第二話 噤祝の儀
その社殿の横、背の低い板塀で視線が切られ、玉砂利が敷き詰められた一画で降ろされると、皆一斉にカヤに向かって両膝を地面に付けては、両の拳をその膝に当て、次々と
何事かとカヤが戸惑っているところ、じきに塀の向こうから、大きな
カヤはそのときになってようやく気が付いた。皆々の口覆いに描かれている奇妙な紋様は、己の頬にあるものと同じなのだと。正確を期するならば、口覆いの紋様は、カヤの頬にあるものに加えて、その上で小鳥が羽ばたいているものではあるのだが。
さて、その男。顔に刻まれた無数の皺と、自身の
それが恭しく白髪頭を下げてはカヤに言うのだ。
「五十年ぶりによくぞお越し下さいました。
お越し下さいましたも何も、牛車とは言え、罪人のように取り押さえられて連れてこられたのだ。いかに高貴な身分の装束を纏っているとはいえ、そのような言い草はないのではないかと、カヤの心はついささくれ立ってしまう。
「ゲンタを人質のようにしておいて、よくそんなことが言えるわね」
本当は目の前の老人を思い切り蹴り飛ばしてやりたかったのだが、今のカヤにはこれが精一杯なのだ。
「はて? ゲンタ。……おお、あの少年のことですな。あの少年のことならご安心召されよ。あれは別のところに預けてあります」
「無事なの?」
「ええ、ええ、無事ですとも。罪に問うこともないと、
「それで、アタシはいったいどうしてここに連れてこられたのかしら? あなたのようなお公家様の知り合いなんて、誰もいないのだけど」
訳も分からぬまま都に来いと言われ、挙句の果てにゲンタを人質同然にされた理不尽に対する怒りもあった。同時に、果たしてこれから自分がどうなるのか、カヤは不安に埋め尽くされ、或いは気絶した方がましだとすら思っていたかもしれない。だから、カヤは一生懸命に背筋を伸ばし、胸を反らし、腰に手を当てて身分の高そうな
「……それは巫女様に大変な失礼を働いてしまいました。深くお詫び申し上げます。お疲れでございましょうから、その話は拝殿で致しましょう。ささ、こちらへどうぞおいで下さい」
カヤには今の状況がどうにも理解できなかった。都に連れてこられたことはもちろんだが、貴人が乗るような牛車で運ばれたことも、立派な服を着た人物が自分に頭を下げることも。少し考えたところで、やはり選択肢などなく、案内されるままに拝殿に行くことしかできないのではあるが。
不慣れな玉砂利に足を取られながらも、冠から垂れる
「さて、カヤ様。そのロウソクの中央にお座り下さい」
見れば、拝殿の中央よりやや奥には、
カヤは燭台を倒さぬよう慎重に進み、畳の上にストンと腰を下ろした。
「カヤ様は既にご承知のことと存じますが、あなた様の左の頬に見える
そのとき、カヤの周囲をぼそぼそと呟く声が駆け巡った。
「葦船の御神紋が現れた者は
淡々と語る
「
やがて、己の頭蓋にぼそぼそと流れていた声が止むと、カヤは魚のように口をぱくぱくとさせ、ときには喉を叩き、そうして一切の声が出ないことに絶望した。
「これにて
拝殿に入り込み、行き場を失った風が、静かにロウソクの炎を揺らしていた。
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