第9話 連続乱心事件

 さて少年が大人の女性との初めての一つ屋根の下で寝付けなくなる少し前に時間を巻き戻そう。

 休日前の深夜ということで人気のなくなった丸の内ビルに二人と別れたその足で向った天樹が入っていく。

 遅めの夕食を終えた後の夜10時ということでこんな夜更けに集まる人間は物好きか公僕くらいのもの。

 彼女がここで待ち合わせていた若者たちはもちろん後者である。


「深夜の緊急招集とは一大事のようですね」


 天樹に理由を訊ねる眼鏡の男を筆頭に集まった男たちはみな一角の士。

 それぞれ新宿、新大久保、恵比寿、五反田、池袋、上野、品川の警察署にて、赴任している他の士を取り仕切る係長の地位についている。

 そんな彼らを天樹がAKMの本部ビルに招集したのはまさに一大事が理由。

 それも3週間前から警戒していた大事件の進展である。


「左(ひだり)くんには言うまでもない話ですが、ついに上野でも妖刀を使った乱心事件が発生しました。これで6回目。残る予告は品川だけです」


 説明役として天樹がプロジェクタに映した資料に含まれている声明文にはこのように記載されていた。


 この度、我らは七振りの奇剣を拵えた

 何れも人を惑わす正真正銘の妖刀

 七つの人柱を以て顕現せし七英雄が

 この歪んだ都を滅ぼさん

 上野 品川 恵比寿 池袋 五反田 新大久保 新宿

 この地に虚数の兎に導かれし英雄降り立つ


 要約すれば無辜の人間を依代とした憑き物を使用して、記載された7箇所でテロを行おうというわけだ。

 既に品川と上野を除く5箇所では予告通りに妖刀を用いた乱心事件が発生しており、そのうち新大久保、五反田、新宿では死者も出している。

 残る一つに対して今度こそ黒幕を潰さんとAKMが躍起になるのは当然だった。


「つまり最後の場所がわかったから惜しみなくオレら全員で品川を張れと言う話でしょう。コイツは腕が鳴るぜ」


 そう言ってポキポキと指を鳴らしたのは新宿署の小烏区陣(こがらす くじん)。

 集められた7人の係長の中では最も若輩だがそのぶん威勢が良い。


「いや、増援は地方や個人事務所の士から集うべきだ。儂らは自分の持ち場に待機しつつ、集った補充要員への情報伝達役に徹するべきだろう」


 そんな区陣に反論を述べたのは新大久保署の堀内剣友(ほりうち けんゆう)。

 区陣とは対象的な最年長だが「若者の剣」という異名を持つベテランで天樹とも年齢に差がない。

 そんな彼の意見に同調するのは招集をかけた天樹。

 老人たちの意見が阿吽なことが区陣には面白くないが他の5人に不満はなし。

 何故なら一度事件を起こした街で再度起こさないとは限らないからだ。


「そうですね。あくまで僕らは名指しされた地区の責任者だからこうして集まっているわけですが……他の地区ましてや既に事件を起こされた皆さんの地区を手薄にするのはそれこそ犯人の思う壺です」


 一人称が僕で眼鏡をかけている彼の名は杉田銀時(すぎた ぎんとき)。

 予告を受けた中で最後の地区となる品川署の担当で、警察働きをしている士の中では界隈で最も注目されているイケメン剣士である。

 今回、犯人が品川を最後に回したのも、業界に名が通った銀時をメインディッシュにするためではないかと勘ぐるほど。

 彼の持つ銀刀はそれだけの価値がある妖刀である。


「まずはおさらいを兼ねて、これまで使われた妖刀について整理しましょう」


 銀時が司会となり、他6人から検挙した妖刀について改めて報告がなされた。

 新宿が小型の十徳ナイフ。

 新大久保が鞘付きの日本刀風ペーパーナイフ。

 五反田が十字手裏剣型のキーホルダー。

 恵比寿がカード型のマルチツール。

 池袋が女児向けアニメのイラストが入った巻き付きバンド。

 そして上野が竜が巻き付いた剣を象ったキーホルダー。

 何れも本来は凶器として使用することなど「出来なくもない」程度のシロモノであり、これらに長年生き血を吸い続けた刀剣に匹敵する妖気を急いだ犯人の行動は狂気である。


「何れもおもちゃみたいなモンを元にして知らずに拾った一般人を操ることに特化した卑劣な奇剣でぇ。いけすかねぇがそのぶん暴れ疲れたら勝手に壊れちまうせいで、余計黒幕にもたどり着けねぇときたもんだ」


