第7話 初めての共同作業

 妖刀と奇剣を分け隔てるモノ。

 それは自然に妖気を纏ったか、それとも人為的に妖気を纏わせたかの違いである。

 言ってしまえば妖刀奇剣の類は知識と技術を持つ人間ならば人為的に産み出すことも可能であり、士に支給される官製奇剣も妖刀を祓うための道具として作られた妖刀なのは変わらない。

 つまり「人心を惑わす妖刀」としての機能のみを持たされた奇剣を作ることも可能ということ。

 トランス能力に導かれる律子が感じた妖気もソレによるものだった。


「許さないぞ……所(ところ)……」


 妖気を漏らすこの女性は誰かを探しながら呪いの言葉をブツブツと吐く。

 彼女の手にはお土産屋でよく見るアレが握られていた。

 言葉の節々に出ている所というのは彼女が勤めている会社の上司。

 直属でもないのに頻繁に声をかけてくる姿勢に対して、自分に下心を見せる異性で反りが合わないなと、内心嫌っていたが殺意まではない。

 しかし握られた奇剣によって負の感情が増幅されたことで今の彼女は所を見つけ次第殺すつもりになっていた。

 奇剣を握るきっかけは前を歩く男がポケットからこぼれ落としたキーホルダー。

 これが見かけに反して強い妖気を秘めた奇剣であると見抜ける素人が居ようものだろうか。

 時刻は甫が天樹との待ち合わせをしていたのと同じ夕方6時ちょうど。

 そろそろ所が上野駅に来る頃合いである。


「見つけた……」


 二人の女性が同じタイミングで同じ言葉を口に出した。

 妖気を纏った女性は人混みを掻き分けながら中年男性目掛けて走り出し、その女性を律子が指差すわけだが、この距離になれば甫にも彼女が感じているモノが視認可能である。


(言われた通りに着いてきたら本当に事件が起きてる⁉)


 見たところ女性は刃物を握っていないが妖気の強さは周囲の人間に害が起きうるレベル。

 今すぐに取り押さえなければ何が起きるかわからない状況を前に甫はスーツケースを律子に預けた。


「荷物を頼みます。律子さんは警察に連絡を!」


 甫が南部を持ち運びするのに使用している専用ケースのスイッチを押すとロックが開いて鞘に入った南部が迫り出す。

 それを引き抜きながら女性に駆け寄る甫は鍔に親指を当てて何時でも抜ける姿勢である。

 このスイッチは緊急事態を周囲に知らせる機能もあるため残されたケースのランプが光って周囲に注意を促した。

 道行く人々は何事かと困惑しながら歩みを止めてランプに目を向けたことで甫と女性の間に道ができる。

 あとはその道を駆け抜けるのみ。


「何事や……って、大葉(おおば)さんやないか」

「許さんぞ……所ぉ!」


 赤いパトランプよりも先に女性の存在に気付いた所は何も知らぬまま彼女に手を振る。

 彼にとっては何気ない日常の仕草。

 だけど今の彼女には所が何をしようとも妖気を焚きつける怒りを呼び起こす火種にしかならない。


「どうしたん? そんな慌てた様子で──」


 いつもは嫌な顔をして振り払うのに今日は彼女の方から抱きついて来るなんて、もしかして出先ストレスで溜まっているのだろうか。

 そんな下心しか頭に浮かばなかった所も流石に彼女の手元を見れば青ざめる。

 両手を合わせた彼女の手から伸びる薄紫色の剣。

 妖気の刃が所の目にもハッキリと写ったからだ。

 ただでさえ妖気によって引き出された所への恨みが相手を目の前にしてピークに達しているのだからその切れ味は容易に人体を切り分けるほど。

 刺さっただけで内蔵をえぐり取る刃が所を襲う。


「そこまでです!」


 しかして間一髪。

 駆け抜け抜刀から縦に振り落とされた南部の一太刀が女性の刃を切断し叩き落としていた。


「お……お……ぉ……」


 光の刃を握りしめた知人がいきなり刺しに来たかと思った瞬間、見知らぬ刀を持った少年がそれを目の前で弾き落としたわけだ。

 腰を抜かした所は顎も外れて片言である。

 甫は二人の関係など見向きもせずに女性に正対するが、この女性は飛び退

いて距離を開けてから霞の構え。

 妖気の刃を発生させている妖刀に操られているのだろうと甫にも一目でわかる身のこなしである。


(妖刀に操られているみたいだけれど空手……握り拳に秘密がありそうだな)


