女の機微では年齢相応なのだろう。
幸い楓華は仕事中なら後ろに結んで嵩張らないようにしている長い髪を解いてストレートにしているため、彼女が普段からこの街を巡回している女性剣士と同一人物であると気がつく人は少なかった。
そんな二人が練り歩いた先は上級妖刀の特別展示が行われている博物館。
楓華はまだしも銀時のほうは顔も名も有名だからか、警備員として雇われていた士の何人かから声をかけられるほどだった。
展示の目玉は日露戦争中に従軍した辻(つじ)某という剣士が使用していたとされる樺太割(からふとわり)という妖刀。
海氷上での戦闘にて、敵兵に囲まれた友軍兵士を人知を超えた一振りで海氷どころか海面まで二つに裂いて救ったという伝説を持つ。
梵字が刻まれた黄布で厳重に封印されているがそれでも伝わるほどの強い妖気。
禍々しさはないが恐ろしさを感じる名刀には楓華でさえも見惚れるほどのようだ。
「そう言えば日曜の仕事で刀が折れたそうだが、代わりは用意したか?」
銀時はその目線を物欲しそうにしていると感じて楓華に刀の話を振った。
もちろん展示品と同じモノを代わりに用意することなど出来ないと承知の上で話題の種として。
「新しいモノは手に入っていませんが、もともと手に馴染むモノは見つけ次第確保していますから心配要りませんわよ。士にとっては妖刀もしょせん消耗品ですので。それに──」
「ん?」
「大したことではありませんのでお気になさらず」
楓華の漏らした「それに」に反応した銀時の息づかいに気づき、照れた彼女は誤魔化してしまった。
その本心は「消耗品である刀に入れ込みすぎた場合に刀の破損を躊躇してしまいそうだ」という不安。
銀時が「もしこの機会に自分のために彼が新しい刀を用意してくれたら、勿体なくて普段遣い出来ないし、もし破損したら酷く傷つく」と楓華は尻込んだ。
(せっかくだから午後は新しい刀を見に行こうと思ったんだが要らないのならば別の行き先にするべきか)
楓華の尻込みを余計なお世話への先制と受け取った銀時はデートプランに思い悩む。
新しい刀よりも別のモノのほうが彼女が喜ぶと言うのならば、何をしてあげるべきなのかと。
破廉恥なことを言えばロマンティックな一夜が最上だが、銀時としては自分勝手な妄想に過ぎないので楓華にとっても正解だと知る由もない。
学生気分の延長をイメージするならば斬九郎も巻き込んで彼のアパートにてドンチャン騒ぎになるわけだが、彼を頭に浮かべたところで先日の忠告が呼び起こされた。
「お互いにもう大人なんだぜ」
今日のデートは「親友の妹と幼馴染のお兄さん」という関係から大人として一歩先に進むためのモノだという意気込みを思い出した銀時は、午後の予定を頭の中で決意した。
博物館の展示を一通り見学し終えて外に出た時刻は12時を少し回った頃。
食事がてら午後の行き先を伝えるべく、久方ぶりとなる飲食店まで銀時は楓華の手を引いて歩いた。
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