第23話 紫峰滴

 予告状にて示した街全てで騒動が起こり、この状況を俯瞰する理人は機を伺っていた。

 彼らが予告した7個所に共通しているのはこの日同じ時間に議員候補が駅前で演説を行うという点。

 更に言えば財務大臣が応援演説をする候補と同じ開催時刻であるという事が重要だった。

 いま乱行狼藉を働いている7人は全て囮。

 品川の警備を手薄にできれば大金星であり主目的は足止めである。

 その他の管轄から応援を寄越すにしても元々予告に対応するために動いていた者たちほどには迅速に動けない。

 理人は妖刀ヤマイダレの鯉口に指をかけて会心のタイミングを見計らっていた。

 その頃、近くに落下してきたアマミヤに接近にした甫は官製奇剣を抜き放って片手下段に構える。

 左手を自由にしているのは拘束保護を目的としている少女に組み付く機会を伺ってのモノ。

 出来れば太刀より脇差しのような短い武器のほうが状況にあっているのを苦々しく思いつつ甫は身構えていた。


(こっちに来るか? それとも逃げるか?)


 ジッとアマミヤを見る甫は彼女の後の先を取ろうとしている。

 攻めてくれば受ける。

 逃げれば攻める。

 別の誰かを襲うのならば割って入る。

 腹をくくって身構える甫とは対象的にアマミヤは内心戸惑っていた。


(コイツ……昨日の子だ。海砂利と水魚でも苦戦した相手にこんな玩具じゃどうしようもないわよ)


 なまじ甫と戦った経験があるからこそ不利な状況に思考が割れてしまう。

 挑みかかっても勝てそうにない。

 かと言って逃げても振り切るより先に他の士に囲まれそうだ。

 ステッキで出来る引き出しもあらかたバレて居る以上は迂闊に飛び跳ねるのも危うい。

 咄嗟の回避で彼の前に出たことが不運かとアマミヤは萎えかけていた。

 こうなると「操られた被害者」として振る舞っているお陰で捕まっても困る要素はない。

 だがここで諦めたら計画が狂ってしまう。

 ジリジリと間合いを詰めて、いざ飛びかかろうとした甫に対して、アマミヤは可能な限り抗うことにした。


「ええーい!」


 可愛らしく作った声を大きく張らせたアマミヤの手に握られたステッキはマイクの代わり。

 突然のことに一瞬頭が空白になった甫の隙を突いた魔法少女はボーを伸ばして剣士を襲う。

 それでも甫の不意を突くのには不充分のようで、右手の刀でボーは防がれるわけだが、そのまま組み付こうとした彼の左手を遅らせることには成功。

 密着状態での伸長による刺突 

 二人の距離が勢いよく離れていく。


(しくじった)


 痛みは強いが死にはしない。

 吐き気はあるが程度としてはかすり傷に毛が生えた程度のダメージ。

 だが間合いが離れたことでこのままでは甫は少女を取り逃す。

 人混みに紛れたアマミヤを追うべく納刀してベルトから抜いた鞘を持ちながら追う甫。

 チェイスに横から手出しする他の士を跳ね除けながらアマミヤは大臣に近づいていく。


「待たんか!」


 そんな少女に先回りをした三浦は気が触れていたのだろうか。

 周囲の声も聞かず大ぶりに構えたのは迎撃の姿勢だ。

 大臣に近づくほど群衆は少ないため、ここで大振りによる範囲攻撃を行っても巻き込まれるのは多くて5人程。

 距離も離れているため巻き込まれた結果も転倒した際の怪我が心配な程度の被害。

 アマミヤの実態である「大臣襲撃を目的とした襲撃者」への対応としてはこの程度の被害など小事と切り捨てることが正解なのかもしれない。

 だがそんな裏など知らない人間には三浦の構えは行き過ぎている。

 そもそも三浦も裏など知らずに激情に任せて暴走しているため蛮行以外の何者でもない。

 これには演技と偽装を盾に動いていたアマミヤも困惑を隠せなかった。


(このままじゃ後ろにも被害が出る。このオッサン……正気なの?)

「皆さん! ご協力……お願いします!」

(避けようにも出会い頭で避けきれない。受け止めるにしてもステッキが耐えきれない。何がご協力だ。勝手な都合を押し付けるクソカスめ。あたしはしくじってしまったが、この先はドクターのアドリブに任せるしかないか)


 せめて最後の妖気で後ろにいる人たちは庇おうと、アマミヤはステッキを前に突き出した。

 今までは攻撃用のボーを展開していたわけだが防御用に出した形はパラソル。

 気休め程度の耐久力だが彼女の剣気を全力にすればステッキを犠牲にした相殺くらいは可能だろう。

 一般人を守る魔法少女の姿はアニメのヒーローそのままか。

 ピキピキとひび割れていくパラソルは奇剣としてのステッキの耐久状態を示していた。

 クラックが中心に差し掛かって、いざ割れてしまおう。

 渾身の一撃が操られた少女をバリアごと斬り伏せる様子に緩む三浦の意識は達成の寸前で途切れる。


(山断ちの秘剣──紫峰滴)


 三浦の暴走を止めるべく振るった甫の刃が彼の大砲じみた剣気の放射を彼の意識ごと断ち切っていた。

 刀は最短距離を振り抜く。

 その上で遥か遠くの山を切り裂くように意識して大きく振るう。

 秋山某の教えを昇華した甫の秘剣は三浦の放った剣気の衝撃波を切り裂きながら伝い三浦の意識まで断っていた。

 コレは群衆ごと攻撃するのはやりすぎだと判断し三浦の攻撃を相殺する目的で放った一撃。

 アマミヤが背後を守ろうとした行動と組み合わさったことで、三浦を気絶させつつアマミヤのステッキが祓われる寸前で助ける結果となった。

 一般人への被害という観点では上出来なわけだが「操られた少女を制圧して止める」という目的としてはボーンヘッド。

 首の皮一枚が繋がったアマミヤは即座に切り替えて大臣に迫った。

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