第19話 アマミヤの魔法
「ヤツが壇上でマイクを握るのが合図だ」
少女は取り決めの会話を反芻してその時を待つ。
今回の彼女は虎の子の小太刀は持ち歩いておらず、握っているのはライトの付いた太いペン。
実用品というよりも女児向けアニメのキャラクターグッズに近い代物である。
今回の彼女は「何も知らずに危険な奇剣を拾った被害者」を装っているため昨日とは異なり梅雨らしい身軽な服装。
リトルバニーの半袖シャツにミニスカート。
それに手荷物が入ったウェストポーチが一つだけ。
事情を知らない者が見れば「偶然通りがかった女子高生」以外の何者でもない。
少女が時を待つ頃、他の6箇所では品川に先んじての街頭演説が始まっていた。
いずれの議員も大臣の息がかかており将来的には国政に出ることを目指している若手である。
彼らの力量は個々で異なるため一概に評価できないのだが、彼らが順調にステップアップできれば与党内における大臣の地位をより強固にするだろう。
それは兎小屋にとっては避けたい事態だった。
「それでは四杉大臣──」
最初のしばらくは立候補者である三井コトブキという女性が自分の思いを有権者に述べていた。
年齢は30歳と若くスポーツウーマンらしい引き締まった体躯がパンツスーツ越しでもわかるほど。
特におしりの艶かしさは大臣がいやらしい目線を向けていることからもわかる上物で彼女の意思はどうであれ大臣が彼女を応援するのはその身体が目当てなのかもしれない。
少なくともそう邪推するライバルは政界の中では枚挙にいとまがない。
しばらくしてコトブキの演説が終わると真打ち登場とばかりに大臣はマイクを受け取って応援を開始しようと口を開く。
それは少女アマミヤが待ちわびた決行の合図。
キーンとマイクが鳴ったのに合わせて彼女は暴れ出した。
「ひろがるー!」
ややわざとらしいがこれは演技。
女児向けアニメのヒーロー──平たく言えば魔法少女になりきったアマミヤはペンライト型の奇剣を天にかざした。
今回は囮ということで極力は妖気による衝動に身を任せるが狙うは大臣。
彼と、彼とつながる勢力を自由にさせておくものかと彼女たちは考えていた。
彼らこそが予告状における「歪んだ都」の一端。
兎小屋の目的は武力による政変だった。
「イヤー!」
掛け声とともにペンライトから伸ばした妖気のボーで周囲の聴衆を殴っていく。
殺すつもりはないが最悪それなりの怪我は負わせても構わないつもりである。
これに対して「ついに予告されていた事件が起きた」と反応したのは召集された士たち。
甫は持ち回りのブロックがアマミヤがいた場所から離れていたため近い士に状況を任せて、急に出没した不審者に困惑する聴衆への避難誘導に追われてしまう。
そうなれば退治するのは当然他の士なわけだがアマミヤは不慣れな奇剣で操られた一般人を装った状態でも強かった。
「退いていろ」
妖気のボーにより叩き倒された士たちを下がらせたのは事件初期から出向している横浜署の係長──三浦ランボ。
彼は他の士たちが被害者への配慮から生まれた隙を突かれていることを見抜いており、自分はその轍は踏まないと意気込んでいる。
三浦は士である前に正規の警察官ということで暴徒に遠慮のない彼は正体を知らぬままアマミヤに剣を向ける。
彼が使う奇剣「芦ノ湖」も妖気を内包した頑丈な木刀であり帯刀許可証試験に用いられていた奇剣「黒壇」の類似品。
もとより妖刀事件と同等に一般の暴漢事件への対応も行っている彼の役職に合わせた奇剣で骨を折ってでも、操られていると思しき少女を止めるつもりである。
(見るからに公権力を傘に暴力を振るいたくて士になった似非剣士ね。あたしの演技なんてお構いなしに攻撃してくる気じゃない)