 べらんめえ口調で状況を総括したのは五反田署の半場亜久里(はんば あぐり)。

 暴れ牛の異名を持つ剛力自慢で血の気が多い人物だが彼の頭はよく回る。


「ところで左サンよぉ。上野のブツは他所と違って自壊したんじゃなくて、意図的に壊したんじゃねぇか? 極力壊すなと前の会合で言ったよな」


 亜久里が指摘したのは最新の上野の事件に使用された妖刀が意図的に破壊されている点。

 上野署の左斬九郎(ひだり ざんくろう)としては何処の誰とも把握できていない無名の他所者が解決したため、それを理由に懲罰を受けるのは不服である。

 オレの責任ではないと突っぱねたいがそうもできないのが係長という地位の責任であろうか。

 さらには警戒態勢を続けていた自分たちがいち早く対応できなかったという点は言い逃れ出来ない。


「スミマセンね半場さん。ウチらの力不足で証拠を破損する結果になってしまって」

「まあ半場クンも左クンをイジメないでくださいな。報告の通りなら通達を聞いていない、偶然現場に居合わせた善意の士がやったことです。もちろん先に発見して解決できなかった上野署の不手際はありますがその追求は全てが終わった後です」

「そうですね。ミスの追求なんて今やるべきじゃないし……言ってしまえば死者が出ている新大久保、新宿、五反田の皆さんは被害者ゼロの斬九郎くんには文句をつける筋合いなどありませんわ。特に負傷者も多い大事件だった五反田の責任者は誰でしたっけ?」

「このクソアマ……」

「落ち着きなさい半場。それに楓華(ふうか)も兄の擁護にしては半場を煽りすぎだ」

「申し訳ございません。ぎんと……杉田さん。それに半場さんも。先ほどの失言について略式ですがお詫びさせていただきます」


 恵比寿署の海野智和(うみの ともかず)がやんわりと擁護するさなかで斬九郎を責める亜久里に対して横槍を入れた池袋署の左楓華は7人の係長の中では紅一点の人物。

 斬九郎とは言葉のとおりに兄妹である彼女は斬九郎と共に剣を学んだ女傑であり銀時とも兄妹ぐるみの古い付き合いだった。

 ツンとした態度で凶暴な亜久里やり合ったかと思えば銀時からの叱責にはしおらしく謝罪する彼女に若い区陣が鼻の下を伸ばすのはまた別の機会。

 さて、楓華を銀時が御して場を収めたものの嫌な空気は場に残る中で剣友が口を開く。

 今流すべきではないこの流れを払拭して話を纏めるのは老人の仕事だと言わんばかりに。


「死者を出しているという点では儂も同罪だ。だが……だからこそ言わせてもらおう。次こそはこの犯人を追い詰めようじゃないか。過去の失敗はかなぐり捨てて己の役割をまっとうする。責任の追求はすべてが終わってからだ」


 しかしそんな事は百も承知。

 これは天樹も含めた全員の共通認識である。


「そのためにも先ほど述べた通り人手の追加と連携は重要だ。例えば真田さん……貴女のような妖刀探索に長けた異能を持つ士にアテはないものか? 全盛期の貴女がいればこの手の事件など即日解決するだろうに」

「居たら苦労しねえよ」 


 剣友の提案もそれに対しての区陣のチャチャも共に正論。

 これは今の老いた天樹には探偵として活躍した若き日のトランス能力が既に失われていることが係長たちにとって共通認識であることを示していた。

 無論年の功による経験則や推理能力を買われているからこそ今でもAKMは彼女を役員として囲っているわけだがこの場においての天樹は会議の司会役にすぎず。

 ある意味では戦力外扱いに等しい天樹なのだが、そんな彼女にもにも剣友の呼びかけに対して答えられる相手が一人だけいた。


「ではわたしの孫娘──真田律子の真田探偵事務所をこの事件に噛ませてください。まだ未熟者とはいえ土壇場での力は全盛期のわたしと比べても遜色ありませんので」


 捉え方によっては完全な身内贔屓に過ぎない天樹の答えに凍りつく一同。

 特に若く威勢が良い故に若き日の天樹が持っていた力にまで懐疑的な区陣には面白くない。


「待ってくれ、真田サン!」

「みなまで言うなよ小烏。それ以上は先人への冒涜だ」


 銀時は区陣をたしなめるがそれに同調するのは暴れ者の亜久里。

 彼も天樹の身内贔屓が面白くない。


「しゃあ。そう言うが杉田もわかってんだろう? 今のは孫可愛さに目が曇った婆様の発言でぇ」

「半場……」


 銀時も亜久里の指摘は否定できないため言い淀んでしまう。

 そんな弱い銀時の姿は見たくないと言わんばかりに「天樹の身内贔屓を認め難いが、かと言って天樹の提案をないがしろにもできない」彼を庇うように楓華が動く。


「良いじゃありませんか」


 楓華の発言に先ほどの衝突のせいか亜久里の目がギラリ睨むが、そんな歳上男性からの威圧も意に返さない態度で楓華の言葉は続いていく。


「どのみち人手は増やすに越したことはありません。それでお孫さんが杉田さんの足を引っ張るようなら御老公にも当然ペナルティを科せば公平でしょう。この場合、御老公にその覚悟を問うなど、問う方が失礼に当たるというもの。他にも増援のツテが無いというのなら、とりあえずわたくしらとは旧知の那須道場門下に声をかけましょう。あとは──小烏の実家も剣術道場と伺っていますし、そちらでも門下生にアタリがあるのではありませんこと?」

