第三十八話 洞
獣道すら見えないような森の中を、半透明の人影が歩いていく。
森の中は相変わらずどこまでも深く暗い
その中を惑う素振りもなく、
景色はほとんど変わらず、時間が進んでいる感覚もない。
しかし、カヤにはなぜかざあん、ざあんと波の音が聞こえる気がして、隣を歩くゲンタに声をかけた。
「ねえ、ゲンタ。なんだか波の――」
「しっ」
ゲンタの大きな手で塞がれ、カヤの唇にごつごつとした感触が伝わる。その目は瞬きもせず、視線の合わない彼の横顔をじっと見ていた。
そして視線が合い、彼女の唇から手が離れる。
「奴がいた」
奴とは誰か。
もちろん
だというのに、刀剣の類いを抜く気配も見えない。
どうなっているのかと、カヤは体を動かし、視線を動かし、前を見た。
先頭にいるのは
なぜ
木戸でなければなんであるのか。それを理解するのにまたしばしの時間を要したが、何のことはない。
それはカヤの位置から見えるだけでも大人一〇人が並べるほどに太く、暗い森の中にあって、そこだけが生命力に満ち溢れているようだった。
「あそこだ」
その指の先、
カヤが目を凝らし、
欠けた
顔は見えないが、
「手筈通りに」
庵原が努めて小さな声を発すると、カヤを除く六人は
カヤはその輪には加わららない。森に溶け込むようにして音も立てず、声も出さず、ただじっと
彼女の前を進む六人は、あとどれくらいで
既に銘々が太刀を抜き、或いは呪符を構え、ゲンタは鳥の
上体を起こして周囲を一瞥する。
誰が合図するでもなく、武器を持った
いない。
文字通り
「
三つの声は揺らめき、合わさり、天上の音を作り出す。
そのとき、
大上段の構えから、
声の波が乱れる。
ゲンタの剣が太刀を受け止め、寸時の鍔迫り合いに持ち込むも、彼は
しかし、
「
あえなく空を切るも、これも想定通りだった。
すぐに刀を立てて構えれば、金属音が鈍く響いた。
そうして再び姿を隠そうとすれば、そうはさせまいと
しかし、敵もさる者。多数の刃を躱し、いなしているというのに、僅かな隙を見つけては、的確に攻撃を加えてくるのである。
だが、これも想定の内。
肉を切り裂かんとする刃は、ほのかに光り宙に浮かぶ局所五芒結界によって、その
また、
そこまでしても、戦況は一進一退の攻防どころか、このまま長引けば敗北か、取り逃がす可能性すら見えている状況だった。
そのとき、式神の維持に集中していた
「頃合いだ!
三つの声の波が、もうすっかりとその場に馴染んでいる。整ったのだ。
ゲンタが銘・
「朗詠。わが聞きし 耳によく似る 葦のうれの 足ひくわが背 つとめたぶべし」
一瞬の静寂の後、
好機とばかりにゲンタが斬りかかるも、太刀に弾かれる。
更に態勢を崩した
それならばと、
見開かれた
誰もが呆気にとられ、初動が遅れた。
おかしいと気付いた頃には、二人の姿は森の中へ消えていた。
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