第六章 御神木

第三十五話 再会

弓削ゆげ千晴かずはるの沙汰について異存はございませぬが、陛下におかれましては、一日も早い行幸みゆきの終了をご英断頂きたく、伏してお願い申し上げたてまつりまする」

「いやじゃ」

「ところで、赤気せっきの乱の首謀者は、弓削ゆげ千晴かずはるなんでしょうか」

御言女おことめ様のげんによれば、ほぼ間違いないであろう」

赤烏せきうに陰陽師やはらい屋がいないというのは本当ですか?」

「ああ、本当だ」


 ゲンタは、火輪かりんに到着した後、すぐ城に向かった。事は急を要すると判断したのである。

 カヤも健脚ではあるが、行きと帰りで八日間ほぼ毎日歩き通しでは流石にこたえたのか、くだんの別宅で大の字になっているところだ。

 そうしてゲンタが案内されるまま、本丸御殿の大広間に通されると、そこで待っていたのは、どこかで見た面々による会議であった。


「戻りましてございます」


 ゲンタが挨拶をすると、皆一斉に彼の方へ顔を向ける。その表情は様々だ。


「おう、ゲンタ、帰ったか! 弓削ゆげの話はどうだった? 早くこっちきて詳しく聞かせてくれ」


 大久保暁鶏ぎょうけいばかりか白帝はくてい丹王におうがいる場所で、いつもと変わらぬ表情と声を出すのは、野祓のはらい屋・天球てんきゅうの頭目たる庵原いはら狐太郎こたろうである。

 佐々木図書ずしょ左兵衛さひょうえも彼と並んで座っていて、ゲンタに対しては、それぞれ微笑みを向けるか不愛想に頷くだけの対応だった。

 彼ら天球と対座たいざしているのは、群青の直衣のうしまとった蒲原かんばら天元てんげん、つまり、ゲンタに弓削ゆげ千晴かずはる追討を命じた本人と、童水干わらわすいかんが似合うその嫡男・蒲原かんばら星辰せいしんであった。

 天元てんげんはゲンタを一瞥いちべつしただけで天球に向き直り、星辰せいしんは少し微笑み、頷いてから、やはり天球に向き直った。

 このような状況であるから、どこに座ればいいのかと大久保を見遣れば、彼は閉じた扇の星辰せいしんの隣を指し示した。これは話し合いに混ざれということだなとゲンタは受け取り、できるだけ音を立てずに、星辰せいしんの隣にすとんと腰を下ろす。


師父しふ師兄すひん、ご無沙汰しております」


 座りしな、ぼそりとゲンタが言えば、天元てんげんは「うむ」と返事をし、星辰せいしんは嬉しそうに頷いた。

 その上でゲンタは上段の間に顔と体を向け、千明岳ちぎらだけ青釜あおがまの庵にて、弓削ゆげから聞いたことをそのまま話したのだった。

 得体の知れない結界の話と、更なる争乱を望むことがゲンタの口から出ると、その場にいた者たちの表情は、当然の如くいっそう厳しいものとなる。

 そうなれば出る意見のことごとくが、白葦はくい赤烏せきうの別なくして、弓削ゆげ千晴かずはる討つべしとなるのは必定だった。


「ときに大久保殿」

「いかがした?」


 話し合いが落ち着けば、ゲンタはこの場の疑問を遠慮なく口に出す。


「なぜ、この場にこちら白葦蒲原かんばら様や野祓のはらい屋がいるのでしょうか」

「ふむ」


 大久保は少し黙して、蒲原かんばら天元てんげん庵原いはら狐太郎こたろうをちらりと見遣り、ゲンタに答える。


「我らが呼んだのだ」

「力不足だということでしょうか?」

「それもあるが、一つは我が君が白帝はくてい陛下に早くお帰り頂きたいと思っていること、もう一つは、弓削ゆげなにがしの活動によって、我が国にあやかしを産みだす心が持ち込まれた可能性を考慮してのことでもある」


