第25話 帰納
四杉大臣に接近することに成功したアマミヤは渾身の剣気をステッキに籠める。
妖気の源であるステッキ内部の核がピキピキとひび割れていく震えがアマミヤの手に伝わっている。
もうすぐこの奇剣は役目を終えるだろう。
だからこれが最後の一撃。
もともとさっきの攻撃でお役御免だったと思えば上出来だと、アマミヤは妖気を細く束ねて針へと変えた。
鋭いため折れても伸び続ける限り先端は突き刺さる。
しなやかなため軽くそらした程度ではその身を曲げて狙いをつける。
そして下手に強く弾いても折れるだけ。
アマミヤにとっては苦肉の運用だったがこの一撃は型にはまっていた。
(コレが届けばドクターの出番も要らないな)
兎小屋による大臣襲撃において「奇剣に操られた少女を装うアマミヤ」は混乱を生むための揺動。
本命は致命の機会を伺って潜んでいるドクターの不意打ちである。
だがここで決めればドクターの出る幕はない。
そうなれば札付きである彼が士に見つける危険もないだろう。
彼女なりの仲間への慈愛は針先を螺線させて鋭さを増していく。
(取った!)
極限の集中が時間間隔をゆっくりと感じさせていく中で針先が大臣に触れる。
このまま後は奥まで届けば脳を豆腐のように崩して死に至らしめるとアマミヤが手応えを感じた。
その刹那──
「なっ⁉」
ステッキから伸びていた針は細いその身が解けて散ってしまった。
正確無比である様を「針の穴を通す」と形容するが、これは実際に通したと言っても良い。
スッと大臣の前を一瞬で通過した銀時の向いた銀刀が針を中心に捉えて裂いていた。
表皮に刺さった妖気も一瞬で消えて血の一滴すら出ていない。
そしてアマミヤの手の内には崩れていくステッキ。
奇剣が祓われた以上、彼女に出来ることは被害者を装って伏せるだけとなった。
「今のは危なかったじゃないか」
一瞬の行方次第では命を落としていたであろう大臣は自分が殺されるとは思っていないからこそ銀時を褒めるつもりで小言を漏らす。
そんな彼の歪んだ性癖を知らなければ嫌味にしか聞こえない言葉を「だったら次はお望み通りに命を落としてやろうか」と心の中で呟く男がようやく刃を抜いた。
(お嬢の囮は成功だ。お陰で杉田の虚を突くことが出来た)
理人の使う妖刀は匕首。
実用性を考慮したグリップやナックルガードを後付しているがその刀身は短く、梅雨時には蒸し暑くなりそうな服装ならば衣服の内側に隠すことも容易である。
気配を消して潜み、剣気も妖気も抑え込んで注意を払っていた理人はようやく牙を剥いた。
妖刀を封じる鞘から抜き放ては妖気も溢れて手練れには気づかれる。
なのでチャンスは一度。
逃せば次の好機はそうそう来ない。
だが──
「斬り捨て御免」
理人の右腕は肘から先が切り離されて空を舞っていた。
「おお!」
眼の前で繰り広げられる暗殺者と士の剣戟に興奮する大臣。
彼からすれば自分のために開かれた特別ライブも同然なのだが、このリアクションは他人には気が狂っているようにしか思えないだろう。
「観念しなさい。札付きの浪人が関わっているとは思っていましたが、まさか貴方が出てくるとは思いませんでしたよ」
「しゃあ!」
投降を促す銀時を無視した理人は大臣に肩を当てて押し倒す。
そして狙って切り飛ばされたヤマイダレを左手で受け取ると、そのまま切っ先を大臣の喉に突きつけた。
理人は脅すこともなく刃を刺そうとしたのだが、銀時もこれ以上の説得は無意味と言わんばかりに蹴り飛ばす。
さきほどの一撃で既に隻腕。
跨っているとはいえ胸ぐらを腕で掴んでいないため理人は簡単に引き離された。
苦痛も厭わない気丈な理人もこの蹴りを受けて青色吐息。
ギラリと呪詛をこめた眼で大臣を睨むがその前には銀時が立ちはだかる。
この状況で理人の捕縛を優先しようとした銀時は銀刀の峰を返したのだが、ここで大臣はしゃしゃり出た。
立ち上がり、この状況を当然の勝利と言わんばかりの態度を取る大臣は理人の逆鱗を刺激するのだが、知らぬは本人だけであろうか。
「しょせんは浪人風情。弱者の刃で儂は殺せん」
勝ち誇る大臣は尺に触るがこの増長は理人にとっては計算通りかつ好都合な行動。
お陰で手筈通りに逃げられると心の中ではほくそ笑む。
「ふっ──」
大臣にとっては決めセリフであろう言葉を鼻で笑った理人は足を呼び出した。
「予約した通りだ。運んでくれ!」
「うぃ、むしゅー」
暴漢を煽るためだけに先走った大臣の安全を確保するために銀時が気を許した一瞬を突いて現れたのは闇の運び屋。
イタクと通称されている空間移動能力を持った妖刀を所持する浪人が地中を切り裂いて理人を連れ去っていった。
札付きの理人とは異なりイタクは正体不明で警察やAKMでも素顔を把握していない。
これ以上は追跡できないかと銀時は肩を落とすものの、さらなる浪人が控えては居ないか気を抜けない時間が流れていった。
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