そんな三浦の気概はアマミヤにもそれが手に取るように感じられた。
これまでアマミヤが士たちを軽々と蹴散らせられたのは彼らが被害者の保護を優先しているから。
剣気を打ち込む際にどうしても「操られた被害者」を傷つけないと寸止めに留めるため回避に余裕があったわけだ。
これは演技しているというのを抜きにして攻撃に寄り添っているぶん防御には不向きなボーを振るうアマミヤには有利な状況である。
だが三浦は遠慮を知らない。
打撲なら数日、骨折でも一ヶ月もあれば治るだろうとしか思っていないのが見え見えである。
演技抜きで戦った場合はまだしも演技しながらでは分が悪いか。
だけどドクターが動く前に制圧されたら計画は失敗。
もう少し暴れて注意を引き付けるためにはあの男を倒すしかないのだろうかとアマミヤはポーカーフェイスで次の手を練る。
「痛い目に会いたくなかったらソイツに抗いなさい」
これは三浦にとっては最後通告にようだ。
太い腕をミチミチと呻かせた三浦はアマミヤを殺す勢いで木刀を打ち付けた。
膂力をこめた渾身の一撃による先制はさながら示現流の蜻蛉に近い。
見かけの割に剣気は平凡だが彼の筋力はそれを補うほどだ。
妖気のボーなど容易くへし折り、そのまま祓うことも可能だろう。
(流せる威力じゃない)
ガード不可能な攻撃を前にアマミヤが取れる行動は「本気で応対する」か「そのまま打たれる」かの二択。
本命のドクターがまだ動いていないのでもちろんKO必至の後者は避けたいわけだが、前者でも演技が見抜かれたらドクターの行動に支障が起こりかねない。
ならば演技しつつ本気を出すにはどうするべきか。
アマミヤはどのみち操られている体だと恥を投げ捨てる。
「プリ、ハイジャーンプっ!」
「なにっ⁉」
恥も外聞も投げ捨てて、奇剣を逆手に構えたアマミヤが先端を地面に刺すように振るいつつ叫ぶと、彼女はさながらヒーローのように高く飛び上がって芦ノ湖を回避した。
空中で羽根が生えたように舞うアマミヤを見た一般人にはさながらアニメの世界から出てきたようにしか見えない。
だがそのエネルギー源は魔法の力でもキラキラしたものでもなく、妖気というどちらかと言えばそれらとは真逆のエナジー。
見た目に反しておぞましい起源を持つ力を用いてアマミヤは魔法少女さながらに弾幕を降らした。
「レインボー・シャワー!」
さらには呪文に合わせてペン先から放たれた妖気の光が曇天の空に薄い虹をかける。
「小癪な」
当ってもたいしたダメージにはならないが目くらましには充分。
三浦たちはこの攻撃を前にアマミヤの姿を見失ってしまう。
チャフスモークめいた魔法で演技の粗を隠しつつ三浦との距離を取ったアマミヤは、このままボロを出すよりはと大臣に狙いを変えた。
予定より少し早いが演技を見破られるなりドクターが動くより先に捕まるくらいなら三浦やその周囲に構える士たちは一旦捨て置く判断である。
さらには「事件の黒幕が市民を操っていたのは大臣襲撃のため」と印象つけるのがこの一撃の狙い。
無論アマミヤたちが実際に狙っていることには違いがないので対応しきれないのならそれまでという、どちらにせよな狙撃を試みる。
流石にこの程度の狙撃など士たちも防ぐ用意は万端に違いない。
通用しないことなど百も承知でアマミヤはボーを伸ばした。
「プリ・ショット・ルーティン!」
とっさに浮かんだそれらしく聞こえる単語を繋げた言葉に乗って妖気のボーが100メートル単位で伸びる。
速度は中学生が投げる野球ボールくらいだろう。
防がれることなど想定内とはいえ、防げなければ初老の男性なら充分に殺しうる衝撃が大臣に迫った。
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