 細く長いパイプのような構えに沿った形状を取る妖気の刃を見て甫は訝しんだ。

 周囲の人間も刀を抜いた少年と身構える女性の姿に事件を感じて後退りしていく。

 自然と二人が戦うための適度な空間が出来上がっていた。


(思ったより早いけれど士が来ちゃったらにはオートにはしておけないよ。どれ……マニュアルにしてどの程度やれるかテストの時間だ)


 黒幕は何処かから女性の視界を通して呟いた。

 操られている女性の身体を包む妖気が広がっていき彼女はの身体は妖気に取り込まれていく。

 憑き物としての程度が進んだわけだ。

 剣術としての構えを取る姿には不自然な点があるのだが甫はソレに気づいていない。

 彼はただ眼の前にいる憑き物を祓う事にのみ意識を向けていた。


(核はあの手の中か?)


 女性の服装はパンツスタイルのオフィスカジュアルで長物を隠し持っているそぶりはない。

 妖気の刃もずっと握り続けている右手から伸びていることを踏まえると短い妖刀を隠し持っているとは考えにくかった。

 こうなると攻めにくいのは公僕の類である士の性。

 これでは妖刀を叩き折って御仕舞にしてしまうわけにはいかないからだ。

 祓うべき相手が助けるべき依代に守られているこの状況は口惜しい。

 黒幕もソレを見越してこの奇剣「昇竜」を製造していた。

 このハンデ戦でどこまで士相手に戦えるかは黒幕の関心するところ。

 思いのほか有用ならば数打ちするか。

 相手を若い駆け出しと甘く見ていた黒幕だったがすぐに舌を巻くこととなる。


(最初は剣を潰して……次は依代を……)


 憑き物となった女性の放つ霞構えからの突きなど甫には止まって見えるほど。

 軽々とかわしつつ横腹を弾くどころか斬り伏せる一撃に憑き物は遠隔操作を受け付けなくなった。

 依代である女性の心を刺激して、邪念を揺り起こし、失った妖気を補充する。

 憑き物が再始動するまでの数秒のラグがこの戦いでは決め手となった。


「あっ!」


 野次馬がそう叫ぶのも無理もない。

 相手の刃を切り取った勢いのまま頭上で回した刀を女性の頭上スレスレで寸止めしたのだから。

 南部に備わった妖気と切断時に掠めた微量な憑き物の妖気。

 それらを剣気で一つに集約した祓いの一刀は憑き物を憑き物として成立するための妖気を消滅させていた。

 黒幕が遠隔操作モードに切り替えたことで女性の負担が増えていたのも失敗といえる。

 体力を犠牲にして五体を操る燃料として捻り出していた妖気が急激に失われたことで、女性は小さな妖刀を握りしめる握力すら失ってしまっていた。

 緩んだ掌から落ちた昇竜がカチャンと軽い金属音を立てている。

 甫はソレを見逃さず、一気に切っ先を突き立てて破壊した。

 ひとまず妖刀を祓うことに成功したが甫が気を緩ませないのは後詰めを警戒してのもの。

 自称探偵である律子の指示で妖刀と遭遇したわけだが、この妖刀がどこから来たのかさえ知らない甫に気を休める暇などあるわけもない。

 だが己のトランスを根拠として妖刀を発見した律子は事情が違う。

 再び気配を探り類似のものがなくなったのを確認してから甫に呼びかけた。


「ありがとうハジメくん。もう大丈夫だから」


 律子の声を聞いて改めて周囲を見る甫の眼に写ったのは倒れる女性と失禁する男性。

 砕かれた妖刀と取り囲む野次馬。

 そして近づいてくる駅員らしき人の姿。

 こうなれば目下の脅威だった憑き物を祓った以上、あとは警察や駅員に任せて士として刀を振るうのはここまでにするべきだろうか。


「これで事件解決だね」

「は、はい」


 ようやく緊張が緩んだ甫の手を律子は握りしめる。

 そんな状態で一目惚れした女性に触れられた甫は顔を赤くした。

 だがそんな顔が青くなるのは少し後のこと。

 無名の自称探偵である律子と共に危険行為を警察に咎められる事になるなど甫は想像していなかった。

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