「それがいい。小烏と大鴉(おおがらす)の比翼が揃えば盤石だ」


 楓華が提案した那須道場とは彼女や斬九郎、銀時が剣術を学んだ歴史ある町道場のこと。

 そして剣友が言う比翼のうち大鴉とは区陣の実家である小烏家の親類に当たる一門で、両家の始祖はカラス天狗から陰流を学んだ義兄弟だと言われている。

 特に現当主17代目大鴉左馬之助(おおがらす さまのすけ)は当代一の剣士との呼び声も高い銀時と比肩する実力者としても名高い。


「楓華サンの頼みとあればいくらでも。だけどあの人が来る保証は出来ませんよ」

「ボクらの穴埋めを手配できるんなら当主が来ないでもまあええ。半場クンも真田先生がお孫さんを特別扱いするワケじゃないんなら構わんよな?」

「半場の言いたいことも理解できるが今は一人でも手数を増やしたいところだ。我慢しろ」


 楓華の提案から天樹の身内人事への批判の風向きが変わったことで、銀時も「うむ」と腰を上げる。

 これなら行けるかという目算が立ったわけだ。


「那須道場への要請は言われるまでもなく既にしているから、楓華は引き継ぎを頼む。小烏と大鴉の件は小烏に一任するからできるだけ早く人足を揃えてくれ。あとは……明日合流予定の都外警察に要請した人員への指導をお願いする。堀内さんには私から言うことはないが半場と智和は抜かりなく頼むぞ」


 銀時がまとまった段取りを述べてあとは夜明けを待って事を進めるのみ。

 これまでの傾向から人気のない夜には妖刀は出没しないのもあり朝までは士の夜回りは不要なわけだ。

 もう終電も無くなっており会議が終われば一時の休息時間である。

 だが流石の銀時も疲れていたのだろうか。

 タスク取りまとめる人間が一人足りていなかった。


「オイオイ銀時。その言い方だとオレのことが計算に入っていなくないか?」

「ざ、斬九郎…」

「クカカ。上野はさっき事件が起きたばかりなんだし、しばらくてめぇは休んでて構わねぇぜ」

「何もするなとまでは言いませんが左クンは少し休んだほうがいいですよ。補充要員との連携係も大事な仕事だけど、ボクらの仕事はまず受け持ち地域の平和を守ること。今回の場合、黒幕が同じ街に再度仕掛けてこないかの警戒が第一なんだから」

「そんなの余計な気遣いだっての。銀時ならオレの体調くらいわかるだろ?」


 亜久里と智和の気遣いよそに、まだまだやれると意気込む斬九郎が銀時を見つめる。

 そこで銀時も彼の意を汲んで別の仕事を割り振ることにした。


「そこまで言うのなら真田先生のお孫さんをお前に任せるよ」

「なんでだよ」

「実績のある大手事務所や警察務めと違ってお孫さんは横のつながりがないからな。それにあくまで探偵であって剣士じゃない。他の補充人員と一緒には出来ないさ」


 銀時の言い分は一理ある。

 いくら有益であろうとも妖刀事件における探偵は士の制度が整備されて役目を終えた過去のモノ。

 故に探偵が警察組織と一体となった現在の士と足並みを揃えることなど容易に出来るハズがない。

 その点で斬九郎にほんの少しの余裕があるのは都合が良かった。


「そういうことなら仕方がないか。それでは真田先生……明日の0800にお孫さんを上野署に連れてきてもらえませんか?」

「ええ。承りました」


 これで全員の役回りが決まり、あとは明日以降に訪れる事件に備えるだけ。

 天樹の言葉でこの場はお開きとなった。


「それでは今日はこれでお開きにします。流石に終電も過ぎて自宅に帰る余裕もないでしょうから、ここの設備は好きに使ってくださいな」


 天樹が言うように時刻は既に深夜1時を回っており、明日も朝から対策に奔走する予定の彼らが自宅に帰る余裕が無いのなど3週間前に予告状が届いてからほぼ毎日のこと。

 話が纏まったことで立ち上がった各々はシャワーを浴びるなり、仮設のベッドに向かうなり、引き続き情報デバイスを弄って事件情報とにらみ合うなり、自分なりのリフレッシュに向かっていった。

 それを見た天樹も「言うまでもないか」と一言こぼす。

 上野駅での甫と律子の初めての共同作業。

 これが後に何度も二人が戦うことになる虚数の兎との縁となるなど、この時点では天樹でさえ予見できていなかった。

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