第十五話 惑わせ狗
小さな尾根を上り、再び下った先はやがて元居た場所に戻るようにも思えたが、そこには庵原も
あるのは奇妙に蛇行した一本のブナの木と、その前にピタリと佇む形代だった。
左兵衛は
やがて視線が止まった先、枝の根元にあったのは、短冊のようなものだった。
けれど、それは短冊ではなく、五芒星と北斗星、その下に読み方の分からぬ字が流れるように書いてある呪符だった。小太刀の
目線よりはやや高いところに釘でとめられたそれに対して、左兵衛は肚に巡らせるように深い呼吸を一回。
数瞬の
――あと、二つ。
左兵衛は心の中で呟き、再び宙を滑り出した形代を追う。
恐らく敢えて選んでいるのだろう。二つ目の呪符も、一つ目と同じような外見のブナに打ち付けられていた。今度はすっと刃を通し、記号と文字のつながりを断つ。
残りは一つ。
刃物の扱いがからきしダメな庵原はともかくとして、図書や小平も
そんなことを頭の片隅で考えるうち、やはり奇妙に曲がったブナの木の前で形代はピタリと止まり、左兵衛に呪符があることを知らせてきた。
だが、呪符を探そうと歩を進めようとした刹那、左兵衛は後ろに飛び退いた。
見れば、足を置こうとしたその位置には、一つの小さな黒い影が牙をむき出しにしているではないか。
これが惑わせているのかと、改めて
左兵衛が様子を見ていると、黒々とした
まずは分かり易い突進を足さばきだけではらりと躱す。
そして斜め下にすっと刃を突き出した。
元より当てる気などなかったが、そこに既に
今度は木をするすると上がる。となると、次の行動はと、左兵衛は差していた鞘を引き抜き左で構えた。
果たして、黒光りする獣は手頃な高さの枝から、踊り掛かってきた。
――好機。
予想通りの動きに左兵衛はまず鞘を振り降ろし、
呪符があると目されるブナは左兵衛の背中にある。そちらを優先すれば
だから左兵衛はそのまま後ずさりした。
さて、ここから
ホー、という高い音。
それはどんどんと大きくなり、やがて眼前のブナにコンと当たって砕けた。
左兵衛が当たったところを探せば、目線よりもかなり低い、それこそ木の根本付近に呪符がある。
「左兵衛さん、大丈夫ですか?」
気付けば背後に図書がいて、更に庵原、小平、海部の捕吏たちも追い付いていた。
「ああ」
左兵衛が
「庵原とやら、賊はまだか。まだ見つけられぬのか?」
「海部様、もう少しで見つかりますから、それまではどうか声を潜ませてください。向こうに見つかれば、逃げられてしまいます」
相手は度々捕物から逃げおおせてきたというのに、この海部という若造はどうしてこうも堪えられぬのかと、庵原は今も冷や冷やしている。うっかり賊の一人でも見つけようものなら、この若武者はろくに策も練らずに正面から突っ込めなどと言いかねず、それをどうやって押しとどめようかと、庵原はそればかりを考えているのだ。
「庵原、呪符だ」
そのとき、左兵衛が破壊した呪符を庵原の手のひらにひらりと置いた。どれも穴が空いたり、斬られた箇所こそあるが、紋様や文字らしきものを読めるほどには状態が良い。
それらを一頻り見た庵原は眉根を寄せたかと思いきや、俄かに表情を明るくして、海部と話し始めた。
「海部様。賊の居場所がわかりそうですぞ。この辺りの地図はございますかな?」
「無論だ。ほれ」
「峰がここで、呪符のあった場所が、この三カ所と。ふむふむ。そうすると……」
「おお、なるほど。そういうことか」
それを傍らで眺めていた海部も何か閃いたようで、顎に手を当てて頷き始めた。
「呪符は
「うむ。拙者もお主と同じ意見だ。そうすると、尾根を一つ越えた先、ここの沢伝いが怪しいのう」
「そのようですね。早速、参りましょうか」
「うむ。しかし、また法師陰陽師が罠を仕掛けているのではないか?」
「ご心配には及びませんよ。向こうはあれが精一杯でしょう。となれば、後は言わずもがな」
「拙者の出番というわけだな。よし。皆の者、もう少しだ。ここより北、尾根向こうの沢をあたるぞ」
大きかった海部の声も、ここへきて流石に学習したのか小さくなり、配下の捕吏たちを鼓舞すれば、疲労の色が見えていた者たちにも生気が宿った。
そうして僅か一刻半の後、
庵原の言う通り、
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