 大久保の返答にゲンタは目を見開いて驚いた。陰陽師がいないというのに、あやかしが人の心から産まれることを知っていたからだ。誰かがあやかしの存在を信じていれば存在し、誰もあやかしを信じなければ存在しえない。正確には信じようが信じまいが存在はしているのだが、信じている者がいなければ、こちらには関われないということだ。


「ゲンタ殿、何を驚いておるのだ? このようなことは常識であろう。神もまた同様であると」

「それゆえに葦那言主あしなことぬしを否定したと?」

「その通り。ゆえに赤烏せきうには葦那言主あしなことぬしは豆粒の如くしか存在せなんだが、しかし、あやかし同様に白葦はくいの衆を招いたことによる影響はあるかも知れぬ。難しいところよな」

「大久保殿、葦那言主あしなことぬしと言えば、こちらでは葦那言主あしなことぬし御名みなは一つだけでしたか?」


 ゲンタが疑問を口にした途端、佐々木図書ずしょが目を輝かせてゲンタと大久保を見る。


「いや、辺地の集落では変化したものがあったな」


 その答えに佐々木図書ずしょは好奇心を抑えられなくなった。


「大久保殿、ゲンタ殿、そのお話を小生にもっと詳しくお聞かせください」


 話し合いは結局、弓削ゆげ千晴かずはるに対しては討伐すべしでまとまったが、葦那言主あしなことぬし神名しんめいについては、興奮気味の図書ずしょによって想定外に長引き、その後、大久保の本宅にて議論百出ぎろんひゃくしゅつの如く存分に語り合ったのであった。

 そうであるから、カヤが布団も掛けずに大の字で眠りこけていることにも気が付かず、大久保の別宅にゲンタが戻ったときには、彼女はもうすっかり風邪をひいてしまっていた。



 *  *  *



 翌朝、余程具合が悪いのか、カヤはうなされながら起きた。かけた覚えのない布団から這うようにして出て、土間の方へと視線を向ける。

 視界はどうもぼやけているが、美味しそうな匂いが土間から漂ってきていることは分かった。

 そのままぼーっとしていると、ゲンタと思しき影が匂いとともに近づいてくる。

 間近まで来たことで、カヤはようやくゲンタの顔がはっきりと見え、そして彼が目の前に置いた箱膳はこぜんの上に、蕎麦が乗っていることに気が付いた。


「カヤ、熱いからよくふーふーして食べるんだぞ」

「あり……がと。……ふー、ふー」


 箸で麺を掴み上げれば、たちどころに湯気と汁の匂いが辺りに漂う。

 それに四回、五回と念入りに息を吹きかけ、カヤは口に運びこんだ。

 味はほとんど分からないが、先日食べたときにはほとんど入っていなかったねぎの辛みが食欲を幾分か刺激して、するすると彼女の喉の奥へ消えてゆく。


「うまいか?」

「うん……あの、ごめんね」

「何がだ?」

「今日からまた捜索に行くのに、私が邪魔しちゃって」

「問題ない。師父しふ師兄すひんと、庵原いはら殿たちも加わったからな」

庵原いはらのおじちゃんたち、来てるんだ。師父しふ師兄すひんは……誰だっけ?」

卜部うらべ蒲原かんばら天元てんげん様と蒲原かんばら星辰せいしん様のことだ」

「ふーん……どうして?」

「うん?」

「どうしてそんなに偉い人が来たのかな?」

「そうだな。天球てんきゅう擘浦はくら大納言の企み事だと思うが、確かに師父しふ師兄すひんがわざわざこちらに来る理由が分からない。大久保殿が少し困っているような気配があったから、俺に言えない理由でもあるのかも知れないな」


 ずっと歩き通しだったためか、疲労がかなり蓄積されていたようで、カヤの風邪は治るまでに三日を要し、本調子に戻るまでには更に三日が必要だった。

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